昨春、コロナ禍で就活した学生が4月に入社する。せっかくのハレの舞台だが、彼らの顔を曇らせる心配事がある。それは「配属ガチャ」だ。人事ジャーナリストの溝上憲文氏は「希望の部署に配属されればいいが、ハズレの部署、ハズレの上司になることもあり、そのミスマッチが早期転職につながっている」と指摘する--。
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新卒社員・就活生を怯えさせる「配属ガチャ&上司ガチャ」の恐怖

4月1日の入社式が目前に迫っている。コロナ禍の厳しい就職戦線を勝ち抜いた晴れの舞台でもあるが、近年は「配属ガチャ」に頭を悩ます新人も増えている。

配属ガチャとは、入社時の配属先の部署や配属先の上司がどうなるのかわからないことをソーシャルゲームの「ガチャ」になぞえたもの。希望の部署に配属されたり、上司や教育担当者に恵まれたりした場合は「アタリ」、そうでない場合は「ハズレ」。ハズレを引いてしまったら早期離職につながり、「新卒配属ガチャ問題」として話題になっている。

ネット上でも「希望していた仕事ができるものと思っていたが、全く違う部署だったのでがっかりした」、「実家から通勤できると思っていたが、入社したら地方の営業所に配属され、転職を考えている」という声も挙がっている。

配属先については、欧米企業はジョブ型採用なので入社時に担当職務や勤務地などを明示された雇用契約書を個別に結ぶので配属ガチャは起こりえない。

また、欧米のジョブ型社会では、新卒・中途を含めて会社が必要とするスキルの持ち主をその都度採用する「欠員補充方式」が一般的である。

■一斉に大量採用する日本ならではのアタリ・ハズレ

それに対して日本企業はノースキルの学生を「総合職」という名称で大量(欧米に比べて)に採用する。入社後は1カ月程度の集合研修を経て、配属先で教育担当者などからOJT(職場内訓練)を受けて一人前に育成される。

採用数を決める際にはもちろん各部署の要員不足も考慮されるが、中長期的な事業運営を展望して最終的に経営会議で採用数を決定する。

つまり、最初から配属先ありきではなく、定年退職者数や退職率などを見てごく大雑把の採用人数を決めるだけなので、どこに配属されるのかわからないのが日本の新卒一括採用の特徴でもある。

事務機器メーカーの人事課長はこう語る。

「最終的に人事部と各部署が折衝して割り当てる人数を決めるが、部署の中には『とても新人を育成する余裕がない、いらないよ』と言ってくるところもある。それでも『何とか面倒をみてほしい』と頼み込むが、最後は人事部の権限で有無を言わせず、引き受けてもらう」

■希望する配属先に入るために会社に働きかけ「配活」する学生

何十人、何百人という新人を各部署に割り当てる以上、新人の中には希望する部署に配属されないという「配属ガチャ」が当然発生する。それでも以前は「就社意識」が強く、意に沿わない配属先であっても終身雇用が約束されていたので我慢する人も多かった。

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しかし、最近の若手社員は自ら描くキャリアに即した専門的なスキルを磨き、いずれは専門性を武器に転職したいという人も増えている。そういう人たちは「不本意な配属」に敏感になっている。そのため希望する配属先に入るために会社に働きかける活動をする学生もおり、「ハイカツ」(配属活動)と呼ばれている。

ラーニングエージェンシーの「2020年度新入社員のキャリアに対する意識調査」(2020年4月28日発表)によると、会社員に「将来会社で担いたい役割」を尋ねた質問で「専門性を極め、プロフェッショナルとしての道を進みたい(専門家)」と答えた人が31.1%だった。

その理由では「いざというときに専門性を活かして仕事をしていきたいから」が54.6%と一番多かったが、この数値は2014年の調査開始以来、最も高くなっている。

とくにコロナ禍で経営環境が劇的に変化する中で自分の将来に対する不安も大きくなっているだけに専門性を少しでも早く身につけたいと思う新入社員も多いだろう。

■配属先が「希望通り」文系出身者60.5%、理系出身者73.5%

一方、企業側もキャリアや専門性志向の高まりを受けて、できるだけ希望部署に配属させる方向にある。

マイナビの「2020年卒学生モニター調査」(2021年1月22日)によると、現在の配属先が「希望通り」と答えた文系出身者は60.5%、理系出身者は73.5%となっている。

希望職種別で見ると、理系は「技術・研究系」職種希望は90.3%、「IT系」職種希望は91.8%と、いずれも希望通りに配置された割合が9割を超える。

また、「事務・管理系」職種(総務・人事・経理・事務など)希望の場合は80.2%と比較的高い割合で希望通りとなっていたが、「企画系」職種(広報・マーケティング・企画・商品開発など)希望では25.0%と低い。つまり75%の人は希望したが配属されなかった配属ガチャのハズレ組だ。

ただし、企画・マーケティング職に新入社員が就くにはハードルが高い。マーケティング職は最も経営に近い職種であり花形の職種だが、常に市場競争にさらされる業態では、市場の分析力を持ち、商品の市場性を判断し、将来性を予測できる総合的能力が求められる。

