神奈川県座間市のアパートで男女9人の遺体が見つかった事件は、10月で発覚から2年が経った。被害者はSNSで知り合った自殺志願のある女性ばかり。ジャーナリストの渋井哲也氏は「SNS上で『死にたい』とつぶやいた人の相談にのる形のネットナンパを繰り返した。SNSを使って被害者の死にたいという気持ちを悪用した事件だ」という――。

※本稿は、渋井哲也『ルポ 平成ネット犯罪』(ちくま新書)の一部を再編集しています。

写真=iStock.com/RyanKing999
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/RyanKing999

■「死にたい」気持ちを悪用された座間事件

ネットユーザーの自殺願望を利用した事件はたびたび起こっている。平成17年に男女3人が殺害された大阪の自殺系サイト殺人事件と同様に、苦しんでいる表情が見たいという自らの性的な欲望を満たすために、死にたいという被害者の気持ちを悪用した。

平成29年(17年)10月末に発覚した座間市の男女9人遺体事件の白石隆浩も被害者たちをネットで物色していた。白石はツイッターで「死にたい」「自殺」「安楽死」などとつぶやいた人たちを誘い出した。白石は被害者たちとどんなやりとりをしたのか。

自殺願望を抱く人たちがこの事件をどう考えているか、私はアカウントでつながっている人たちにDMを送り取材を申し込んだ。話を聞いた何人かには、白石とつながっていた女性もいた。

白石が現場アパートに住み始めたのはその年の8月からだが、その頃に開設した「死にたい」というアカウントで知り合った17歳のフリーター、直美(仮名)にDMが届いたのは9月12日。直美によると、彼女のツイートに白石が反応したのだという。

【白石】神奈川に住んでおります

【直美】関東一緒ですね

【白石】自殺をお考えですか?

【直美】はい

【白石】一緒に死にますか?

【直美】何歳ですか?

【白石】22歳です。首吊りの道具と薬を用意してあります

【直美】殺してもらえないですよね 首絞めて

【白石】本気で言ってるんですか?

【直美】首吊り2週間くらい前に失敗してなんかもー首吊りのやり方が失敗するとしか思えなくて

■「私も行って、殺されていればよかった」

自殺系サイトの掲示板や心中の相手募集では、よく見られる内容だ。自殺をめぐるネット・コミュニケーションでは、手段や道具などについて、具体的な話になっていくことは珍しくはない。

直美とのやりとりは、無料通信アプリ「カカオトーク」に移行し、首吊りの具体的な方法を伝えていく。情報は正しく、もし直美が実行して死んでしまったら、ネット心中するとして呼び出せなくなるが、白石はあまり考えていないのか。

数に頼るナンパ師のように、数多くやりとりをしている被害者予備軍のひとりだから、会えなくても仕方がないというくらいにしか思っていなかったようにも見えるが、むしろ被害者になる自殺願望が強い人からは、信用できる人と認識される可能性が高い。

現実社会では自殺の話ができることは少ないなので、そうしたやりとりができる相手は貴重なのだ。とはいえ、直美が白石に会うことはなかった。「(白石は)カカオで通話したがっていました。『信用できたら、会いませんか?』とも言っていました。たまたま、別の人と電話をしていたので、通話することはありませんでした」。

ただ、こうも振り返る。「本当に殺してくれるのか、言っていることは本当なのか、と考えました。でも、神奈川は家からも遠いし、何もなかったら、時間と交通費だけがかかるだけ。でも(報道を見て)言っていることと同じことをしたんだな、と思いました。本当のことを言っていたんですね。私も行って、殺されていればよかった」。

■引き寄せられた女が抱く「絶望感」

自殺未遂を繰り返したり、自殺を考えている人の中には、殺されたい願望を持つ人がいる。直美はまさにそのひとりだ。直美は家庭が居場所と思えず違和感を抱いていた。高校に通っていた頃、そんな悩みを聞いてくれたのは、フェイスブックで知り合った30代の自称医師だった。

その年の冬、自称医師に呼び出され、秋葉原に行った。当時公務員を目指していた直美は、将来の話がしたかった。自称医師から「誰もいないところで話をしよう」と言われた彼女は、彼を信用して自宅に向かった。すると態度が急変し、レイプされてしまう。

病院で心的外傷後ストレス障害と診断された。「(自称医師は)ネットで知り合った最初の人で、信用していました」「最初は外にも出られませんでした。学校にも行けない」。直美は高校を中退した。

直美は精神的に辛(つら)い時にはよく散歩をしていた。座間事件が発覚する2週間ほど前の10月中旬の夜も気分転換に外を歩いていた。この時、見ず知らずの男に車内に引きずり込まれてレイプされた。「警察にも被害届けを出しました。(警察は)男の家に行ったようですが、知らないと言われたようで、まだ逮捕されていません」。こうした度重なる性被害体験が、彼女の自殺願望を強めた。

