コロナ禍で低迷した経済は、どうすれば回復に向かうのか。日本ベーシックインカム学会理事の小野盛司氏は「政府は緊縮財政をやめ、毎月10万円のベーシックインカムを導入するべきだ。日本が先進国で唯一リーマンショックから立ち直れていなかった理由も、緊縮財政にある」という--。

※本稿は、井上智洋・小野盛司『毎年120万円を配れば日本が幸せになる』(扶桑社)の一部を再編集したものです。

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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/marchmeena29

■日本だけが「痛みに耐えろ」を続けてきた

コロナ後の経済低迷は、リーマンショック後よりさらに深刻です。日経NEEDSによる予測でも、実質GDPは2023年1月〜3月期でもまだ2019年度の水準は取り戻せないと出ています。それは緊縮財政が今後も続くだろうと思われ、財政健全化のため増税案がすでに検討されているからです。しかもコロナ収束のために手間取ると予測されます。一方、コロナ収束に成功した中国やベトナムでは、2020年4〜6月期でもプラス成長です。

2003年以降の名目GDPの推移(図表1)を比較すると、イタリアを除けばGDPが上昇している傾向にある中で、なぜ日本だけが低調だったのでしょうか。

出所=『毎年120万円を配れば日本が幸せになる』

実はこれはとても簡単な話です。要するに、小泉純一郎さんが何て言ったかというのを思い出してほしいのですけれども、「痛みに耐えろ」と言ったわけですね。「痛みに耐えろ」ということは、もうお金を使わずに、そして社会保障費なども削ると。言ってみれば戦前の「欲しがりません、勝つまでは」みたいなことですね。

安倍政権も言いました。「最大限歳出を削減する」と。これは「痛みに耐えろ」と同じ意味です。なぜ政府は「痛みに耐えろ」と言うのでしょうか。それは「借金を借りすぎた」と。国の借金など返す必要はないのですが、「借金を借りすぎたから、倹約しなければならない」ということで、以前から国を挙げて宣伝していましたね。

ほかの国はそんなことをしていないので、経済成長しているわけです。日本はともかく「我が道を行く」で、借金を返そうということで緊縮財政を進めてきました。そのため、社会全体が疲弊してしまったのですね。

■先進国の中で日本だけがリーマンショックから立ち直れていなかった

ただでさえ緊縮財政が厳しかったところに、リーマンショックが来て景気の悪化が深刻化しました。この対策のために、政府はお金をたくさん使わなければいけなかった。この時はお金を使ったのですけれども、それでも大勢の人々が失業者となってしまいました。

これを何とかするために大幅な財政赤字となり、プライマリーバランス(国が社会保障などの行政サービスを提供するための経費を、税収などで賄えているかどうかを示す指標)も赤字になった。

小泉首相は「2011年度までに黒字化する」と言っていたにもかかわらず。仕方ないので、目標達成を2020年度に延期した。目標を変更したのは、内閣府の欺瞞的な計算に騙されて間違った判断をした結果でした。

そして「2020年度に、頑張れば黒字化できる」と発表したのですが、だんだんウソがばれてきて、それは無理だということが明らかになってきました。そうすると「2027年度には!」と言いだし、2020年になったら「2029年度には……」と、どんどん先延ばししています。

それでも「みなさんがもっと頑張れば、みんなで一生懸命節約すれば、プライマリーバランスは黒字化します!」と政府は言い続けているのです。まさに「欲しがりません、勝つまでは」というのと一緒ですね。

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そこで国民の生活はバラ色になりますか? そのために一生懸命節約しても、良いことは何もありませんよ。今は節約なんかしちゃダメです。例えば韓国は、必要な政策にはどんどんお金を使っていますよ。その結果、もう1人あたりのGDPでは日本を抜き去りそうな勢いです。

日本国内では「アベノミクスで経済や雇用が順調だ」というイメージがメディアを通じて流布されていました。しかし、実際には先進国の中で日本だけがリーマンショックから立ち直れていなかったんですね。まずこの現実を、一般の方々が理解することが大切です。

