きっかけは「性欲」ではなく「支配欲」。「普通」の男性が痴漢になる理由

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『NHK クローズアップ現代+』でも取り上げられた「痴漢被害」。「CHIKAN(痴漢)」という日本語が世界で通用する言葉になっている。主な被害者となる女性にとって、痴漢は許しがたい行為だ。番組にも登場した精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳さんによると、「痴漢行為の理由のほとんどが性欲ではない」という。その実態はーー(取材・文=古川美穂)

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もはやある種の日常的な光景に

2019年5月、東京のJR赤羽駅で女子高生たちが痴漢を追いかける動画がインターネットで公開され、注目を集めた。私がこの動画で驚いたのは、周囲の大人のほとんどが彼女たちを助けようとしているように見えなかったことだ。

ことは未成年を対象とした「性犯罪」であるにもかかわらず、そこにいた人々は、痴漢行為をある種の日常的な光景として傍観したのではないか。そう思わせるほど、特に都市部の交通機関では痴漢騒動を目にする機会が多い。

同じ頃、痴漢を安全ピンで撃退することの是非についてSNSで論争が起きた。これをきっかけに、シヤチハタが痴漢等の迷惑行為をした相手の手に押しつける特殊なハンコを開発したほどである。

警察庁の2016年の報告では、東京都内で発生した痴漢行為の52.7%は電車内で起きているという。

小学4年生から20歳ぐらいまでの間、たび重なる痴漢被害を受けてきたと話すのは、漫画家の田房永子さんだ。

「特に中学からは電車通学だったので、数えきれないほど痴漢に遭いました。私だけでなく、毎日必ずクラスの中で複数の子が被害を受けていた。なぜ私たちがこんな目に遭うの? と先生に訴えても、『春だから変な人もいるよ』『犬に咬まれたと思え』と、真剣に犯罪被害として取り合ってくれず、子どもを守ろうとする大人はいませんでした」

田房さんは数年前、痴漢関係の本を書きたいと考え、加害者の心理を研究するために彼らが書き込むネット掲示板などを調べたことがある。そこで驚いたのは、彼らに共通する考え方の歪みだった。

「彼らの言葉で『痴漢OK子』というものがあります。痴漢を積極的に受け入れる女性がいる、つまり『自分たちは痴漢してほしい人を探し出してあげているんだ』と。そんなふうに加害者が自らを正当化しているとは思いもよらず、びっくりしました」

だが取材を進めるうち、痴漢を一種の依存症問題だと捉えるようになり、田房さんの疑問は氷解した。

日本の犯罪全体の再犯率は約21%。痴漢はその中で群を抜いて再犯率が高い。法務省のデータでは、痴漢の再犯率は執行猶予者で約20〜30%、刑務所出所者で約50%にものぼる。

『男が痴漢になる理由』の著者である精神保健福祉士・社会福祉士で大森榎本クリニック精神保健福祉部長の斉藤章佳さんは、痴漢の多くは依存症(嗜癖(しへき)行動)という観点から読み解くことができると解説する。

「まず『性依存症』という上位概念があり、これは犯罪性があるものとないものとに分かれます。『犯罪性のない性依存症』は、たとえば風俗通いが止まらないとか、不特定多数の相手と性交渉を繰り返すといったケースです。もう一方の『犯罪性がある性依存症』は、盗撮やのぞき、下着窃盗などの『非接触型』と、痴漢や小児性犯罪、レイプなどの『接触型』の2種類に大別されます」

1回限りではなく、衝動を制御できずに痴漢行為を反復してしまうのは、コントロール障害の一種で「窃触(せっしょく)障害」という病名がつく。常習者が多いとされる痴漢は、この窃触障害の疑いが強いという。脳の報酬系と呼ばれる神経系に問題が生じ、「やめたくてもやめられない」状態に陥る。そのしくみは、アルコールや薬物、ギャンブルなど、ほかの依存症と同じだ。

しかし、ほかの依存症との違いもある。薬物やアルコール、ギャンブルなどの依存症は結果として周囲が迷惑を被ることはあるが、「直接的な被害者」はなく、損なわれるのは自らの健康だ。ところが性依存症では、主に女性や未成年者などが、ときに深刻な被害を受ける。

たとえば電車での痴漢行為でも、体を触られるだけでなく、下着の中や性器に手を入れられる、精液をかけられる、洋服をカッターで切られるなどさまざまな被害がある。「痴漢」や「いたずら」というと響きが軽いが、小学生が処女膜を傷つけられるような性被害まで生じる。これは弱者を対象とした、れっきとした性暴力なのだ。