「今は、死にたいまま生きています。でも、20歳までは生きてないと思います。今年か、来年には死にたい」。こうした絶望感が、白石に引き寄せられるベースにあった。

■被告との面会、「ネットナンパ師」の手口

私は、本書の冒頭で示したように、白石被告に面会した。面接は1回30分なので時間が足りない。2回目の面会に向かった。面会室「3」に通された。前回の面会では、白石被告はネットナンパ師のような印象を受けた。その続きから聞く。

――ネットナンパで出会えたのは?

「正直、学生時代には全然会えていなかったんです。月にひとり会えればいいほう。社会人になってからは1、2週にひとりですね」

――どうして会えるように? コツが分かった?

「そうです。それに、スマホの普及でアプリが出てきたからです」

――学生時代は出会い系?

「そうです」

――アプリは?

「SNSやチャットアプリです」

――よく使ったのは?

「ぎゃるる、です。位置情報を利用して近い人に会えるので」

――スカウト時代は?

「ツイッターを使ったが、その時は出会い目的ではない」

――出会い目的のアカウントは、事件に関連して使っていたアカウント?

「そうです」

警察庁発表の「SNS等に起因する被害児童の現状と対策」(平成29年)によると、SNSを通した被害者は1813人で過去最高だった。そのうちツイッターは695人で最も多い。ぎゃるるは97人、ひま部は181人、ラインは105人。ちなみに出会い系サイトは29人だった。白石は、被害児童が使っているアプリの中でも上位のものを使ったことになる。

――事件に関連するアカウントはいくつ?

「5つです。〔@_〕〔@sleep〕〔@さみしい〕〔@死にたい〕〔@首吊り士〕です。それぞれコンセプトが違います。日常生活の話をつぶやくもの、死にたいとつぶやくもの、自殺の情報や幇助(ほうじょ)をしているとつぶやくもの、です」

――一番、人気のあったのは?

「〔@死にたい〕ですね。つながった人の半分以上はこのアカウントです」

■ツイッターでつながった「自殺志願者」

たしかに、入手した情報では、〔@死にたい〕とやりとりしていたのは24人。〔@首吊り士〕とやりとりをしていたのは5人だった。

――スカウト時代は?

「出会い目的ではないが、アカウントは10個ありました。この時のアカウントは、警察に捕まった時に、削除に同意をさせられました。なので、スカウト時代のアカウントだ、とあるものは、自分のものではない。ダミーですね」

事件発覚当時、確認できるアカウントで古いのは平成28年(16年)3月に開設した「パチプロ〜」というアカウントがあったが、ダミーということか。

「それに、風俗の女性が取材をされていましたが、スカウト時代に知り合った女性です。この時に会っていたことと、事件について関連づけて話をしているようですが、関連はない」

――事件では9人を殺害し、バラバラにしているが、そもそも、これらのアカウントを使って会ったのは何人だったのか?

「13人です」

――なぜ4人は無事だった?

「4人のうち1人は男性です。お金もなさそうだった。もう1人は、事件を起こした8月から10月まで付き合っていました。部屋にクーラーボックスがあったのを見て逃げ出した女性もいました。残りの1人は10日間だけ一緒に住んでいました」

前回の面会では恋愛はずっとしていないと言っていたが、事件直前は恋愛をしていたということか。恋愛感情はないが、付き合っていたということなのか。このあたりは聞けなかった。

■昏睡状態のままでのセックスに目覚める

――なぜ9人は殺害したのか?

「1人目は早く口説けた。お金を持っていることが分かった。ヒモになろうと思ったんです。アパートの契約までしてくれました。お金を出してくれました。しかし、他にも男がいることが分かりました。ということは(自分を捨てて)その男を選ぶかもしれない。相性のいい男性を探していましたから。もしそうなら出て行けと言われるかもしれない。殺すしかないと思った」

――2人以降はなぜ殺害した?

「(被害者が)昏睡状態のままでのセックスに目覚めてしまった。でも、そのまま帰らせようとすると通報されるかもしれない。執行猶予中だったので、見つかれば、今度は一発で実刑になるかと思った」

――(3人目の殺害になる)男性も殺せた?

「酒を飲ませた。酒には睡眠薬と安定剤を入れていた。眠ったところを絞殺したので、難しくはなかった」

――逮捕後、「本当に死にたい人はいなかった」と供述しているが、その意味は?

