6月3日に蒼井優(33)と結婚したお笑いコンビ・南海キャンディーズの山里亮太(42)。5日の会見では詰め掛けた報道陣300人を前に、幸せいっぱいの結婚報告を行った。そんな会見を見て、小誌に胸のうちを語ってくれた女性がいた。

【写真】ブレイクした当時の南海キャンディーズ


©文藝春秋

「会見で緊張する山ちゃんを見ていて、15年前のM-1決勝で脚光を浴びた姿を思い出していました」

 そう語るのは、当時27歳の山里と交際していた、元TBSの枡田絵理奈アナに似た美人のA子さん。当時の彼女は、滋賀県に住む大学生だった。

山ちゃんからメールで「ご飯行きませんか」

 山里は1999年に結成したお笑いコンビ「足軽エンペラー」を解散し、2003年から現在の相方、“しずちゃん”こと山崎静代(40)と「南海キャンディーズ」を結成。A子さんが山里に出会ったのも、南キャンがM-1決勝に出たのも、その翌年のことだった。

「出会ったきっかけは、千原ジュニアさんや千鳥の大悟さんたちが中心の飲み会でした。お店を何軒かハシゴして、最後にみんなで山ちゃんの家で飲むことになった。自然な感じで連絡先を交換しました。

 数日後に山ちゃんからメールで、『ご飯行きませんか』と連絡があったときは驚きました。初対面のときに『芸人さんって遊んでるでしょう?』って聞いたら、山ちゃんは『芸人みんなが遊んでるとは思わないでほしい!』って、キレてたから。それからは、『今日はこんな仕事だったよ』みたいなメールをやり取りする毎日でした」

「女子大生の会話が一番インスピレーションが湧く」

 結婚会見で、新婦の蒼井は「山里さんの仕事に対する姿勢を本当に尊敬しています」と語っていたが、A子さんと会っているときもメモ帳を手放さなかったという山里。

「『カップル漫才だから、女子大生の会話が一番インスピレーションが湧く』と言って、私との日常会話でも使えそうな言葉があったらいつもメモしてた。私が山ちゃんの髪型に対して、『キノコの妖怪みたい』と言ったら、さっそくテレビでそのフレーズを使っていて、おもしろかった。

 仕事では大声でツッコんでいても、家では物腰が柔らかい山ちゃんだった。急に私の手を握って山ちゃんの上着のポケットに入れたときに、『おじゃまします、だよね』って言ったから、『何ですか?』って聞くと、この年にヒットした映画の『いま、会いにゆきます』でそういうシーンがあるらしく、映画を観て『やりたかった』と言っていたのを覚えています。意外とロマンチックなんだと思った」

「先輩にAVを届ける」大阪団地での下積み時代

 山里が住んでいたのは家賃3万5千円の古い団地だった。

「私は滋賀から電車で1時間かけて山ちゃんの家によく行きました。大阪の弁天町は下町で、団地には一応エレベーターはあったけど、『世界一遅いエレベーターなんだよね!』ってツッコんでた。仕事のロケで行った京都のお店がすごく美味しかったから、『今度一緒に行こうよ』って言ってくれたりしたけど、当時はお金がなくて行けずじまい。山ちゃんに『何でも好きなものを買っていいよ』と連れていかれたのは、コンビニです(笑)。それも今ではいい思い出です。

 山ちゃんはお酒が入ると、『おもしろくないヤツに事務所が力を入れている。笑いを舐めていて腹が立つ』と愚痴ったりしてたけど、熱く語る姿がカッコよかった。でも、『オレはネタ以外にもがんばってる。先輩の好みのAVをDVDに編集して届けてる』と言い出したときは、芸人って大変なんだと感じました。

 ある日、寂しくて不安だったのか、『会いたい』とメールが来て、私が部屋に行くと、何をするわけでもなく添い寝するだけ。『手を繋いでいい?』って聞いてきて、軽く手を握り合って、メガネをかけたままの山ちゃんと一緒に朝までいました。その翌日の仕事が上手く行ったみたいで、それから大きな仕事の前夜は決まって添い寝するのが二人のゲン担ぎみたいになっていった(笑)」

