紀平梨花らが卒業した「N高等学校」の秘密とは【写真:Getty Images】

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「THE ANSWER的 オリンピックのミカタ」#55 連載「銀盤のささえびと」第5回・N高等学校編

「THE ANSWER」は北京五輪期間中、選手や関係者の知られざるストーリー、競技の専門家解説や意外と知らない知識を紹介し、五輪を新たな“見方”で楽しむ「THE ANSWER的 オリンピックのミカタ」を連日掲載。注目競技の一つ、フィギュアスケートは「フィギュアを好きな人はもっと好きに、フィギュアを知らない人は初めて好きになる17日間」をコンセプトに総力特集し、競技の“今”を伝え、競技の“これから”につなげる。

 連載「銀盤のささえびと」では、選手や大会をサポートする職人・関係者を取り上げ、彼らから見たフィギュアスケートの世界にスポットライトを当てる。「N高東京」を取り上げる。19、20年全日本女王の紀平梨花(21年卒)ら多くのフィギュアスケート選手を支援する通信制高校「N高等学校」。前編は角川ドワンゴ学園が運営するもう一つの「S高等学校」と合わせて生徒数2万人を数え、東大合格者も輩出する新時代の教育に迫った。(文=THE ANSWER編集部・神原 英彰)

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 フィギュアスケートの記事を読んでいると、選手の名前の後ろにこんな表記をよく見かける。

(N高東京)

 ファンにはお馴染みであっても、そうでない人には「エヌコウって?」となるかもしれない。

「学園にはスポーツに限らず、さまざまな生徒が在籍しています。囲碁・将棋、ピアノのように文化的活動をしている生徒もいる。もちろん、普通の高校生活をしている生徒もいます。いろんな活動をしている生徒を応援するのが、我々のスタイルです」

 こう語るのは「N高」こと、正式名称「学校法人角川ドワンゴ学園 N高等学校」の奥平博一校長である。全日本選手権を2度制すなど、日本女子のエースとして活躍する紀平梨花(現早大、所属はトヨタ自動車)が在籍し、有名に。2019年全日本選手権3位の川畑和愛(現早大)も卒業。現在はアイスダンス全日本ジュニア2連覇の吉田唄菜ら国内トップクラスの選手も含めフィギュアスケート選手が3人いる。

 N高の「N」は、ネット(Net)などから来る通り、オンライン授業を主体とした定時制高校。出版社のKADOKAWAとIT大手のドワンゴが協力し、2016年に本校が沖縄で開校した。紀平が所属先とした「N高東京」は、登録を東京地区として日本スケート連盟に申請した名称。全国の生徒数は約1万7000人、角川ドワンゴ学園が運営するもう一つの高校である「S高等学校」と合わせ、2万人を超える高校日本一の“マンモス校”でもある。

 いったい、どんな学校なのか。

「法律的な制度としては全国にある通信制高校と同じ分類ですが、単に通信で勉強するだけでなく、我々は『ネット上で高等学校そのものを再現しよう』というのが、究極的な目標。オンラインのイメージがありながら、意外とリアルの活動をやっていることも特徴の一つです」

「ネットで再現する高校」の理念通り、他の通信制と一線を画す特色が多数ある。

「子供たちを選択しない」通信制教育、生徒をそれぞれに伸ばす個性

 N高では、コミュニケーションツール「Slack」を利用し、ホームルームも部活もある。最も盛んな部活は美術部とeスポーツ部。ともに1800人以上という規模感だ。授業はアーカイブで公開された動画を視聴。朝でも夜でも、好きな時間に受けられる。「ニコニコネット超会議」と連動した文化祭もコロナ以前は幕張メッセで開催。「オンライン」という単語を除けば、普通の学校に近い。

 1万7000人いれば、生徒もさまざま。それでも、それぞれの個性を伸ばすことを目指している。

「普段は海外にいる生徒もいれば、卒業後は東大に行く生徒もいる。一方で、小・中と何らかの事情でずっと不登校だったけど、高校の間で家を出られるようになった生徒、近所のコンビニでアルバイトできるようになった生徒もいる。その中で元気いっぱいに活動するアスリートの生徒もいます」

 通信制高校の一番の良さは「子供たちを選択しないこと」。だから、N高には通学コースを除き、入学試験もない。

「普通の学校は“入れ物”のようなイメージがあるかもしれません。そのために入学試験がある。うちには、その入れ物がない。“ベース”があるだけ。だから、そこに誰でも乗ってもらえる。在籍している生徒たちをひと言で言い表せない。『あらゆる生徒がいる』というのが特徴です」