犯罪につながる性依存症の難しさを語るのは、前出の斉藤さんだ。

「ほかの依存症では、自分がその対象への行動や衝動をコントロールできないと認めることから治療の第一歩が始まります。ところが被害者のいる性依存症の場合、『コントロールできない』『自分が無力である』と認めることは、『加害行為の責任を放棄していい』という世界観につながりかねない。また、アルコールや薬物依存は『依存対象を完全に断つ』ことが治療になりますが、性依存症の場合、夫婦間のセックスや自慰行為まで禁止することは困難です。いろいろな意味で、加害行為を含む性依存症の場合は従来の治療モデルに馴染みにくい部分があるのです」

痴漢を始めるきっかけは性欲ではなく支配欲

「痴漢」というと、女性とまともに接することができない変質者のようなイメージが強い。だがそれは大きな誤解だと斉藤さんは言う。

「実際は、一見ごく普通の人がほとんどです。典型的なのは、四大卒で妻子のいる真面目なサラリーマン。実は前から何度も捕まって示談で済ませていた、と後から妻が知らされるパターンはよくあります。まさに青天の霹靂です」

痴漢を始めるきっかけは、「電車で偶然に触れてしまい、その感覚が衝撃的だった」とか、「人の痴漢行為を目撃し、自分にもできると思った」というケースもある。また仕事上のストレスが引き金となることも多く、憂さ晴らしに痴漢をするという人もいる。彼らは決して特殊な存在ではない、と斉藤さんは説明する。

「臨床現場から見ると、強すぎる性欲を持て余して痴漢行為に走る人は少ないのです。しかし、性犯罪は性欲が原因だという大きな誤解がいまだ世の中にある。すると『男の性欲は抑えるのが難しいから仕方ない』という短絡的な話になりがちです。そうではないことを知ってほしい。たとえば痴漢行為をしながら勃起していない人も多いことが、当事者への聞き取り調査からわかっています」

では性欲ではなく何が原動力なのか。それは「支配欲」「征服欲」だという。斉藤さんの患者の中には「飼育欲」と表現した加害者もいた。

「痴漢被害に遭うのは圧倒的に女子中高生が多いのですが、制服は従順の象徴、支配欲を刺激する一種の記号となる。痴漢する理由を『達成感』『生きがい』と言った人もいました。実行した詳細をコツコツと手帳に書き込み、スキルアップしていくゲーム性に耽溺する人も。加害者にとってはそうした複合的な快楽が凝縮された行為なので、なかなかやめることができないのです」

さらに、痴漢行為に走る背景のひとつとして「自己肯定感の低さ」を指摘するのは精神科医の福井裕輝さんだ。福井さんはNPO法人「性障害専門医療センター SOMEC」で、性犯罪歴のある人の治療に当たっている。

「痴漢行為で征服感を求める気持ちの根底には、往々にして自己肯定感の低さがあります。それがどこからくるか調べると、加害者本人も過去に性的なものを含めた虐待、厳しすぎるしつけ、あるいはイジメを受けていた事実に行きつくケースは多い」

それでは窃触障害に対してはどのような回復手段があるのだろうか。

治療方法はほかの依存症と同じく、認知行動療法が中心だ。認知行動療法とは、治療者が患者の「偏ったモノの見方や考えの癖(認知の歪み)」を捉え、積極的にアドバイスしながら行動を修正していく方法だ。

だが性犯罪の場合は、そこに別の要素も加わる。たとえば性犯罪で逮捕された場合、刑事手続きの段階から再犯防止を目的とした治療介入をする「司法サポートプログラム」が導入されている。その中で認知の歪みの修正をしつつ、他者への共感力を養い、被害者に対する理解を深めるなどの内容を段階的に学びながら身につけていく。

前出の斉藤さんのクリニックではデイナイトケアという週6日のプログラムを受け、それを再犯リスクに応じて半年〜3年ほど続けるという。

依存症は、完治することはないが回復することはできると言われている。依存症の定義は、“社会的損失や身体的損失、経済的損失があるにもかかわらずそれがやめられない状態”とされる。治療の結果、衝動の制御やリスクマネジメントができるようになれば、回復が軌道に乗ってきたと解釈することも可能だ。

「しかし2年、3年と再犯がなくても欲求はある、という患者も少なくない。何かのきっかけでいつでも再発する可能性はありますから、再発の危険を感じたら早めに来院するようにと伝えています。緊急性がある場合には本人の了承を得たうえで薬物を使用し、一時的に衝動を抑えることも可能です」と福井さん。

