「Netflixの新作群に、世界で熱狂的に支持される日本の「オタクカルチャー」の真価を見た」の写真・リンク付きの記事はこちら

ネットフリックスがドラマや映画などの新作を日本で発表する「Netflixオリジナル作品祭」が、東京都内で6月25日に開かれた。紹介された作品数は全30本(配信中含む)。新作のなかで先陣を切ったのが、人気のSFホラー「ストレンジャー・シングス 未知の世界」の最新シリーズとなるシーズン3(2019年7月4日配信)だった。

発表会にはウィル役のノア・シュナップ、ダスティン役のゲンテン・マタラッツォなどの主要キャストが登壇し、作品の見どころを語るセッションが用意された。企画・製作総指揮のダファー・ブラザーズことロス・ダファーとマット・ダファーの来日はかなわなかったが、日本のファンに向けたこんなヴィデオメッセージが会場で流された。

「スピルバーグの作品から影響を受けていると思われがちだけど、実は日本の文化からの影響が大きいんだ。なにしろふたりとも超オタクで、ゲーム好き。実際に『AKIRA』や『サイレントヒル』といった作品が、『ストレンジャー・シングス』のアップサイド・ダウン(裏側の世界)を描くうえで役立った。シーズン3は『バイオハザード』がヒントになっているんだ」

ここでダファー・ブラザーズが語ったアップサイド・ダウンとは、「ストレンジャー・シングス」を語る上で欠かせない概念のひとつで、人間が住んでいる“表側”の世界と同じ場所にある別次元のパラレルワールドのことを指す。ふたりがこれまで日本の“オタクカルチャー”に触れてきた体験が、その世界観を生み出したというのだ。Netflixを代表する世界的な大ヒット作の原点に思わぬかたちでかかわっていたとは、日本人にとって聞き逃せない事実であろう。

かつて無名だったダファー・ブラザーズは、「ストレンジャー・シングス」の企画を米国のテレビネットワーク各社に持ち込むも断られたという逸話がある。そこに唯一、ネットフリックスだけが手を差し伸べたのだ。これはネットフリックスが、いかに知名度よりも企画性を重視しているかを象徴するエピソードといえる。

そして、そのアイデアが世界的なヒットへとつながった。こうして日本のポップカルチャーやサブカルチャーに影響を受けた作品がヒットしたからこそ、海外で「オタクカルチャー」として愛されるエッセンスを日本ブランドとして発信していくことの重要性を示唆しているともいえるだろう。

「ストレンジャー・シングス 未知の世界」を企画・製作総指揮したダファー・ブラザーズことロス・ダファーとマット・ダファーは、日本のカルチャーから影響を受けたと公言している。CHARLEY GALLAY/GETTY IMAGES/NETFLIX

『呪怨』「深夜食堂」「テラハ」「クィア・アイ」が支持される理由

実際にこうした日本のオタクカルチャーは、すでに海外で熱狂的なファンを獲得している。代表格は、言うまでもなく「ジャパニメーション」だ。今回の「Netflixオリジナル作品祭」で発表された作品群では、「Cowboy Bebop」がそれにあたる。日本のSFアクションアニメ「カウボーイビバップ」を実写作品としてハリウッドで映像化される作品だ。アニメ版の渡辺信一郎監督が監修し、「スター・トレック」シリーズや『search/サーチ』で顔が売れたジョン・チョーが主人公スパイクを演じることが決まっている。

恐怖心をあおる「Jホラー」も、海外のホラーとは明確に差異化されたジャンルとして確立している。今回のネットフリックスの発表では、ハリウッド版もつくられた『呪怨』がNetflixで新たにドラマ化されることが発表された。新鋭の三宅唱監督が手がける“新作”は、Jホラーらしさを保ちながらも世界基準に合わせた人間ドラマが描かれていくようだ。

そして世界の視点から見ると、「東京」という都市も日本のオタクカルチャーの宝庫として見られている。東京を舞台にした日本オリジナルのNetflix作品には「テラスハウス」「深夜食堂」などがあり、“テラハ”は新シーズンが配信中、「深夜食堂」はシーズン2の配信が決定した。

今回の作品祭でネットフリックスのコンテンツ・アクイジション部門ディレクターの坂本和隆は、テラハが海外でも受けている要因について次のように説明する。「海外のリアリティショーと比べて男女関係がなかなか進まないことが、(海外では)かえって新鮮に映っています。まさに日本の文化を切りとっているのが『テラハ』ということで、それが評価につながっているのです」