M-1勝負服は「奈良のスーツ屋さんで作ってもらったんだよ」

 A子さんが今でも一番忘れられないと打ち明けるのは、山里の人生が一瞬で変わった2004年「M-1グランプリ」決勝の前夜だったという。

「M-1の決勝進出が決まり、いつものように決勝前夜に部屋へ行くと、足の踏み場もないくらいメモ帳や物が溢れていて、少し緊張気味の顔だった。以前、TOKIOの『ガチンコ!』(TBS系)という番組に、前のコンビだった『足軽エンペラー』で出演したときの話をしてくれた。『あの番組の漫才企画で優勝して絶対に売れると思ったけど、ダメだった。M-1の決勝は、行けてうれしいけど、今度こそは狙いたい』と。

 それまで私みたいな素人に『ネタの稽古は見せたくない』と言って、仕事の話もあまりしなかった山ちゃんだけど、明日の予選ステージで披露する黒のラメ入りスーツ衣装を見せてくれて、『奈良のスーツ屋さんで作ってもらったんだよ』って、嬉しそうに話していた姿が忘れられません。

 その夜も素顔を見られるのは恥ずかしいからと、いつものようにメガネをかけて添い寝して。夜が明けると、二人で梅田行きのバスに乗り、予選に向かう山ちゃんを『行ってらっしゃーい』と見送ったのが一番の思い出です」

 この年のM-1の決勝戦には、アンタッチャブル、千鳥、麒麟、タカアンドトシ、笑い飯など錚々たる9組が顔を揃え、無名だった南海キャンディーズは大穴的な存在だった。しかし、山里は「このネタがあるから絶対に勝てる」という自信作だった「医者になりたい」というネタを1本目にセレクト。山里のテンポのいいツッコミが大爆笑を呼び、639点を獲得。優勝候補だった1位のアンタッチャブルの673点に次ぐ2位という番狂わせを起こした。

南キャンの大ブレークに、本心は複雑だった

 最終決戦まで勝ち進んだ山里は、のちのラジオで「僕らは優勝は無理だから、南海キャンディーズをおもしろいと思ってくれるネタに絞った」と打ち明け、漫才を回避して客やMCだった井上和香を山崎がイジリ倒すというネタで押し通した。結果、優勝はアンタッチャブルだったが、南海キャンディーズは見事、準優勝に輝いた。

 一方で、山里の大ブレークはA子さんとの別れのきっかけにもなった。

「私はテレビでM-1を見ていて、番組ではとてもウケていましたが本心は複雑だった。準優勝に喜ぶ山ちゃんを見て、これで山ちゃんは東京へ行ってしまうなあって。なので、あまりネタの記憶がなくて。M-1終了後にメールで『おめでとう』と送ったのは覚えてます。

 大阪へ戻って来て、山ちゃんと会えたのは約2週間後。『すぐにいろいろな番組からオファーがあったけど、自分の実力以上のことを求められるから精神的にキツい』と大変そうでした。M-1前までテレビは関西ローカルばかりだったこともあって、『東京のゴールデンは違う。ナイナイさん(ナインティナイン)の番組に出たときに緊張して何もできなかったけど、ナイナイさんにツッコミと編集でめちゃくちゃおもしろく仕上げてくれていてた。今までと違う仕事が増えて、世界が変わった』と興奮して話してくれた」

私もお笑い好きの夫と結婚して主婦やってます!

 M-1を機に結成2年目ながら知名度は上がり、多彩なボキャブラリーのツッコミが受けて山里はバラエティ番組のMCやラジオのレギュラーを次々に獲得。A子さんは多忙になった山里が、街でファンに取り囲まれ、写真を撮られていている姿を見かけたとき、「もう無理だな」と別れを告げたという。

「蒼井さんが結婚相手に山ちゃんを選んだことには、妙に納得できました。蒼井さんもいろいろな男性とお付き合いされてきて、逆に山ちゃんみたいな女性慣れてしていない感じに『この人は信頼できる』と思ったのではないでしょうか。

 山ちゃんはNSCに入りたくて、千葉から関西の大学に来て、距離は離れても両親と仲がよかった。私は会ったことがなかったけれど、お母さんもイベントがあるたびに、千葉から大阪まで駆けつけていたそうです。M-1の後に、大阪のイベントが決まると、『明日、お母さんが来るんだよね』って、30歳近い大人なのにとても嬉しそうに話していました。

 山ちゃんは努力する姿をテレビでは見せない。そのギャップや、やさしい人柄に蒼井さんも惹かれたんだと思います。実は、私も3年前にお笑い好きの夫と結婚して、いまでは主婦をやってます。メガネをかけた山ちゃんに似ためっちゃおもしろい人です。これからも遠くから山ちゃんのことを応援し続けます。山ちゃん、末永くお幸せに!」

(「週刊文春」編集部/週刊文春)