独特に言い回しや表現で人気の滝沢カレン氏が出したレシピ本『カレンの台所』が発売2週間で5万部を超える大ヒットとなっている(写真:サンクチュアリ出版提供)

「やれやれとボッタリくつろぐ鶏肉に、上からいくつかかけ流していきます。まずリーダーとして先に流れるのは、お醤油を全員に気付かれるくらいの量、お酒も同じく全員気づく量、乾燥しきった粒に見える鶏ガラスープの素をこんな量で味するか?との程度にふります」「さぁ、ここからは無邪気にこんちくしょうと混ぜてください」──。

こんな奇想天外な言葉が並んだレシピ本『カレンの台所』が大ヒットしている。4月7日に発売されてからわずか2週間で5万部を記録。版元のサンクチュアリ出版によると、リアル書店では40〜50代女性の購入が目立つが、オンライン書店では20代女性の購入が多いなど、幅広い世代の女性に売れているようだ。

レシピを出したのは独特の語り口で知られるタレントの滝沢カレン氏で、本作も「カレン節」が炸裂している。レシピ本ではあるが、独特の感覚的な表現で作り方を説明し、分量を記していないので、料理エッセイと言ったほうが適切かもしれない。一般的のレシピ本とは一線を画するこの本がなぜここまでウケているのだろうか。

「え、何勝手に洋服羽織ってんの!?」

まず、内容を簡単に紹介しよう。紹介される料理は、鶏のから揚げ、サバの味噌煮、ハンバーグ、グリーンカレー、ロールキャベツ、ブリ大根、カニクリームコロッケ、アクアパッツァなど人気の料理ばかり。1つの料理につき、作り方が2〜4ページと長く、イラストを使ったポイント解説1ページ、完成写真1ページ。副菜は「あえるだけ」「もむだけ」といった1工程の料理が18種類ときんぴら、切り干し大根が紹介されている。


「え、何勝手に洋服羽織ってんの!?」という程度に焼かれたハンバーグ(写真:サンクチュアリ出版提供)

何より特徴的なのは独特の文体で紹介されるレシピだ。例えばハンバーグではこんな風に書かれている。焼いてひっくり返す際、「え、何勝手に洋服羽織ってんの⁉」と肉だねの変化を解説し、「と思ったら、その驚きを味方にひっくり返してください。茶色のあったかそうな洋服を着てるはずです」と続ける。擬人化しながら、焼き加減を見極めるコツを伝えるのだ。

焼けたハンバーグを皿に移した後、フライパンに残った肉汁を使って和風だれを作るプロセスは、「バターを食パンにいつもながら乗せる(ママ)あの量入れ、お醤油とお酒をフライパンの周りを駆け抜ける程度入れたら、みりんを潔くお醤油よりもお酒よりも入れます。最後にお砂糖を軽々しく、味に甘さを渡します」と、分量のイメージも説明する。

擬人化した表現は頻発する。ロールキャベツは、キャベツの葉を男性に、ひき肉のたねを女性に例えており、煮る工程は合同結婚式と説明する。麻婆豆腐はひき肉を男子生徒に、ネギを女子生徒に、木綿豆腐を教育実習生に例え、料理する人を校長先生に位置づける。

この説明で「分かる」と思った人は、滝沢氏の解説で料理ができるだろうし、「面白い」と思った人は、エッセイ集としてこの本を楽しめるだろう。「意味が分からないし不愉快だ」と思った人は、読まないほうがいい。その人の感性で、好き嫌いがはっきり分かれそうな本である。

料理初心者にはハードルが高い?

斬新なレシピ本には料理かからも驚きの声が上がる。「初めて見たとき、この感覚的な表現は、分かりやすい実用性を求められる料理家には絶対できない、と衝撃を受けました」と話すのは、以前からインスタグラムで滝沢氏をフォローしていたという、スープ作家の有賀薫氏。「この本には、2つの見方ができると思います。1つは文学的なエンタメのタレント本として、2つ目はレシピ本として」。


ロールキャベツのレシピでは、キャベツと中の肉だねを男女に例えている(写真:サンクチュアリ出版提供)