また作品祭では、食をテーマにしたコミックが原作の「深夜食堂」も、世界で人気のある作品であることが強調されていた。東京の繁華街の路地裏で繰り広げられる味わい深いヒューマンドラマが、海外でも支持されているのだ。ゲイの5人組を主役にヒットしたリアリティショー「クィア・アイ」も、日本ロケ特別版の公開を控える。こちらはガイドにモデルの水原希子、海外でも知名度の高い渡辺直美をゲストに迎えている。

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Netflixオリジナル作品祭」では、オリジナル作品の制作陣によるトークセッションも開かれた。PHOTOGRAPH BY KAZUHIKO OKUNO/NETFLIX

このように日本のオタクカルチャーを“武器”にした作品が揃ってきた背景には、ニッチのメジャー化を戦略とするネットフリックスの基本路線がある。ネットフリックスの坂本は、次のように説明する。

「ネットフリックスは全世界にスタッフを配置し、各国でローカルのオリジナル作品の企画を進めている。こうしたなかで日本法人に与えられたミッションは、日本のよさを“深掘り”し、それをグローバルに展開すること。米国に迎合しない作品を探すことにあるのです」

その言葉が裏づけるように、世界でオタクカルチャーとして愛されている日本のポップカルチャーやサブカルチャーなどが、日本には当たり前のように溢れている。そして日本人自身が、その魅力に気付いていないのだ。こうした魅力を改めて海外に発信していくことが、ネットフリックスにとってもユーザーの関心を引きつけるうえで重要な意味をもってくる。

園子温の新作がNetflixで公開される意味

それでは、新たに企画された日本発の作品群を“オタクカルチャー”のブランドとして見た場合に、その価値をどう評価すればいいだろうか。今回の目玉作品として並んだのは、園子温監督、椎名桔平主演の映画『愛なき森で叫べ』(2019年秋配信予定)と、蜷川実花監督、中谷美紀主演のドラマ「FOLLOWERS」(20年初頭配信予定)。そして間もなく配信される武正晴総監督、山田孝之主演のドラマ『全裸監督』の3本だった。

園子温監督作品の『愛なき森で叫べ』は、当初はオリジナルドラマシリーズとして企画されていた。それが各エピソードを区切らず、映画フォーマットに変更されたことが明らかになった。これはネットフリックスがオリジナル映画にも力を入れ始めていることも理由にあるだろう。

Netflixオリジナル作品は、映画界の賞レースで大きな実績を残し始めている。第70回のカンヌ映画祭では、最高賞のパルムドール部門にポン・ジュノ監督の映画『オクジャ』がノミネートし、第91回アカデミー賞では映画『ローマ』が監督賞ら4部門でオスカーを手にした。

園子温監督自身も、これまでヴェネチア国際映画祭のコンペティション部門で『冷たい熱帯魚』が正式出品されるなど、海外においても知名度が十分にある。だから今回も園子温の「映画」の新作として訴求していくことは、ネットフリックスにとっても渡りに船といえる。作品祭では関係者が、『愛なき森で叫べ』を国際映画祭に出品する案も示唆していた。

そしてネットフリックスは、世界中の日本映画ファンからの支持にも期待しているはずだ。黒澤明監督作品に始まり、ハリウッドの作風とは一線を画す日本人監督作品のファン層は厚い。カンヌ映画祭で是枝裕和監督の『万引き家族』がパルムドールを獲得したことで、日本人監督作品の価値がさらに高まっていることも追い風になるだろう。

問われる日本カルチャーの真価

また、Netflixでオリジナルドラマ「FOLLOWERS」を制作中であることを明らかにした写真家で映画監督の蜷川実花の存在も注目していい。映像美に独自のこだわりをもつ彼女が「FOLLOWERS」で打ち出したテーマは、「自立した女性像」と普遍的ではある。だが蜷川は、「東京で生きる女性のリアリティを求めて、やれることはすべてやった」と語る。

このほか、80年代に日本のアダルトビデオ業界を駆け抜けた村西とおるの生きざまを描いた『全裸監督』は、日本のエロティシズム文化をあぶり出す作品になるだろう。村西という人物像を通じて、物事の極め方に独自の美学を持つ日本のオタク気質を伝えることもできる。

日本ならではのポップカルチャーやサブカルチャーを狭く深く掘り起こしていくことで、ジャンルに幅の広さがあることも浮き彫りになってくる。その真価を、これから世界中のNetflixユーザーのさまざまな視点や価値観を通じて問われていくことになる。それを試す価値は十分にあるはずだ。