「DMなどで悩み相談になることがあったが、それぞれに理由があるということ。学校に行きたくないとか、家にいたくないとか、彼氏にふられたとか。ある女性はよくよく聞くと、『家出をしたい』と言っていた。『なぜ?』と聞くと、『母親の管理がきついため』ということだった。そこで『うちに来る? 養うよ』と誘うと、簡単についてきた。こんな風に理由があったんです」

■発覚を恐れて殺害、バラバラに

ネットナンパの手法の一つに、相手の相談にのるというのがあるが、まさにネットナンパをしていた。その過程で、昏睡状態の相手とのセックスに快楽を覚えるが、事件の発覚を恐れて殺害し、バラバラにする。それを繰り返したに過ぎない。ただ、ツイッター由来の事件は見つかりやすいはずだ。そこに躊躇(ちゅうちょ)はなかったのだろうか。

――見つかるとは思わなかったのか?

「1人目の女性を殺害する前に、過去のバラバラ事件がなぜ発覚したのかを調べたんです。山の中へクーラーボックスを運んでいる途中に職質された、などが書いてあった。それぞれの事件発覚に該当しない方法を実行しようと思ったんです。携帯電話は長い間、放置しないと警察は位置情報を特定できない。このことは、前回に逮捕された時、刑事に教わったんです。だから、殺害後、携帯を破壊した」

――殺害は躊躇しなかったのか?

「それはかなりある。殺害後は頭痛や吐き気があった。それに殺害しても入手できるのは、最大で50〜60万円。売春で捕まっているのでスカウトはできない。詐欺や窃盗のスキルもない。ヒモになって女性に貢いでもらうしかない。そんな風に考えて、天秤にかけた。殺害するのは勇気がいった。しかし、1人殺害することで、それを乗り越えた」

――被害者は10、20代が多かった。30代以上は外したのか?

「誰を取材しました? OLの女性ですかね? お金を持っていればいいです。30代でも40代でも」

■「10人目になりたい」「私も殺されたかった」

――9人殺害となると、死刑になる可能性が高いがどう思っているのか?

「1人目を殺害した時点で、どのくらいの罪になるのかを調べました。強盗、強姦、殺人となるので、死刑は意識しました。そのため、死刑を回避することを考えたんです。殺人ではなく、同居人が自殺をしたことにして、遺棄しただけにしようと」

私の取材に「10人目になりたい」と言った人は少なくない。座間事件に関するアンケートをとった(平成29年11月20日から平成30年3月1日まで)。方法はグーグルアカウントで利用できるアンケートフォームを使った。そのアンケートを、筆者が利用するツイッターカウントでつぶやいた。回答者55の中で、有効なメールアドレスが記入されていた回答は52件(性別は、男性13、女性38、その他1。年代は10代12、20代18、30代9、40代5、不明8。職業は学生19、会社員10、無職9、フリーター7、自営業4、その他3)。

渋井哲也『ルポ 平成ネット犯罪』(ちくま新書)

この事件で思ったことを自由回答で聞いた。「10人目になりたい」「羨(うらや)ましい」「一緒に死にたい」「私も殺されたかった」と、白石に殺害されたかったと思ったのは14人いた。

――どう思うか?

「驚きです。その人たちはレイプされて殺されることもあるということを知っているのか?」

――家族や被害者にこの時点で言いたいことはあるか?

「家族には『ごめんなさい』かな? いや、違うな。『もう忘れてください』だな。遺族にも『忘れてください』と言いたいです」。

30分が過ぎ、立会いの拘置所職員が「時間です」と、会話を制止した。面会室のドアの向こうに白石は消えていった。

■「リアルタイムメディア」が誕生させた男

豊川市主婦殺人事件などの「人を殺してみたかった」といった平成12年(2000年)頃に日本中で議論になった殺人動機のような側面があるのだろうかと想像していたが、性的欲求を満たすための凶行であり、しかも白石の受け答えはしっかりしていて、特に異様な感じがしなかった。だからこそ猟奇性が見える気もする。

リアルタイムメディアがこうした男を誕生させたという面もある。だからといって、メディア自体が悪ではない。多くのユーザーは普通に使っている。だからこそ、狂気が見える。

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渋井 哲也(しぶい・てつや)
ジャーナリスト
1969年、栃木県生まれ。長野県の地方紙「長野日報」の記者を経て、フリーに。子どもや若者を中心に、自殺や自傷、依存症などのメンタルヘルスをはじめ、インターネットでのコミュニケーション、インターネット規制問題、青少年健全育成条例問題、子どもの権利、教育問題、性の問題に関心を持っている。東日本大震災でも、岩手、宮城、福島、茨城、千葉県の被災地を取材している。中央大学非常勤講師。
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(ジャーナリスト 渋井 哲也)