今や日本最大の私立通信制高校となった、角川ドワンゴ学園のN高等学校。教員らによる過重労働問題の訴えに揺れている(画像は公式サイトより)

「教員は疲弊している。同僚も原因不明の体調不良と説明され、辞めていっている」。ある高校教諭はそう憤りをあらわにした。

インターネット空間を活用した新しい教育機関として人気を集める私立通信制高校・N高等学校(N高)。ここでの労働環境をめぐり、一部の教員らと学園が対立を深めている。

6月11日、私立学校の労働改善に取り組む私学教員ユニオンとN高で働く教員ら3人(退職者含む)が、過重労働を訴える記者会見を実施した。会見で教員らは、給与水準の低さ、繁忙期における労働時間の多さなどを訴え、対応しない学園側を批判した。組合側は学園に対し、今後も過重労働の改善を訴えていく構えだ。

私立通信制高校への進学者数は急拡大

これに先立ち、亀戸労働基準監督署は今年5月、N高を運営する学校法人・角川ドワンゴ学園に対し、同校で働く教員が休憩時間を十分に取れていないことや、教員の振替休日出勤に対する賃金の未払いなどに関する是正勧告を出した。

学園は指摘された点についてすでに是正を行い、「(勧告を)真摯に受け止め、法律の遵守と労働環境のさらなる改善に努める」としている。だが、組合側の主張からは、学園の拡大スピードに労働環境の整備が追いついていない実情もうかがえる。

通信制高校への需要は拡大傾向にある。文部科学省の調査によれば、私立の通信制高校へ通学する生徒の数は、2009年の約10万人から2019年の約14.1万人へと、飛躍的に増えている。

N高とは別の通信制高校の運営に関わる企業の幹部は、「以前は(不登校になった生徒などが通うところ、といった)偏見のようなものもあったが、徐々に理解が深まっている」と分析する。

この成長領域で、もっとも注目を集めていたのがN高だった。開校は2016年。初年度の生徒数は1500人だったのに対し、現在はN高の収容人数が限界を迎えたために新設されたS高等学校も合わせ、約1万8700人(2021年5月末時点)の通う”マンモス校”に成長している。

その勢いは業界の中でも群を抜いており、足元では通信制高校で長年トップだった高校を抜き、シェア1位に躍り出ている。「(N高には)有名講師を派手に起用しているイメージがある。自分たちは特色を出し切れず、(後発のN高に)抜かれてしまった」(前出の企業幹部)。

実際、N高は一般の高校にない多様な教育コンテンツをウリにしている。例えば、VR(仮想現実)技術を活用した授業や、政治家や著名人を講師に招く「政治部」、株式運用を学ぶ「投資部」のようなネット部活だ。

だが、こうした先進的取り組みの背景に教員たちの過酷な労働があったことが疑われている。

授業の傍ら、150人の生徒とやり取り


記者会見に参加した教員らは、N高での過酷な労働環境についてさまざまな事例を挙げ訴えた(記者撮影)

冒頭の会見に出席した教員らによれば、生徒1人当たり年間5日程度行われるスクーリング(対面授業)の期間はとくに、休憩をとるのが困難なほど忙しかったという。スクーリングは5月から、約8カ月にわたって続く。最も繁忙となる10月には、土日にも授業を行う場合がある。

同期間、教員は8時半に登校、10時から12時20分まで午前の授業を行う。13時には午後の授業が始まるため、昼休憩は40分ほどだ。加えてこの40分間にも、担任している生徒からの問い合わせ対応やレポートの採点、当番制の校舎内外巡回などの業務が生じる。

学年などによって異なるが、N高の教員は1人で150人ほどの生徒を担任する場合もある。そのため、生徒からの相談や連絡への対応業務が膨大だったようだ。とくにスクーリング期間中は日中の時間帯をほぼ対面授業に取られ、時間外に及びがちだったという。

会見に参加した教員は「(スクーリング期間は)実質的に休憩がない」と主張。最も忙しい時期には過労死ライン(月間80時間)を超える91時間ほどの残業があったと訴える(労基署の認定は66時間)。

同じく会見に参加した、N高を今年3月末に退職した教員は、「休日にも通知音や着信音の幻聴が聞こえてきた。自分が『もう死ぬしかない』と思うほど悩むとは思わなかった」と、勤めていた当時を振り返る。

こうした教員らの主張に対し、学園は公式ホームページで反論している。担任生徒数が多いゆえに過重労働になっているという指摘に対しては、「(年間を通じた)通常の授業を行わなくてよいことにより、一人ひとりの生徒と向き合える時間については、むしろ確保できている」とした。

東洋経済の取材に対しても「ネットコースの教員の平均残業時間は21.5時間で、膨大だという指摘には当たらない。ICTを活用した業務の効率化を図り、進路指導・部活動・事務作業・生徒指導等を行う専門・支援チームを設けて担任教員の負荷を減らす分業も進めている」と回答した。

「第2回団交」のキャンセルをめぐっても対立

これ以外にも、学園側と労働組合側で認識が食い違う部分はある。その1つが、2021年5月30日に予定されていた第2回の団体交渉がキャンセルとなった理由についてだ。

学園側は「ウェブ会議の参加者を匿名かつ人数無制限に参加させることに(組合側が)固執されたため実現しなかった。教職員の個人情報や学園の機密情報を含む話も出さざるをえないため、誰が参加しているかは明らかにしてほしい」と説明。組合側に、具体的な条件をすり合わせたいと再三打診したにもかかわらず、返信がなかったという。

こうした学園側の声明に対し、組合側も反論。「身元を秘匿したい組合員もいる。1回目の団体交渉時には可能だったことなのに、2回目の直前になって態度を変えられた」とする。過重労働の実態が報道されたことを受け「(学園は)団体交渉の場に記者が紛れ込むことを心配しているのでは」(組合関係者)とみる向きもある。

学園と組合が真っ向から対立するN高の労働環境問題。両者にとって、そして生徒にとって最適な運営方法を見つけられるか。