「1つ目については、読書しない人向けの本を出すサンクチュアリ出版が出した意味が大きい。ファンタジーっぽく、食材を擬人化していて、物語として楽しい。コロナウイルスの脅威で実用情報ばかり流れる今、私たちは疲れている。友だちとご飯も食べられない生活に、こういう本が飛び込んでくるタイミングのよさは、偶然とは思えない」

確かに、巣ごもり生活で息が詰まる人が多い中、ユーモアあふれる同書は読んで癒される人が多そうだ。エンタメと考えれば、ポピュラーな料理を選んでいる意味は大きい。紹介されているのは、作りたい料理というより食べたい料理なのである。

一方、分量が書かれていないため実用書としては問題がある、と有賀氏は指摘する。

「初心者は、この本を読んでもたぶん作れない。私も3月に出した新刊では当初、話し言葉で分量がなくてもいいよね、と編集者と話し合っていました。読者に自分で考えて好みの味つけにできるようになって欲しい、と私たちは思っていたので。

でも、実際に本を作り始めると、大さじ1杯と小さじ1杯の量の違いも分からないかもしれない人に読ませようと思えば、分量がないと厳しいと気がついた。結局、調理時間と分量を入れました」

有賀氏はハードルが高い理由に、工程が多い料理が多く選ばれていることも挙げる。確かに、切って炒めるだけ、煮るだけではなく、ロールキャベツ、シュウマイなど丸める、包むといった手順が多い料理が目立つ。ラザニアに至っては、ミートソース、ホワイトソースをそれぞれ作り、パスタを茹でて、それらを層にして器に敷き詰めてからオーブンで焼く、と下準備に3つもの作業を別々に行う必要がある。

それを楽し気に説明する滝沢氏は、料理が好きで得意であることが分かる。有賀氏も、一見ファンタジックだが、ちゃんと読むと地に足が着いた生活感がある説明に「親近感を抱いた」と言う。

新しいレシピ本の世界を切り開く可能性

この生活感も、もしかすると国民の生活感覚からズレた政策ばかりが飛び出す政府を見守る人々にとって、安心感をもたらしているかもしれない。

レシピ本として考えると、同書は新しい世界を切り開くかもしれない。有賀氏は、「これだけ長いテキストの料理の本を出せるカレンさんがうらやましい。私もテキスト中心で、分量を説明しない本を作りたいです」と言う。

同様の感慨を抱くのは料理家の山脇りこ氏だ。「レシピは『簡単なものをお願いします』と依頼されることが多いですね。料理しているときの感じ方をそのまま、自由な表現で書く本を作りたいとは思います」と話す。

山脇氏は2010年、翌年に出す初めてのレシピ本のレシピ原稿を当初、感覚的な表現で提出し、編集者から却下されたという。「読者が正しく再現できるように、分量はより正確に、火加減や水加減もきちんと伝わるように書かなければならない、と編集者さんや校閲さんに教えられ、育てられてきました」と話す。

しかし、「この10年で、料理業界も変わってきたのかもしれないですね」と、山脇氏は言う。例えば、同時期にデビューしたブロガー出身の山本ゆり氏は、レシピ本に大阪弁の一言コラムをレシピ本に挿入している。料理のコツを伝える解説もあれば、冗談のこともある。独自の世界観をくり広げる山本氏は、レシピ本のベストセラー作家でもある。

「山本ゆりさんは、料理だけじゃなく書かれていることがおもしろくて大好きなんです。日々の暮らしのエピソードを直接伝える料理ブロガーさんたちの登場は、レシピの書き方を大きく変えたのかもしれないですね」と話す。

実際、レシピの世界は変わり続けている。昭和の時代の料理家は、キャラクターが立った江上トミ、辰巳浜子、小林カツ代などテレビで人気を博す人はいたものの、レシピを考案する職人のような扱いだった。

1980年代、ライフスタイル誌の『LEE』が、料理家のライフスタイルを紹介するようになる。1992年に栗原はるみが自らの生活を綴った『ごちそうさまが、ききたくて。』がミリオンセラーとなり、料理家のライフスタイルも憧れの対象となった。

数字に頼りすぎることの「弊害」

2000年代にインターネットが普及し、ブログが登場すると、山本氏のようにレシピブログで自らの生活を綴り、レシピを紹介する人たちが人気を博すようになっていく。2008年に始まった料理番組のレシピ本『男子ごはん』も、一言解説を加えている。メモ書きをしたノートスタイルの書籍の流行もあり、近年はつくり方にアンダーラインを引くなど、説明が多いレシピ本が多くなっている。