消費財メーカーの人事課長は次のように話す。

「こうした知識やスキルは一朝一夕に身につくものではない。まず入社後に営業、開発、管理部門に配属し、5〜6年の経験を経て事業企画やマーケティング部門に配属されるケースが多い。最も顧客に近い営業現場のことを知らなければ苦労することも多く、いきなり企画部門に配属することはめったにない」

■人事部が新卒社員の配属先を決める、知られざるメカニズム

では、どうやって人事部は新卒の配属先を決めているのか。

あるゼネコンでは技術職の設計・土木などの職種は大学の専門分野でほぼ決まるが、文系はほとんどが営業職から始まる。そのほかの部署については新入社員がほしいという部署に割り当てることになる。同社の人事部長はこう語る。

「配属先を決める最初の手がかりとなるのがインターンシップや入社面接だ。たとえばコミュニケーション力が高く、相手に好印象を与える人であれば広報に推薦する場合もあるし、対人理解力があり、人の面倒を見るのが好きなタイプは人事部に向いているなと思う。最終的には人事部の会議で決めるが、優秀な学生は部門長の間で取り合いになることもある」

また、近年では大学の専攻分野や本人の希望も踏まえて新入社員から専門職人材を育てていこうとする企業も増えている。IT企業の人事部長はこう語る。

「新卒の一部について専門分野別の採用を実施している。ある程度の専門性がないと世界で勝負できないという考えがある。選考では本人の希望も踏まえるが、たとえば法務、財務職であれば大学で専攻した分野の知識の深さや英語力などを加味して決めている。入社後は職種ごとに求められる職務能力の要件を明確にして自発的に専門性を極めることが大事になる。できれば27歳ぐらいに一本立ちし、35歳ぐらいまでに一つのビジネス領域でリーダーを張れる人材をつくりたい」

最近は日本企業でもジョブ型採用を謳い、特定のスキルと専門性を持つ学生を積極的に採用する企業も徐々に増えている。KDDIは本人の能力と希望に応じて最初の配属を確約する「WILLコース」採用を始めているが、2021年度新卒入社者の4割を占めている。

■「上司ガチャ」で新卒社員の一生は決まる

ところで、配属ガチャのもうひとつの問題が配属先での上司や教育担当者との関係だ。運良く希望部署に配属されても、ちゃんと指導してくれない、あるいは上司の高圧的な態度についていけないと悩む新人もいる。

“ハズレ”上司との人間関係の悪化で離職する人も多い。

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厚生労働省の「平成30年若年者雇用実態調査」によると、初めて勤務した会社をやめた理由のトップ3は「労働時間・休日・休暇の条件がよくなかった」(30.3%)、「人間関係がよくなかった」(26.9%)、「賃金の条件がよくなかった」(23.4%)――。しかも入社後1年未満では「人間関係がよくなかった」が約4割と最も高い割合となっている。

じつは人事部はこの“上司ガチャ”問題に最も気を遣っている。会社の中にはプレイヤーとしては優秀でも、コミュニケーション力が低く、指導力に欠ける上司もいれば、部下の意見にあまり耳を傾けることがなく、一方的にしゃべりまくり、ときには過去の栄光をひけらかす昭和的上司も残存する。そんな上司に嫌気がさして入社直後から転職サイトに登録する新人も少なくないといわれる。

■どんな新人でもオールラウンドに対応できる“金八課長”

それを防止するために最初の配属先の上司との相性をチェックする人事部も増えている。広告会社の人事部長はこう語る。

「たとえば親分肌で無理難題を言ってくるような上司の下にストレス耐性が弱い新人を入れると、すぐにやめてしまうリスクが高まる。そうしないために新人がどんなタイプなのか、何事も細かい性格なのか、ストレス耐性はどうなのかを適性検査をもとに分析する。その上で配属先の上司のタイプを見て、この人であれば新人との間でトラブルを起こす確率は少なくなるだろうと考えて配置をしている」

上司の中には部下育成に長けた人もいる。人事部内ではどんな新人でもオールラウンドに対応できる管理職を“金八課長”と呼んでいる。

「上司が話すのは30%、部下に70%話をさせる対話の基本を踏まえ、相手の価値観や考え方をじっくり聞いた上で仕事の意味を丁寧に教えることができる人。困ったときは金八課長のところに送るようにしている」(人事部長)

もちろんこの上司は将来の役員候補と目される人でもある。しかし多くの新人をこうした上司の下に送り込むには限界がある。昔から「最初の上司で将来が決まる」と言われたものだが、巡り会えるかどうかは運・不運がつきまとう。“上司ガチャ”問題の解決は永遠の課題であるだろう。

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溝上 憲文(みぞうえ・のりふみ)
人事ジャーナリスト
1958年、鹿児島県生まれ。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍。著書に『人事部はここを見ている!』など。
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(人事ジャーナリスト 溝上 憲文)