■お金を使ってコロナ対策を本気でやれば、プラス成長になる

ほかの国々はリーマンショックから立ち直っているのに、日本だけは立ち直ることができずに何年もずるずると低迷しています。その大きな原因は、政府の緊縮財政でしょう。このままでは、今回のコロナ禍でも同じことが起きてしまいます。ここから、さらにまた下がるというわけです。ですからその処方箋としては、国民にお金を配る、減税する、公共投資をするといった財政支出を行うしかありません。

現在であれば、コロナ対策への財政支出も必要でしょう。もっとお金を使ってPCR検査を徹底し、感染者を確実かつていねいに保護する。そうすると比較的自由に経済活動が送れるということになります。

中国の例でいえば、最初にコロナ禍に襲われたはずなのにプラス成長になっていますね。PCR検査を本気になってやれば、それはプラス成長になるんですよ。日本も同じようにしない限りダメです。中国はコロナ後、日本がマイナス27.5%のときに、プラス3%くらいでしたね。徹底的にPCR検査で感染者を排除していますから。けっこう自由に経済活動ができるようになっているわけです。そうしない限り、景気にブレーキがかかります。

■「政府はお金を使わない」ということで日本中が結束してしまった

「痛みに耐えて」倹約すればするほど、お金が社会を循環しなくなり、さらに経済状況が悪化していく。そうすると、さらに大きな痛みが襲ってくる。戦前はそうでした。みんな「欲しがりません、勝つまでは」と言って我慢させられました。結局勝たなかったのですけどね。一生懸命、国債を買ってもそれが紙くずになってしまいました。

ともかくこの「失われた20年」で、「政府はお金を使わない」ということで日本中が結束してしまったんですね。ただ、今回のコロナ不況対策で10万円を全国民に配りましたから、それは良かったと思います。ただ、10万円1回だけでは足りません。もっとやる必要があります。

これで、国民に現金給付がなされていたらGDPが増加しただろうということがよく分かっていただけたと思います。バブル崩壊後から現金給付を行っていれば日本経済を復活させられたのに、なぜそうした発想が広がらなかったのか。「財政健全化」とともに、「お金を配る」ことへの反対意見としてよくあるのが「そんなことをするとハイパーインフレになる」という主張です。しかしこれも根拠のないものであることは、私が行ったシミュレーションで結果が出ていました。

■「お金を配るとハイパーインフレになる」は杞憂である

2000年から大規模な現金給付を行ったと仮定して、例えば年間80兆円を配り続けた場合、物価の値上がり率は2002年0.7%、2003年が0.9%、2004年が0.8%となります。「健全」とされる政府の物価上昇率の目標は2%ですので、現金給付を行ったとしても、ハイパーインフレが起きるどころか、物価上昇率はむしろ政府目標に達しない程度の低いものだったのです。

その一方で経済は活性化し、すでに2002年の時点で名目GDPが602兆円に達していたとのシミュレーション結果が出ています。2020年の状況で再度計算し直してみても、この状況は大きく変わっていません。政治家が決断すれば日本経済はこのように発展するのです。

■毎月10万円を、全国民に配り続ければ日本経済は必ず良くなる

現在、コロナ禍で世界中が大規模な財政出動をしていて、各国の債務は第二次世界大戦時のピークを超えています。しかし、ハイパーインフレになどなっていません。私が推奨するのは財源を国債で賄って「毎月10万円給付を継続する」ということです。国民に対しては「続けられる限り続ける」とアナウンスして安心感を持ってもらいます。

10万円の給付はすでに行われました。そのことによる物価の急上昇も国債の暴落も起こらなかったことは経験済みです。毎月10万円給付を継続していった場合、最初の頃は何も起こらず、むしろ日経NEEDSの予想通りになっていくと思います。株価や地価の急騰はあるかもしれません。しかし一般の物価が急上昇するかというと、簡単には上がらないと思います。それが起きるのは極端な、そして全般的なモノ不足が起きる場合です。

