これまであまりやってこなかったネット販売の積極展開も(写真:NHK大阪拠点放送局)

新型コロナウイルスが経済に大きな影を落としたこの1年。東京商工リサーチによれば、2020年(1〜12月)に日本全国で休廃業・解散した企業は4万9698件と、2000年の調査開始以降で過去最多となった。

一方、日本はコロナ禍の前から黒字にもかかわらず、社長が高齢で後継者が見つからず、事業存続をあきらめる会社が増えてきていた。それにコロナ禍が重なったことで、廃業・倒産に拍車がかかり始めている。

ただ、全世界で創業100年以上の企業を数えてみると、半数近くが日本企業である(2020年で約3.3万社、日経BPコンサルティング調べ)。日本には数々の苦難を乗り越えてきた、強靭な老舗企業が多い。

創業1872(明治5)年、「種家末廣」の屋号で和菓子業にはじまり、来年には創業150年を迎える「たねやグループ」もそのうちの1社だ。滋賀県近江八幡市を発祥として、高級菓子を製造し、直営店や全国の有名百貨店などを通じて販売してきた。洋菓子・クラブハリエのバームクーヘンが人気で洋菓子、和菓子で幅広いラインナップをそろえる。セレブ御用達のブランドである。

NHK大阪拠点放送局制作の「ルソンの壺」は、3月21日の最新放送回(関西地域で7時45分〜8時24分放送)をもって、14年の歴史に幕を閉じる。最終回は、新型コロナを分岐点に大きく舵を切ったトップの決断をテーマとして、たねやグループとアルミ加工会社「HILLTOP」(京都府宇治市)を取り上げた。そのうち経済ジャーナリストの三神万里子氏と狩野史長アナウンサーによる、たねやの4代目、山本昌仁CEOへのインタビューを、番組本編に収まりきれなかった部分も含めお送りする。

コロナで売り上げが一時ゼロに

三神 万里子(以下、三神):たねやは、コロナの影響で2020年4月は売り上げが前年同月比7割も減ったことがあったそうですね。

山本 昌仁(以下、山本):7割減どころかコロナの流行当初はゼロになりました。というのも、人命優先のため、去年4月の緊急事態宣言を受けて私たちは店をすべて閉めたからです。私が事業を継いでから10年弱になりますが、150年近く続いている会社を私がつぶしてしまうかもしれないと、暗澹たる気持ちのなか、どうすれば危機を脱することができるのかを考える日々でした。

狩野 史長(以下、狩野):その頃、売りたくても売れなかったお菓子を病院や老人ホーム、幼稚園に寄付されたと聞きました。

山本:私どもの会社は、昔から地元の方々のおかげで今日があります。お世話になった方々、医療従事者の方々などに、私たちが今できることは、お菓子を食べてもらうことだと考え寄付を始めました。


たねやグループの山本昌仁CEO(写真:NHK大阪拠点放送局)

そのことでお客様からお礼の手紙や電話をいただきました。気持ちが沈んでいたときだったのでとても勇気づけられるとともに、お菓子には苦しいときも人を笑顔にできる力があるという、お菓子屋の原点を忘れていたことに気がつきました。

今までブランドを追求するあまり、手が届きにくい販売方法をとっていたことを改めようと考え始めると、体がとても楽になりました。

スーパー、コンビニ、ドライブスルー販売も開始

三神:それまでは百貨店が主な販路でした。

山本:会社の存続の危機で、社員は不安を抱えていました。スタッフは絶対に私たちが守ると宣言しましたが、片一方では売り上げはゼロです。これはもう、販路を広げて売っていくという選択肢以外考えられませんでした。

全スタッフで感染対策を徹底した販売方法を考えた結果、工場の人たちがお店や工場の駐車場で、ドライブスルー方式で販売することを提案し、実現させました。緊急事態だからこそ、できる限り早期にお客さまにお菓子を届けられる方法であると考え、スーパーやコンビニエンスストアでも販売を始めました。


ドライブスルー方式での販売も採り入れた(写真:NHK大阪拠点放送局)

食品業界や通販業界、宅配業界などあらゆるところに声をかけたところ、すべての方々が私たちに協力してくださいました。

三神:そもそも、なぜ今まで百貨店にこだわって販売していたのでしょうか?

山本:滋賀県にある本店以外で、われわれのお菓子の販売を最初に始めたのが、地元のデパートと東京のデパートです。われわれを育ててくれました。このご縁は大事にしていきたいという気持ちから、百貨店での販売を徹底していました。


NHK「ルソンの壺」は、関西の“キラリと光る”企業や団体を取材し、ビジネス成功の秘訣を伝える番組。最新回は3月21日(日)、NHK総合の関西地域で7時45分〜8時24分放送。14年続いた番組も今回で終了です(写真:NHK大阪拠点放送局)

三神:今まで老舗ブランドとして百貨店のみで売られていたお菓子が、コンビニやスーパーの棚に並ぶことに葛藤はありませんでしたか?

