本田武史氏が羽生結弦の4回転アクセルを分析した【写真:AP】

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「THE ANSWER的 オリンピックのミカタ」#48 本田武史の「北京五輪解説」男子フリー

「THE ANSWER」は北京五輪期間中、選手や関係者の知られざるストーリー、競技の専門家解説や意外と知らない知識を紹介し、五輪を新たな“見方”で楽しむ「THE ANSWER的 オリンピックのミカタ」を連日掲載。注目競技の一つ、フィギュアスケートは「フィギュアを好きな人はもっと好きに、フィギュアを知らない人は初めて好きになる17日間」をコンセプトに総力特集し、競技の“今”を伝え、競技の“これから”につなげる。

 10日に行われた男子フリー。世界選手権3連覇のネイサン・チェン(米国)が悲願の金メダルを獲得した一方、羽生結弦は4回転アクセルに失敗し、4位。それでも、史上初めて4回転アクセルとして認定される快挙となった。初出場の18歳・鍵山優真が銀メダル、宇野昌磨が銅メダルと躍進。全6種類の4回転ジャンプが競演した今大会を、五輪2大会出場の本田武史氏はどう見たのか。(取材・構成=THE ANSWER編集部・神原 英彰)

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 男子フリーを終えた今、率直な感想としては物凄くレベルが上がった4年間だったということです。

 SPもフリーも4回転の種類、本数ともに増加。今日もチェン選手は5本を跳び、宇野選手も5本に挑戦した。鍵山選手も羽生選手も4本。これまでは2〜3本だったものが、メダルを目指すためにはそれほどの本数が必要となる時代となったことを象徴する大会でした。

 SP8位から4位に巻き返した羽生選手。前日の練習を見た感じでは、もしかすると足首に怪我をしてしまったのではないかという印象がありました。しかし、今日はそんな素振りを見せなかった。それだけの集中力、精神力で演じ切ったのでしょう。

 4回転アクセルは私が見た中で一番成功に近い4回転アクセルでした。浮き上がった瞬間の回転のかかり具合を見ると、これは降りるかもしれないと思えるもの。1/4回転だけ足りないという評価にはなりましたが、素晴らしいジャンプでした。

 両足で着氷した12月の全日本選手権との比較で言えば、違ったのはカーブの入り方。最も回転をつけやすい軌道でした。ちょっとした腕の使い方など、回転力を増すために必要な細かな変化がいくつも見えました。1か月半、見えないところで修正してきたことが伺えました。

 もし、成功に足りなかったものを挙げるとするなら「日数」。経験です。4回転アクセルに挑戦して2試合目。いきなり成功することもありますが、多くは試合での経験が必要。特に着氷は公式戦での感覚が大切になる。気持ちの面でも、もうちょっとだけ時間が必要だった。

 逆に日数を重ねれば、4回転アクセルの着氷ももうすぐだろうという印象はあります。

 しかし、一番心配なことは足首の状態。負担に耐えられるか。五輪があったから、モチベーションを持って続けられた部分もあるはず。五輪を連覇し、数々の4回転ジャンプを成功。彼の功績は世界中の誰もが認め、若い選手たちが羽生選手を目標にして成長することができました。

 今後どういう結論を出すかは彼にしかわかりませんが、今はゆっくり休んでほしい。それが一番です。

鍵山は「4回転の本数さらに増やせる」宇野は「平昌五輪から大きく成長」

 銀メダルの鍵山選手は団体戦、SP、フリーいずれも本当に落ち着いている。初出場とは思えないほど、堂々とした滑りでした。

 私自身も初出場だった1998年長野五輪は練習環境が変わった直後ということもあり、訳が分からない状態。感覚を掴めたのは次の2002年ソルトレイクシティ五輪でした。鍵山選手は18歳にして、勝ち負けではなく自分がやるべきこと、やらなければいけないことををよく理解し、集中している。

