ESPNで全米放映された「KOSHIEN:Japan’s Field of Dreams」【写真提供:Cineric Creative / NHK / NHK Enterprises】

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「KOSHIEN:Japan’s Field of Dreams」監督の山崎エマさんが作品に込めた思いとは

 今年6月、米最大のスポーツチャンネルで甲子園のドキュメンタリー映画が放映された。「KOSHIEN:Japan’s Field of Dreams」。2018年の第100回全国高等学校野球選手権記念大会に臨む球児らの姿を伝えた作品は、米スポーツ専門局「ESPN」メインチャンネルで扱われ、海の向こうで反響を呼んだ。日本でも21日から劇場公開されることが決まった同作品。「THE ANSWER」では、作品の監督を務めた山崎エマさんにオンラインインタビュー。日本の高校野球に対する思いや、作品が全米放送された経緯を語ってもらった。

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 米国のスポーツチャンネルで“100回目の夏”に向かう球児たちが映し出されていた。英語字幕で、聞こえてくるのはほとんどが日本語。異例の全米放送がなされた「KOSHIEN:Japan’s Field of Dreams」は、シネリック・クリエイティブ、NHK、NHKエンタープライズの国際共同制作で「夏の甲子園100回大会プロジェクト」の集大成として作られたフィルムだ。

 なぜ、甲子園のドキュメンタリーが全米放送されるに至ったのか。監督を務めた山崎さんは全貌を語ってくれた。

 まずは作者の生い立ちから辿りたい。イギリス人の父と、日本人の母を持つ山崎さん。神戸に生まれ、大阪の公立小を卒業し、中高は神戸のインターナショナルスクールに通った。19歳で渡米し、ニューヨーク大学映画制作学部を卒業後、数々のドキュメンタリー制作などを手掛けてきた。

 映画監督の道に進んだきっかけは、偉大なる日本人メジャーリーガーだった。小学5年生の頃、読書感想文の課題図書「イチロー―努力の天才バッター」を読んだ。スポーツに興味がなく、オリックスで活躍していたイチロー氏のこともほとんど知らなかったが、雷に打たれたような衝撃を受けた。

「彼は12歳の時、すでに『一流の野球選手になる』と作文に書いていた。本を読んでわかったのは、とにかく早く好きなことを見つけて、全力を注げということ。彼にとっての野球みたいなものを私も見つけないとと思って、職業の本を読んだり、いろんなことを試して探そうとしていました」

 中学時代、授業で小さなビデオカメラを使って映像制作をした際に「これを私の好きなことにする」と決めた。やればやるほどうまい映像が撮れるという奥深さを感じたからだ。

「これでも、イチローさんより2年も3年も遅れている。下手したら3歳からやってるから10年遅れていると思いました(笑)。後に映画監督の勉強で米国に行くのも、野球が一番の国に行きたいと思ったイチローさんのように、自分も映画が一番の国に行きたいと。それくらい影響されています」

 中高で通った神戸のインターナショナルスクールは、米国の部活と同様に、春夏秋冬で異なる競技に取り組むシステムだった。ただ山崎さんは、1年中同じ競技に打ち込む日本の部活スタイルに、ある種の憧れを抱いていたという。

「自分にとっての部活は、隣の高校の野球部やサッカー部から聞こえてくるものでした。朝早く行っても、放課後帰るときもずっとやっている。自分がそういうシステムにいなかったから、憧れのようなものはありました。周りの外国人の親は『これだけやってプロ選手になる人なんてほとんどいないのに』っていう疑問を持っていたけれど、私は1つのことをたくさんやりたかったから」

東京で高校野球に感じた「日本社会の縮図」とは

 高校を卒業し、映画監督の夢を叶えるために渡米。大学で映画制作を学び、ニューヨークで計9年を過ごした山崎さんだが、日本在住時から度々悩まされたことがあった。

「日本にいた時は、日本人に見てもらえなくて嫌な思いをしたりとか、逆に米国に行くと米国人じゃない。与えられた試練に対して『外国人だから、というのもあるのかな』って考えてしまったりしていました」

 ビザの問題にも苦心していた大学卒業直後の2012年、気持ちを晴らしてくれたのが、ヤンキースにトレード移籍してきたイチロー氏だった。7月、山崎さんも現地観戦した、新天地で初のホームゲーム。ニューヨーカーは総立ちとなり、拍手で日本のレジェンドを祝福していた。

「自分のことじゃないのに涙が出てきたんですね。米国という場所に完全に受け入れられるに値することを自分がまだできていないタイミングだったので、それもあって。活躍できれば、言い訳にしていた部分って関係なくなるんだなって、勇気をもらいました」

 異国で認められているイチロー氏の姿に刺激を受け、ドキュメンタリー制作に励んできた。引退に際しては、ファンや関係者の物語を取り上げた「#dearICHIRO」を作り上げた。

 そんな山崎さんが高校野球に着目したのは2017年夏。日本と海外の懸け橋になれるような作品を輩出すべく、東京にも拠点を作り、日本のストーリーを伝えられる題材を探していた時だった。

 居酒屋、街頭のスクリーン、打ち合わせ先……至る場所で甲子園の映像が流れていた。久々に過ごす母国の夏。歓喜と涙の情景に懐かしさを感じるとともに、日本社会の特徴が凝縮されていると考えた。

