小林陵侑は「一番の金メダル候補」と葛西紀明は期待する【写真:AP】

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「THE ANSWER的 オリンピックのミカタ」#11 葛西紀明がジャンプ男子を展望

「THE ANSWER」は北京五輪期間中、選手や関係者の知られざるストーリー、競技の専門家解説や意外と知らない知識を紹介し、五輪を新たな“見方”で楽しむ「THE ANSWER的 オリンピックのミカタ」を連日掲載。今回は5日から競技が始まるノルディックスキーのジャンプ男子について、“レジェンド”葛西紀明(土屋ホーム)の視点を紹介する。

 冬季五輪に史上最多8回出場している葛西は、所属先の後輩である小林陵侑(土屋ホーム)について「一番の金メダル候補」と期待。ライバル4人の名前も列挙したなかで、五輪の舞台を熟知するレジェンドが優勝へのポイントを語った。(取材・文=小林 幸帆)

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 ノルディックスキーのジャンプ男子で金メダルの大本命と目されるのが、2度目の五輪に挑む小林陵だ。

 2018年平昌五輪の翌シーズンに記録的な強さで日本男子初のワールドカップ(W杯)総合王者となった25歳は、今季W杯でも個人19戦を終えて最多の7勝。W杯総合順位こそ2位だが、スーツの規定違反による失格と新型コロナウイルス感染で3試合欠場していることを考えれば、“実質”総合首位と言っても過言ではないだろう。年末年始のジャンプ週間では、惜しくも史上初となる2度目の「全勝優勝」は逃したが総合優勝を飾り、1998年長野五輪の船木和喜以来となる個人での金メダルに大きな期待がかかる。

 男子個人はノーマルヒル(NH)とラージヒル(LH)の2戦が行われるが、現在のW杯はLHと200メートル以上の飛距離が出るフライングヒルで行われており、NHはシーズンに1大会あるかどうか。今季もNHは北京五輪のみだ。自己最長飛距離252メートルで歴代2位タイの記録保持者でもある小林陵は、台が大きいほど好きだと言うが、昨季のW杯NHでは優勝している。

 所属先の土屋ホームで選手兼任監督を務める葛西紀明は、小林陵を「一番の金メダル候補」と言い、ライバルとしてカール・ガイガー、マルクス・アイゼンビヒラー(ともにドイツ)、ハルボルエグネル・グラネル(ノルウェー)、アンジェ・ラニシェク(スロベニア)の4人を挙げた。

五輪連覇中のストッフとW杯元王者クラフトの不調は“スリップ癖”と分析

 ガイガーは今季4勝でW杯総合首位に立つ。NHも得意で昨季の世界選手権では銀メダルを獲得。過去3シーズンのW杯NHでは5戦中3勝、残り2試合も表彰台に上がっている。

 2019年の世界選手権LH金メダリストのアイゼンビヒラーは、今季未勝利ながら安定した成績で総合6位。この選手にとって小林陵は「天敵」とも言える存在だ。小林陵は大ブレイクした2018-19シーズンにドイツで開催されたW杯7試合で4勝を挙げているが、その4戦すべてで2位だったのがアイゼンビヒラーで、地元でW杯初優勝という最高のシナリオをことごとく阻まれることに。得点差もわずか0.4点(飛距離換算で22cm)にフライングヒルで200メートル超えを2本飛んで0.5点差(42cm)と、ダメージを与え続ける結果に、小林陵も「申し訳ないです……」と苦笑い。ドイツメディアでは「トラウマ」という言葉で語られていた。

 グラネルは昨季開幕早々にW杯初勝利を挙げると一気に5連勝し、シーズン11勝でW杯総合王者となった。今季1勝で総合3位につけるが、ごくたまに派手に失敗する印象も。昨年11月にW杯初勝利を飾っている総合5位のラニシェクのほか、直近のW杯で勝利を重ねた総合4位のマリウス・リンビク(ノルウェー)もメダル争いに絡んでくるだろう。

 この数シーズン、常にトップ争いをしてきた選手に平昌大会で五輪連覇を遂げたカミル・ストッフ(ポーランド)と、W杯総合優勝2度のシュテファン・クラフト(オーストリア)がいるが、今季は両選手とも本調子には遠い成績が続く。葛西は「たぶん(踏み切りで)スリップしているので、それが直らないとちょっとトップの人には敵わないんじゃないかな」と分析する。葛西自身も長年悩まされているのがこのスリップ癖だが、稀に急に直ることもあるそうで、実績十分の2人なら五輪に合わせてきても不思議ではない。

 小林陵は1月6日のジャンプ週間最終戦で5位に終わると、その後の5戦は4位、5位が続き、第18戦で優勝するまで表彰台から遠ざかった。それまでハイペースで勝ち続けていたこともあり、葛西も「ジャンプ週間の後は疲れも見えてきていて、明らかに(パフォーマンスが)落ちてきている」と少し心配そうにすると、理由として長期遠征による疲労を挙げた。

小林陵が調子を落として「他のライバルと同じレベル」

「例年落ちる時期でもあるけど、本来ならこの時期に帰国してリフレッシュしてまた無敵な陵侑になるはずが、そうもいかなかった」

 1月21日〜23日に予定されていたW杯札幌大会がオミクロン株流行の影響で中止になり、11月中旬に始まった遠征は一時帰国を挟むことなく北京へと向かうことになった。ノルディックスキーW杯は欧州を主戦場としており、週末の大会が終われば家に帰る他国とは違い、日本チームは月単位で転戦が続く。

 例年であれば、クリスマスの中断期間と1月下旬の札幌大会に合わせて一時帰国し、4か月に及ぶシーズンを戦うが、昨季と今季は帰国がままならず心身ともに相当疲弊しているはず。不安要素はこの一点に尽きるが、葛西は「陵侑が調子を落として他のライバルと同じレベル」と言い、本来の力さえ出せばライバルのつけ入る隙はなさそうだ。

(小林 幸帆 / Saho Kobayashi)