 N高創設も校長の情熱から始まった。大学時代から障がい児教育を学び、「何かの事情があって、枠組みからこぼれしてしまう子供を手助けしたい想いが強かった」という奥平校長。卒業後は学習塾などで30年あまり教育業界に携わり、新たな通信制高校をKADOKAWAグループに提案した。

「今の学校制度では、その枠組みに収まらない生徒がいる。その生徒たちを受け入れる、しっかりとした受け皿が必要だった」。通信制自体はあったが、N高が目指している「高等学校の再現」には遠い。「通信制」というだけで下に見られる現実もあった。そうした評価や見方を変えたかった。

 忘れられないのは2016年の開校を控えた冬。4月の入学に向けた説明会に子供自身が親を連れてやってきた。

「カドカワ、ドワンゴ、ニコニコ動画……。そんな情報が先に入り、親の方は『えっ、この学校、本当に大丈夫なの?』という目で来るけど、子供たちが『僕はここならやっていけるかもしれない』とやってきてくれた」。そんな姿を毎年のように目の当たりにしながら、手応えを深めていった。

 教員の多くは新卒を採用。革新的な学校運営を目指すなら、従来の教育システムに染まった人材より適していると考えたからだ。20〜30代が中心で副校長も30代。東京、大阪、名古屋など、スクーリングのキャンパスのある全国各地に教員が点在し、奥平校長も本校のある沖縄・うるま市にいる。

 オンライン上のコミュニティで生徒たち同士の繋がりを作ることを重視。そのために「コミュニティ開発部」という専門部署を作り、ほかにも職業体験や進路指導などのジャンルを部門ごとに分業化させた。通常、先生がすべてを担う高校とは異なるフォロー体制を充実。コミュニケーションが難しい生徒にもZoomを使った三者面談などで日常的なサポートを実現させている。

 こうした、きめ細やかな「生徒ファースト」の体制作りで実ったものの一つが、大学進学だ。

昨年度は東大合格者4人を輩出、生徒数は開校1年目から13倍以上に

 開校5年目の昨年度は東大合格者4人(現役3人)が出た。京大、一橋大、東京工大などの難関国公立のほか、早慶は計31人(現役26人)。

「さまざまな生徒を受け入れ、それぞれに目標があるなら、進学したい生徒は進学が実現できる学校じゃないと、本物じゃない。残念ながら、まだ大学実績で評価される世の中。ここからは逃げられない」。予備校の第一線の講師を招き、好きなだけ学べる独自の学習アプリ「N予備校」を作った。「うちで勉強したい生徒は“落ちこぼれ”ではなく“浮きこぼれ”。どんどん学びたい生徒が、どんどん先に進んでいける環境を作っていった」と明かす。

「N高はそこまでするの?」。世間がそう思うほど社会的評価を上げていくことで、進学しない生徒も「僕はそういう学校に通っているんだ」と自信につながる。「堂々と『N高等学校に通っている』と言ってもらいたい」との想いこそが、それぞれの生徒の未来にこうも寄り添う理由である。

 開校6年で生徒数は1年目から13倍以上となる2万人超え。図らずも「オンライン」という単語が身近になった世の中。これからはどんな道を歩むのか。奥平校長は「オンライン上での高等学校再現をより追求していきたい」と“ネット高校”としての未来を描く。

「今年4月からVRを作った学び方も始めました。もっとオンライン上でこんなこともできるのかということを世の中に示していきたい。それが学校として一つの目標ですし、いろんな生徒に対応できるコンテンツ、そして卒業後の目標達成につながる手助けをまだまだ作り上げないといけない」

 大きな使命を持ち、成長を遂げるN高。では、なぜフィギュアスケート選手を受け入れ、彼らを支援するのか。その裏にある想いとは――。

(13日掲載の後編に続く)

■学校法人角川ドワンゴ学園 N高等学校

 沖縄・うるま市伊計島に本校がある私立通信制高校。2016年に開設し、生徒数はS高等学校とあわせて20,603人(2021年9月現在)。全国に19のキャンパスを持つ。1800人以上の部員がいるeスポーツと美術部のほか、起業部、投資部、政治部などユニークな部活もある。通学コースには特進クラスもあり、2020年度は東大合格4人(うち現役3人)。東京パラリンピック閉会式でオープニングの映像・音楽制作を担当し、パフォーマンスに参加したSASUKEさんのほか、eスポーツ選手、棋士、アイドルなど多彩な在校生・出身者がいる。スポーツ界ではフィギュアスケート・川畑和愛、紀平梨花、テニス・望月慎太郎ら。

(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)