「恋も仕事も順調」なんてあり得るのだろうか?

必死に仕事に打ち込んでいたらプライベートは疎かになり、

かといって婚活に精を出していたらキャリアを追い求めることは難しい。

今日も働く女子達は、仕事とプライベートの狭間で自分らしい生き方を模索している。

大手証券会社で働く、野村アリサ(32歳)は、問題児ばかりが集まる丸の内本店・営業8課の課長に任命される

これは、「女課長アリサ」が、仕事と恋愛に悪戦苦闘しながら成長していく物語である。

◆これまでのあらすじ

お荷物集団だった営業8課のメンバーである、三井祐奈と大和直樹はアリサの指導を受けて営業成績を出し始めてきた。東海林も二人の成長に焦り始めたのか、以前より成果を出すように。

仕事が上手くいっている一方で、お見合い相手の真田からは、シンガポールと日本の別居婚を前提にお付き合いをすることを提案されたが・・・




月末を翌日に控えたその日、アリサは胃の痛くなる思いをしていた。

残り1日という状況で、予算がまだ2千万残っている。

大和は既に予算をオーバーして数字を出している。東海林も後一歩という状況だ。

一方、ここ数ヶ月常に予算を達成していた祐奈が予算をまだ残している。

これまで面白いように成果を出してくる祐奈をさらに成長させたくて、アリサは彼女の予算を徐々にあげていっていた。

だがここへ来て、高くなりすぎたハードルに祐奈はついていけなくなってきているようなのだ。

―この壁をどうしても自分の力で乗り越えて欲しい。

アリサはかつての自分と祐奈を重ね合わせて、強くそう思うのだった。

「あと、残り1日か・・・」

ホワイトボードを眺めながら、アリサは小さく呟いた。

アリサとしても、なんとしても予算をやり切りたいという思いがある。


最終日、祐奈は数字を出すことが出来るのか?


どうしようかと考えていると、祐奈が思いつめた表情でやってきた。

「・・・課長、心配おかけしてすみません。私が出来てたら、もう課の予算は終わってるのに・・・」

どうしよう?と焦る気持ちを抱えつつも、祐奈の真剣な姿はアリサを嬉しくさせるのだった。

―ついこの間までは、平気で予算を落としてたのにね。今やこんなに責任感が出てる。

「今、三井さんが誰よりも数字を出したいと思ってることは、私は分かってるわよ」




アリサがそう言うと、祐奈は少しホッとした顔を見せた。

「最後まで諦めずに、どこか提案出来るところがないか考えましょう!」

励ますようにアリサがそう言うと、祐奈も少しいつもの元気を取り戻したようだった。

「私が最初に開拓した、新宿の建設会社の社長がいるじゃないですか?あの方に会えたら、買って頂ける気がするんですけど・・・」

祐奈の話では、例の社長は忙しい方らしく、なかなかアポイントを取らせてもらえないそうなのだ。

「明日の朝、ダメ元で一緒に訪問してみようか?」

祐奈は「はい!」と元気よく答え、会えなかった時のために、他にもあたれそうなお客様をリストアップして帰っていった。

翌朝早くに、アリサと祐奈はお客様の新宿のオフィスを訪れていた。朝一から受付に行き、社長の時間が空くまで待つつもりだ。

―少しでも時間がもらえますように・・・!

藁をも掴む思いで、二人は静かに受付に座って待っていた。

しばらくすると、受付の女性が二人の元にきて、「お待たせしました。ご案内します」と告げた。

アリサと祐奈はそっと目配せをした。祐奈も、心の中でガッツポーズをしているに違いない。

社長室に入ると、白髪混じりの紳士が笑いながら迎えてくれる。

「何度も電話くれてたみたいだけど、運用なんてする暇ないからかけて来なくていいよ」

社長は冗談ぽく言いながらも、「それで、今日は何なの?」と、話を聞く姿勢を見せてくれた。

アリサは時間をもらえたことに丁寧に礼を述べてから話し始める。

二人のコンビネーションは完璧だった。

アリサが相場を語ると、祐奈がそれに関する新聞記事や自分で集めた情報を補足していく。そして、祐奈が商品説明を始めると、今度はアリサが債券についての知識を加えていく。

そんな二人のセールストークに社長は感心しているようだった。

「君は、以前に会った時から大分成長したね。前は国債の説明をする手が、震えてたくらいなのに」

社長が笑いながらそう言った。そしてしばらく、何も言わずに考えているような素振りを見せた。

その時間が意味ありげで、アリサと祐奈はやきもきする。

社長は不意に祐奈の方に顔を向けて口を開く。

「この商品が良いのはわかったけど、いくら買えばいいの?」

「1億です」

祐奈は社長から目をそらす事なく、答える。

その回答に社長は軽く笑い、「まあ今回は5千万にしておきましょう」と言った。

二人は社長に深々と頭を下げて、オフィスを後にする。

祐奈はおもむろにフーッと息を吐き出し、ようやく呼吸が出来たとでも言いたげだ。

そんな姿を見てアリサはふふっと笑い、「お疲れさま」と言って、祐奈と握手をした。

二人は足取りも軽く、意気揚々と本店へと戻った。

すると、更に驚くことが起きていた。


本店に戻った二人を驚かせた出来事とは?