「高校野球ではチームのためにとか、整理整頓、時間厳守とか、日本人らしい生き方が映し出されていました。しかも、社会で働き方改革とかが議論になっているように、高校野球にも変化がある。日本独自の文化を紹介できつつ、変化に対しての現場の人たちの葛藤やドラマが撮れるんじゃないかなと思ったのがきっかけです」

 古き良き教えもある中で、変えていかなければならない課題もある。高校野球は、まさに「日本社会の縮図」であり、「究極の日本文化」だった。

「もっと複雑で、情熱的で、感情的な日本人の姿というか、シンプルではない違う面もあるというのを見てもらいたかったんです」。職人気質で、勤勉で、物静かというのが、よくある日本人像。イメージと違う熱い文化と人間味を、球児たちの姿を通じて海外に伝えたい。秋に入り、さっそくプロジェクトが始動した。

 作品では、エンゼルス大谷翔平、マリナーズ菊池雄星らを輩出した岩手・花巻東と、特に野球が盛んな神奈川から横浜隼人をメインに密着。神奈川県内に家を借り、2018年3月から撮影を開始した。各地に赴き、気付けば素材は300時間を超えた。酷暑の中でも朝練から日が暮れるまで、球児らを追いかけ続けた。

全米放映したESPNが抱いた感情「こんな世界があるなんて」

 今作の撮影でともに活動したスタッフのうち、プロデューサーとカメラマンは米国人。彼らが驚いたり、疑問を持ったところに着目するようにしていた。

 ヘルメットや靴が一糸乱れず並んでいる光景や、ハキハキとした挨拶、ゴミ拾い。「良いことをすれば試合でヒットを打てる」など、いつか自分に返ってくるという思考。社会のためになることを自然と行うような教育的内容が印象的だった。

 球児で最も印象に残っているのは、横浜隼人の当時3年生で、1年生の指導係を務めていた向井君だ。部員130人を超える大所帯において、1度もAチームに昇格することなく引退したが、水谷監督からの信頼が厚く、2年生の時から指導係に。部の一員としての在り方、態度などを後輩に伝えていく姿に、「役割を全うし、尽くす美学」を見た。

「高校野球って甲子園のスターが目立つけれど、作中ではAチームに入れなかった彼の話が1番打たれましたね。役割に誇りをもって尽くしていた彼はきっと、社会人になっても与えられた、もしくは選んだ役割を全うする人になっていると思うんです。そういう人が他のチームにもたくさんいるんだと思います。『これは僕の使命だ』と。どんな場面よりも、そういうことが高校野球の一部なんだということを教えてくれました」

 NHKで3作品を放送した後、「私たちにとっての完全版」という今回の作品が2019年夏に完成。米国最高峰のドキュメンタリー映画祭「DOC NYC」でワールドプレミアされ、「ESPN」での全米放送につながった。外部の完成している作品を、同局で放映するのは史上初の快挙。「夢でありながら驚いた」という。

 ESPN関係者からは「画期的、異例、歴史的」と称賛された。米国では全く知られていない世界を、感情的かつドラマチックに表現していたことが高評価につながり、担当者からは「視聴者、特に野球ファンの人たちは『こんな世界があるなんて』と驚き、もっと知りたくなるでしょう」とうれしい言葉をかけられた。

 新型コロナウイルスの影響でスポーツ中継がないという背景もあったにせよ、全米放映されるにふさわしいと評価されたのは確かだ。開幕を目指す大リーグがオーナー側と選手側で合意が図れずにあった時期に、ピュアでビジネスから最も離れた球児の姿は、米国人の心を打っていた。

「(反響は)真摯に全うしている球児について知ってもらいたいとか、野球って馴染みがあるはずだったのに、全然違うバージョンの野球に触れることができて興味を持ったとか。文化や言葉の壁を越えて熱くなって、日本人が見た感想と近いものも多かったですね。今まで甲子園について何も知らない、もしくは“やりすぎ、投げすぎ”とかだけを知っている人たちには、こんな理由、歴史、思いでやっているというのを受け取ってもらえたと思います。

 高校野球の試合をもっと見たい米国人が出てきて、いつか、全部とは言わなくても甲子園の決勝とかが米国で流れる日が、もしかしたら将来的に来るかもしれない。そういうきっかけ、新たなステージの可能性を作れたかなと思います」

 もし、甲子園決勝が米国でも生放送される日が来たら――。ベースボールとは違う「高校野球」を通じて、日本の文化や国民性が海外の人の心を動かすかもしれない。そんな期待を抱いている。

■日本でも8月21日より放映決定「甲子園:フィールド・オブ・ドリームス」

 山崎監督の“甲子園映画”が日本でも劇場公開されることになった。「甲子園:フィールド・オブ・ドリームス」は8月21日より丸の内TOEI、アップリンク渋谷ほか、全国順次公開となる。

 また、1968年9月に公開された「第50回全国高校野球選手権大会 青春」の劇場公開も決定。巨匠・市川崑監督が夏の甲子園・第50回記念大会を圧倒的なスケールで映画化したもので、こちらは8月14日より、同様に全国順次公開となる。(THE ANSWER編集部・宮内 宏哉 / Hiroya Miyauchi)