日本社会の歪みが外国人にも影響

すべての依存症は本人だけではなく、家族関係や環境を含めた、その人を取り巻く社会の問題でもある。必要なのは説得や厳罰化よりも、医療や自助グループなどにつなげて回復を目指すことだ。痴漢を含む性依存症にも、当然同じことが言える。

「痴漢の加害者を断罪すると同時に、治療して新たな被害を生まないようにすることは重要です。だけどそのためには被害者をケアする取り組みをもっと強化しないとおかしい。いまだに痴漢を大したことのない犯罪だと思っている人が多いのです。被害の実態を社会全体で把握する必要があります」と田房さんは訴える。

痴漢行為は世界中にあるが、日本の多さは際立っている。イギリスなど、いくつかの外国政府の渡航注意情報には、日本の性犯罪についての警告が掲載されているほどだ。

今回の取材で驚いたのは、常習的な痴漢で検挙されてSOMECの福井さんのもとへやって来た、あるベトナム人男性の話だ。

「彼は日本に来てから初めて痴漢をするようになったと言っていました。ベトナムでも日本の満員電車並みの混雑したバスに乗っていたが、一度も痴漢をしようとは思わなかったと。ではなぜ、日本でやり始めたのかというと、『女性が誘った』と言うのです。少なくとも本人はそう信じているようでした。北米から来た男性にも同じような人がいました」

日本の何が彼らの痴漢スイッチを入れてしまったのだろうか。

「他国の女性のように強い意思表示をしない日本人女性の態度が、誘っていると曲解された可能性はある。同時に現代の日本社会が内包する一種の歪みが、彼らに作用したことも考えられるでしょう」と福井さん。

世界を席巻した#MeToo運動が日本ではあまり盛り上がらなかったように、わが国には性犯罪の被害者が声を上げにくい土壌がある。

日本社会に根強く残る男尊女卑や女性蔑視と、日本型の性暴力の問題は関連していると、斉藤さんも指摘する。

「私が性暴力関連の取材で『日本は男尊女卑依存症社会である』と、さまざまな媒体で答えていると、『斉藤という専門家が日本は男尊女卑の国だと本に書いているけれど、おれは違う』というようなクレーム電話を病院にかけてくる人がいます。はじめは女性スタッフが対応し、私が電話口に出ようとするとガチャッと切られる。つまり、下に見ている女性スタッフには高圧的に出るけれど、男性の私には言えない。そういうタイプの男性は少なくありません」

世に蔓延するこうした価値観が、加害者の認知の歪みを補強する。弱い存在には高圧的に出てもいい。そして相手を従わせ支配したい。その欲求の延長線上に痴漢行為がある。

「患者さんの中には、『女性専用車両に乗っていない女性は痴漢されたいと思っているのだ』と断言した人もいます。これは痴漢行為を繰り返すなかで強化されてきた、認知の歪みそのもの。それを育んだのは、被害者の声をなかったことにしてきた日本の社会だと思います」と斉藤さん。

治療の早期介入が犯罪防止の成果を上げる

「露出の多い服装をした女性は痴漢に襲われても自業自得」「暗い夜道を不用心に歩いていたのだから、被害者にも多少の非はある」。私たちはときに、悪気もなくそうした言葉を口にする。だが、被害者の中に落ち度を見出そうとする我々の歪んだ態度もまた、痴漢という名の性依存症を生み出す土壌となっているのだ。

そして、性犯罪を軽んじる風潮は、さらに大きな犯罪を生み出す。前出の福井さんはこう説明する。

「性犯罪には盗撮や下着窃盗などの非接触型から始まり、痴漢や強制わいせつに走るケースも多い。最終的に行きつくのは強姦です」

オーストラリアのように依存症や性暴力に対する研究が進んだ国では、治療の早期介入が盛んだ。その結果、犯罪防止の大きな成果を上げていると、福井さんは言う。「日本でも早い段階で治療につなげ、その先に進ませないようにできればよいのですが。残念ながら国の姿勢や世論はそれ以前の段階です」。

筆者自身、高校時代に電車通学で何度も痴漢に遭った。内気だったので声を出せずに思いつめ、制服のポケットに千枚通しを忍ばせて握りしめ登校したこともある。今思い出しても恐怖と怒りがよみがえる。

痴漢が性依存症だとしても、その行為は免罪されるものではない。だが依存症問題ならば、怒りだけではない別のアプローチが必要だ。彼らを生み出す構造に、自分も知らないうちに加担している部分はないだろうか。社会全体の問題として、考え続けていきたいと思っている。