 4年後も22歳。どういう風に成長していくかは楽しみの一つ。現状からさらに4回転の本数を増やせるだけの能力があります。

 男子シングルは羽生選手、宇野選手が長く牽引してきましたが、新たな選手の台頭は今後のフィギュア界にとっても重要。鍵山選手と同世代の選手が「じゃあ、次は自分だ」と思い、成長すれば、もっともっと底上げされる。そうした繋がりがあり、今の時代があります。

 銅メダルの宇野選手は、銀メダルを獲得した前回の平昌大会から、ジャンプがなかなか決まらず、凄く苦労した時期が一度ありました。しかし、今のコーチであるステファン・ランビエール氏と出会い、学び、また「世界のトップを目指したい」という気持ちが芽生えた。

 そのためには「今できることより、もっと難しいことに挑戦しなければならない」と思えたことが、彼の大きな成長。高難度のプログラムに五輪で果敢に挑戦したことも平昌五輪より成長した部分。SPに関しては団体戦も個人戦も自己ベスト。素晴らしい大会だったと思います。

 そして、金メダルを獲得したのはチェン選手。SPはもちろん、北京入り後の練習の内容から見ても本当に安定していて、昨日の練習ではどの海外選手も「ノーミスでやっても勝てない」と言うくらい。それだけの安定感と、圧倒的な存在感がありました。

 SP17位と出遅れ、5位に終わった平昌五輪の悔しさを晴らし、金メダルを目指した4年間。だからこその緊張感もあったはず。その中で、あれだけの演技ができたのは北京五輪まで多くの経験を積んだ一方、羽生選手と世界のトップレベルの戦いが繰り返されたからこそ。

 今後、日本勢はチェン選手を追いかける立場です。日本にも能力のある選手は多くいます。「勝つために」と意識しすぎるより、自分ができることを最大限にやることが、最も伸びしろが生かされるだろうと思います。

 今回は出場していませんが、全米選手権でチェン選手に次ぐ2位に入った17歳のイリア・マリニン選手のように4回転を多く跳べるような選手もいる。技術の進化とともに、スケート以外のトレーニングの科学的な進化でフィギュア界がどう変わっていくのか。4年後の想像はつきません。

 まず、五輪後にあるルール改正でいろんなことが変わってきます。その対応をしっかりとしていく必要があるでしょう。

フィギュアスケートを始めたいと思った子供たちへ

 最後に。今大会の戦いを見て、フィギュアスケートを始めたいと思った子供たちが多くいると思います。

 日本のスケートの環境は本場の北米と比べたら、リンクの数を含めて敵いません。その中でも鍵山選手、宇野選手、羽生選手のように五輪でメダルを獲れる選手たちが集まっている。大和魂ではないですが、そういった日本人らしい精神は絶対に大きな武器になります。

 もちろん、誰かに憧れてスケートを始めることも大事ですが、私はそれ以上に、まず氷に乗ってみて「スケートが楽しい」「スケートが好き」という気持ちを大切にスタートしてほしい。この競技が面白いのは、ジャンプやスピンの種類が多く、達成できる要素も多いこと。

 達成感を日々味わうことができるスポーツ。まずは1回転から始まり、挑戦を繰り返しながら、2回転、3回転と一つずつ、成長していくことを実感できます。まずは氷と触れ合ってみて、スケート、ジャンプ、スピンの楽しさを味わってみてほしい。

 その想いの先に、選手を目指したい、五輪を目指したいと、未来のスケーターが一人でも多く生まれることを願っています。

本田武史
1981年3月23日生まれ、福島県出身。14歳で全日本選手権初優勝を果たすと、98年長野五輪に16歳で初出場。2002年ソルトレークシティ五輪にも出場し、4位入賞を果たした。世界選手権で銅メダルを2度獲得したほか、日本人選手として初めて競技会で4回転ジャンプを3回成功させる偉業を成し遂げるなど、日本男子フィギュア隆盛の礎を築いた。現在はプロフィギュアスケーターとして活躍する傍ら、テレビ解説者、そして指導者として後進の育成に力を注いでいる。

(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)