2010年代半ばには料理動画が人気となり、真上から何をどのぐらい入れるのか写真で伝えるレシピ本も登場。

インターネットメディアから刺激を受けて、レシピの世界は変わってきたのだ。『カレンの台所』も、滝沢氏がインスタで発信したことがきっかけで生まれた。

本で料理のつくり方を正確に伝えるには限界があるが、レシピ本の制作者たちは、読んだだけで分かる世界を目指し、さまざまな工夫をしてきた。数字で分量や時間を伝えるようになったのは戦後だが、その方法が定着しているのは客観的で誰にでも伝わる表現だからだ。数字に頼り過ぎて目の前の料理をちゃんと見ない、という弊害も生まれた。

「料理教室で聞くと、あまり味見をしないという人が多いですね」と山脇氏は言う。「たとえば砂糖は上白糖と精製していないきび糖だと、甘さが2割くらいちがってきます。塩も、醤油も、味噌も、使う調味料でレシピとは味が違ってきます。違ってもいいんですよね。あくまでレシピは目安。あとは味見をして、家族や自分の好きな味にして欲しいと思います」。

レシピはあくまで基準であり、その通りに作ることが正解とは限らない。自分好みに変化させることも大切なのだ。「味見をすれば自分の好きな味に仕上げられるから、味見が料理上手への早道です、と教室ではいつも言っています」と山脇氏。

分量も時間も明記しない滝沢氏の本は、初めて台所に立った人には不親切かもしれないが、「正しく作ること」にとらわれている経験者にとっては、初心を思い出させる力がある。から揚げにする鶏肉に加えるニンニクとショウガの量を「アクセサリーをつけるくらいの気持ちで」と表現すると、感覚的に好きな量を入れることができる。

揚げている間に「だんだんとキャピキャピ音が高くなってきたら、ほんとに出してくれの合図です」と音を聞き、ハンバーグで「何勝手に洋服羽織ってんの⁉」と料理の色を観る。

料理は本来「楽しいこと」を思い出させる

料理は本来、五感を駆使して感覚的につかんだ方法で作る。どんなにきっちり本の通りに測っても、食材の状態、天候によっても仕上がりは変わる。食べる人の好みやそのときの気分に合わせることはできない。しかし、感覚的に料理ができるようになったら、適切な方法を臨機応変につかめるようになる。また、いちいち分量を量ったり、料理中にレシピ本を確かめるより時短にもなる。

正確な情報を求める私たちは、失敗を恐れ過ぎてはいないだろうか。料理には失敗がつきものである。レシピに頼ろうが、自己流でやろうが、焼き過ぎる、火が通っていない、味が濃過ぎる、薄過ぎるといった失敗はある。しかし、レシピに頼って失敗すれば、レシピのせいにできる。

料理編集者たちが正確さを求めるのは、そうした読者たちを知っているからだ。しかし、奇しくも2人の料理家がどちらも滝沢氏をうらやましいと言うのは、料理家たちの本音は自分なりに応用できるようになって欲しい、というものだからではないだろうか。

”カレンワールド”全開の本は、もう1つ新たな可能性を示している。それは、特に初心者向けのレシピ本に近年登場しているユーモアだ。

山本ゆり氏が、そのパイオニアである。例えば、豚キムチ豆腐のレシピで、材料に「万能ねぎまたはにら」と入れたうえで、吹き出しで「この二択何。味全然ちゃうやん」とツッコミを入れるなど、レシピに挿入された大阪弁のコメントが、クスリと笑わせる。2016年に出た『ゆる自炊ブック』も、「豚こまと玉ねぎのしょうが焼きっぽい炒め」という料理名にするなどユーモアを見せる。そして、滝沢氏の本はユーモラスな表現で押し通している。

料理はガチガチに緊張して作ると失敗しやすい。栄養バランスなどを考え、真面目に取り組み過ぎても疲れる。「肩の力を抜き、楽しもうよ」と、これらのレシピ本は伝えている。そうした楽しい本は、これからもっと増えるのではないだろうか。