山本:「店が閉まっていてお菓子を買えない」というお客さまからの声を聞き、私たちは今、必要とされていると感じました。ブランドがどうこうではなく、お客さまに食べていただき「おいしい」と言っていただくことに焦点を当て、百貨店以外の販売方法でも、絶対に味を落とさないということを死守しました。

三神:コンビニやスーパーの商品の売り方は、百貨店とは大きく異なります。パッケージや売る個数も違うと思いますが、店舗数が多いことで管理が雑多になる可能性もあります。


高級百貨店での販売を得意としてきた(写真:NHK大阪拠点放送局)

山本:私たちのお菓子は非常にデリケートであることを説明し、ご理解いただいたうえで取り扱っていただきました。私たちが作れる最大限のお菓子の数を毎日お届けするということができ、多くの方にわれわれのお菓子を食べてもらうことができました。

三神:新規顧客の開拓につながりましたか。

山本:今までは年齢の高いお客さまが多かったのですが、若い方まで来ていただくようになりました。お菓子離れが進んでいる中で、新しいところで展開すればまた新しいお客さまを獲得できると感じました。

コロナによりネット販売が加速

三神:インターネット通販にも本格的に取り組まれたそうですね。

山本:通販は昔からやっていましたが、お客さまは年配の方が多く、ネットではなく電話注文やファクス注文で受けていました。われわれもネット通販の必要性を20年も前から考えてはいましたが、お店のほうがよく売れるため、手つかずのままでした。コロナをきっかけにネット通販に着手でき、一気に加速しました。

三神:ネット通販では、店舗で行うお客さまに喜んでもらうためのリアルな仕掛けや接客ができません。この点はどのように補いましたか。

山本:できる限りお店も通販もサービスは変わらないように、細やかなサービスを映像にして文章にしています。150年続けてきた販売方法に加えて、迅速な対応ができるという通販の利点も生かしながら行っています。まだ、それが成功したわけではないですが、試行錯誤して改善を重ねながら進めている状況です。

三神:ネット通販向けの商品の売り方やレシピは同じ?

山本:商品が届いて開封したときにできたての味を食べられるように冷凍にする方法や、熟成させてからお届けし、届いたときが食べ頃という方法などを考案しました。現在、いろんな商品を開発中です。今後は、季節感を提供し、食べ方提案や食べ頃提案も表に出していきたいと考えています。

三神:通販の場合、無骨に段ボールで届くイメージがあります。老舗ブランドとして通販は後発組になりますが、箱や包装紙などの工夫はされましたか?


商品ラインナップも豊富だ(写真:NHK大阪拠点放送局)

山本:われわれのお菓子らしさをアピールしようと考え、箱を開けた瞬間に、季節を感じられる工夫を考案しました。春は華やかさを感じられ、夏は涼しさを感じられます。

また、SDGs(Sustainable Development Goals、持続可能な開発目標)の観点から資材にもこだわりながら、できる限り無駄のないような工夫をしています。

三神:おいしさだけでなく、気持が高まる経験も一緒に届けられますね。

山本:安心・安全は菓子業界では第一ですが、美容や健康も大事です。フローズンにすることで、できる限り糖分を入れずに、材料本来の風味を出していけます。

三神:通販を考えなかったら開発しなかったであろう商品がどんどん出てきそうですね。

山本:はい。職人にしか味わえないような新鮮な味をお届けできるというメリットが通販にはあると思います。

新しく開拓した販路の売り上げが半分も

三神:売り上げはどの程度回復しましたか。

山本:2020年6〜12月は前年同期比で90%から100%の間まで回復しました。

三神:新たに開拓した販路による売り上げの割合は、どのくらい占めていますか。

山本:50%は新しく開拓した販路による売り上げです。以前の販売方法のままでしたら、売り上げは頑張っても前年比60%ぐらいしか回復しなかったと思います。

三神:老舗の看板を失うかもしれない危機で販路の多面化に舵を切った結果、新しい層に認知されたわけですね。

山本:そうですね。食べてもらうことで初めて「おいしい」と感じていただき笑顔になります。まずは「食べていただくために何をするか」を考える必要があるという、原点に戻ることができました。

三神:老舗の原点とは何かを探る時、途中でいろいろなお考えがよぎったと思いますが、どのようなプロセスでそこに行き着きましたか。

伝統とは、守るものでなくて続けていくこと

山本:伝統とは、守るものではなく続けていくことだと考えました。

「先代から引き継いだものを守り抜いていかなあかん」とこだわっていたところもありますが、200年後に私どもの会社が存続するためには、今ここでお菓子を食べてもらわないという選択肢は絶対にありません。お客さまにお菓子を食べてもらう時間を増やすことが第一で、ここにブランドのイメージを保つためのプライドは一切ありません。「おいしい」こそが、「ブランド」です。

三神:老舗というと、職人技にこだわるイメージがあります。何を残すことが“老舗”でしょうか。


山本CEOは「原点を見つめて新たに!!」とメッセージをくれた。NHK「ルソンの壺」は、関西の“キラリと光る”企業や団体を取材し、ビジネス成功の秘訣を伝える番組。最新回は3月21日(日)、NHK総合の関西地域で7時45分〜8時24分放送。14年続いた番組も今回で終了です(写真:NHK大阪拠点放送局)

山本:「おいしさ」という原点の下、時代に合わせて変わっていくことを恐れずに、その時代背景の中で、空気感を読んで物事を進めていこうと考えています。たとえば、手で粉をつける作業などは体温でかえって味が落ちますから、そこは新しい技術も柔軟に取り入れるなど。

今まで「こうでないとあかん」という気持ちに囚われていましたが、コロナを新しい時代の幕開けとして捉え、先代から受け継いできたものも守りながら、凝り固まらないでいろんな可能性を見出していきたいです。

(構成:二宮 未央/ライター・コラムニスト)