アリサと祐奈が先ほど決まった数字を書こうとホワイトボードを見ると、なんと、課の数字が大和のおかげで既に終わっていたのだ。

―自分の予算をやるだけでも大変だったはずなのに、課のために最終日に大口の数字を決めるなんて・・・!

アリサはみんなの頑張りにじわっと目頭が熱くなるのを感じた。

「どうも、ありがとうございました!」

アリサは振り返り、大和に向かってそう言う。

すると、大和の隣に座っている東海林が、「いえ、それほどでも」と言って、軽く頭を下げた。

―なんで、東海林さんが・・・?

頭を傾げながら再びホワイトボードに目をやると、大和の2千万の数字の前に東海林の500万という数字が記載されている。

―彼も彼なりに、最終日まで諦めずに頑張ったのね。

「それほどでもって、東海林さん!野村課長は大和さんにお礼言ったんですよー。だって東海林さん、まだ予算終わってないじゃないですか!」

祐奈がケタケタ笑いながら核心をつく。

後輩に馬鹿にされてムッとした表情の東海林を見て、大和がさり気なくフォローする。

「まあまあ。東海林もこいつなりに必死になってやってたんだよ」

そんなみんなのやり取りを見ながら、アリサは自然と笑顔がこぼれるのだった。

―いつの間にか、課のみんなが同じ方向を向いている。この課の課長になれて私は幸せ者だ。

その月、8課は1課を抜いて、本店で最も数字を出した。



一方、婚活の方は・・・

土曜日の早朝、アリサはチャンギ空港に降り立った。空港で荷物をピックアップすると、遠くに真田が待っているのが見える。

三連休を使ってアリサがこの地に来るのは、これでもう5度目だ。

「今回はアリサの為に、シンガポールを満喫できるホテルを手配しておいたよ。短いけど、ゆっくりして行ってね」

アリサのスーツケースを受け取りながら、真田が笑顔で迎えてくれた。手際よく真田が手配した車に乗り込み、外に目をやる。

空港から街中までの道にはヤシの木が立ち並び、一瞬で南国へ来たことを感じる。




真田が予約してくれていたのは、セントーサ島にあるカペラホテルだった。

静寂に包まれながら、二人でワインを飲んでいると、日頃の疲れを一気に忘れることが出来る。

平日は身を粉にして働いて、月に一度はシンガポールで恋人とゆっくりする。

ーこんな生活が私には合っているのかもしれない・・・

でも、結婚となると話は別だ。

真田から別居婚を前提にお付き合いをしたいと言われてから、実はアリサは随分と頭を悩ませていたことがある。今日はちゃんとそのことを相談しようと決めていた。

ホテルでくつろぎ夕暮れ時になった頃、「実は私、ずっと気になっていることがあるんです」とアリサはやっと切り出した。

「わたしたちがこのまま結婚したらって…時々想像するんです」

真田の赴任は長くて10年と言っていた。

「一緒に暮らしてないことを人からどう思われるのかが気になるの?」

「それはそこまで気にしてないの。単身赴任の家庭もあるし、社内でも別居婚をしている夫婦をたまに見かけることがあるし」

アリサは言葉を慎重に選びながら、しかし凛とした表情で伝える。

「ただ、一番気になってるのは子供のこと…」

そう答えると、真田は真面目な顔で尋ねてくる。

「アリサは直ぐに子供が欲しいの?」

そう言われると言葉に詰まってしまう。

今年課長になったばかりだし、8課のみんなと働くのは日に日に楽しくなっている。

人事異動でいつ誰が異動するか分からないと思うと、あのメンバーで働けるのは一瞬のように思えてくるのだ。

「直ぐには難しいけど、いつかはって思ってる」

アリサは正直な気持ちを伝えた。

「僕も同じ気持ちだよ。僕らの希望は限りなく近いよ。当面はお互い仕事を頑張りたくて、いずれは子供のいる家庭を築きたい。そうだろ?」

そう言われたらそうだ。

「僕としては、将来のことをアレコレ心配するより、今こうやって僕らが出会ったことを大切にしたいと思っている」

真田はそう言って、アリサの手をギュッと握ってきた。

「きっとアリサもそうだと思うけど、僕は何か問題が起こったとしても、どうやったらそれを解決できるかを考えて行動するよ」

ー確かに、そうよね。

アリサも真田との間に子供が欲しいと思ったら、どうやったら一緒に暮らすことを実現出来るか知恵を絞るだろう。

本当に必要なのは、“最適な条件を兼ね備えた男性”ではなく、二人の未来の為に“同じ方向を一緒に向いてくれるパートナー”なのかもしれない。

大きく広がる夕暮れの空を見ながらアリサは真田の手を強く握り返した。

Fin.