例えば2020年4月ごろ、マスクの需要が突然に急拡大してネットでは高値で販売されていました。しかし間もなく供給が追いつき、今ではマスクはどこでも買えるようになり、もとの値段に戻りました。「1974年のオイルショックの際には“狂乱物価”と呼ばれるようなものすごいインフレが起きたじゃないか」と思う人がいるかと思いますが、当時は原油価格が1バレル3ドル程度だったのが一気に11ドルまで値上がりし、日本経済が過度に原油依存だったので値上げは仕方のないころでした。

■終戦直後は激しいインフレになったが…

多くの人が心配するのは、こうした激しいインフレになる場合です。一つの例は終戦直後の状態でしょう。当時は戦費のため歳出は10年で42倍になりましたが、物価統制令で物価を無理に抑えていました。国民も「欲しがりません、勝つまでは」と言って、じっと我慢していました。

しかし戦後、物価統制令が解除されたために激しいインフレになりました。空襲で多くの生産設備が失われたこともモノ不足を深刻化させ、インフレが加速しました。焼け野原になった日本に残された生産設備はわずかで、鉱工業生産は戦前水準の27.8%しかなかったのです。1946年の輸入は戦前の10分の1にまで落ち込んでいたことも、モノ不足に拍車がかかった要因でした。

そして原料や石炭、電力の不足もあってモノの生産は大きく落ち込みました。農業も、戦時動員による人手不足で作付面積が減少したところに冷害などの災害が加わり、1945年の米作は587万トンという記録的な凶作となりました。ちなみに1940〜1944年度の平均は911万トンですから、いかに終戦の年が凶作だったかがわかりますね。

■現代では戦後のようなモノ不足が起こることはない

人々は生きるために食糧を求めて買い漁りました。そのため、終戦4カ月後の1945年12月には月間のインフレ率が66.4%となり、このままこれが1年間続けば1年で物価は451倍になるところでした。

井上智洋・小野盛司『毎年120万円を配れば日本が幸せになる』(扶桑社)

1946年2月、当時の幣原内閣は既存の旧日銀券を失効させ、強制的に預金をさせて封鎖。そして封鎖預金の引き出しを毎月一定額に制限しました。世帯主300円、その他の世帯員1人あたり100円とし、この額で生活するように強制したんです。このように、戦後のハイパーインフレや預金封鎖騒ぎは、戦争や凶作によるモノ不足で、需要が供給をはるかに上回った結果です。

当時と現在は、状況がまったく異なります。国民全員に現金を配ったら、生活苦で食事にありつけなかった人も食べることができます。それにより食糧の需要は多少増えるかもしれませんが、終戦直後のような極度の食糧不足も、モノ不足も引き起こされるとは考えられません。特定のモノが不足になれば、世界的なサプライチェーンがありますから、輸入量が増えるだけなんです。

現金給付が一定期間行われると、土地や株に投資する人が増えて地価や株価が上昇する可能性はあります。それが現金給付をストップさせる理由になるかどうかはわかりません。毎月10万円の現金給付をまず始めて、しばらく様子を見るべきです。これは必ず、日本経済を良い方向に導きます。

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小野 盛司(おの・せいじ)
日本ベーシックインカム学会理事
日本経済復活の会会長。1974年東大大学院博士課程卒、理学博士。1974年〜1984年カリフォルニア大学、パリ大学、CERN等にて、素粒子論の研究と教育を行う。1984年に帰国し、東大理学部に属しながら東大英数理教室を設立、2018年まで代表取締役。著書に『人間の行動と進化論』(東大英数理教室)、『政府貨幣発行で日本経済が甦る』、『これでいける日本経済復活論』、『ロボット・ウィズ・アス』、『日本はここまで貧乏になった』、『お金がなければ刷りなさい』(ともにナビ出版)、『「資本主義」から「解放主義へ」』(創英社/三省堂書店)など。
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(日本ベーシックインカム学会理事 小野 盛司)