「ホットケーキ繁盛店」に学ぶ、仕事の基本4原則
うっとりするほどの芸術的なフォルム、造形美に感動する湯島「みじんこ」のホットケーキ(撮影:今祥雄)
ホットケーキという食べ物は、地味でありふれていて、手間暇がかかるのに値段が安い。商売として考えれば、あまり魅力的には思えないが、実はホットケーキにはビジネスのヒントが詰まっている――。
『現場力を鍛える』『見える化』など数多くの著作があり、経営コンサルタントとして100社を超える経営に関与してきた遠藤功氏は、「一見ありふれていると思われているホットケーキだからこそ、ビジネスとして成功するチャンスがある」という。
このたび『「ホットケーキの神さまたち」に学ぶビジネスで成功する10のヒント』を上梓した遠藤氏に、今まで出会ったホットケーキの繁盛店の取り組みを参考に、ビジネスで成功するためのヒントを解説してもらう。
「ホットケーキはありふれている」という勘違い
私にとって、ホットケーキは「特別な食べ物」です。それは『「日本のホットケーキ」、世界を魅了する5大理由』でもお話ししたように、小学生のころ、神田須田町にあった「万惣フルーツパーラー」での原体験がその理由です。
ほのぼのとした素朴なおいしさ、幼いころの懐かしい思い出への郷愁が大きいですが、私がホットケーキに惹かれる理由は、実はそれだけではありません。
ホットケーキのおいしいお店を訪ね歩くうちに、それぞれのお店が「さまざまな工夫」を凝らし、それぞれのお店ならではの「独自のホットケーキ」をつくり出していることを知ったのです。
そして、その「ありふれていないホットケーキ」を求めて、地元客のみならず、日本全国から、そして海外からも客が押し寄せているという事実を知りました。
「ホットケーキなんて粉を溶いて、かき混ぜて、焼くだけ。わざわざ外に食べに行く必要なんてない。家でホットケーキミックスを使って焼けばいい」などと、ホットケーキは「ありふれた」食べ物だと思われがちです。
しかし、それがそもそもの大きな勘違いなのです。世の中の多くの人たちが「ありふれている」と思っていても、「ありふれていないものにしよう」と創意工夫を続ければ、「ありふれていないホットケーキ」をつくることはできる。ホットケーキが私に気づかせてくれた「とても大切な教訓」です。
「ありふれているもの」を「ありふれていないもの」にする。それこそ間違いなくビジネスで成功するための重要な戦略なのです。
では、一見ありふれているものを、どうすれば「ありふれていない」ものにできるのか? ホットケーキに学ぶ「ビジネスの4つの基本戦略」を紹介します。
まず、基本戦略の1つ目は「『めちゃめちゃおいしい』を追求」して商品価値を極めることです。
ありふれた食べ物でも「ありふれていない味にできる」
【1】「めちゃめちゃおいしい」を追求する(商品価値を極める)
「ホットケーキミックス」の普及によって、ホットケーキを家で焼いて食べた記憶を持つ人は多いでしょう。お母さんが焼いてくれたり、家族でワイワイしながら焼いたり、初めての料理として自分で焼いたり、そこにもいろいろな思い出があります。
ホットケーキは「家庭で気軽に食べるもの」というイメージを多くの人が持っています。その意味では、確かにホットケーキは「ありふれた食べ物」です。
でも、食べ物としてはありふれていても、その「味」がありふれているとは限りません。それを教えてくれたのは、外苑前にある「カフェ香咲(カサ)」の店主・岩根愛さんの一言でした。
イタリアの料理学校で学んだこともある岩根さんは、「どこにでもある定番がめちゃめちゃおいしかったら、必ず売れます」と教えてくれました。
つまり、ホットケーキという「ありふれた食べ物」でも、めちゃめちゃおいしい「ありふれていない味」にすることができれば、それを求めてくる人は間違いなくいるのです。
「香咲」のホットケーキ(撮影:今 祥雄)
香咲のホットケーキは絶品です。材料にこだわり、焼き方にこだわり、「プロがつくると、こういうホットケーキができるんだ!」と思わず唸ってしまうほどのおいしさです。
「そこそこおいしい」ではなく、「めちゃめちゃおいしい」を追求する。つまり、その商品の価値を徹底的に極めることができれば、ありふれている食べ物でもありふれていない「特別な食べ物」にすることができるのです。
2つ目の基本戦略は、ホットケーキを「モダンなものに進化」させ、「新たな価値」を付加することです。
「味」だけでなく「姿形」も追求する
【2】ホットケーキを「モダンなものに進化させる」(「新たな価値」を付加する)
「ありふれていないホットケーキ」にするための手段は、「味」だけではありません。その「姿形」をありふれていないものにできれば、「こんなホットケーキ見たことない!」と必ず歓声が上がります。
ホットケーキは誰もが「同じようなイメージ」を持っています。
こんがりきつね色のものが2枚重なり、ちょこんとバターがのっていて、メープルシロップをかけて食べる。それが一般的なホットケーキのイメージでしょう。
そんな人が、湯島にある「みじんこ」のホットケーキを初めて見たら、間違いなく驚くでしょう。うっとりするほどの芸術的なフォルム、造形美に感動します。
「みじんこ」のホットケーキ(撮影:今 祥雄)
みじんこのホットケーキは、完全なる円形と縁の直角にこだわっています。ナイフを入れることをためらうほどの美しさは、これまでのホットケーキの概念を覆すモダンなホットケーキといえます。まさに「ホットケーキの進化系」です。
同様に、「ホットケーキの聖地」と呼ばれる大山の「ピノキオ」、鎌倉の老舗「イワタコーヒー店」のホットケーキも、その造形美で高い人気を誇っています。
ホットケーキはパンケーキと異なり、生クリームやフルーツなどでデコレーションをしません。極めてシンプルで、直球勝負の食べ物です。
でも、そんなシンプルな食べ物でも、いやシンプルだからこそ、その「姿形」の美しさを追求し、ありふれたホットケーキにはない新たな価値を付加できれば、「ありふれていないホットケーキ」にすることができるのです。
基本戦略の3つ目は、ホットケーキの「イノベーション」を起こして、革新を生み出すことです。
「唯一無二」のホットケーキを生み出す
【3】ホットケーキの「イノベーションを起こす」(革新を生み出す)
味や姿形で「ありふれていないホットケーキ」を目指すというのは、ある意味では「差別化の王道的な方法論」といえます。
めちゃめちゃおいしいホットケーキ、見たことがないほど美しいホットケーキというのは、それだけで十分に差別化され、「ありふれていない価値」になりえます。
しかし、なかには、これまでの延長線ではない「革命的なホットケーキ」も存在します。それが神保町にある「TAM TAM」のホットケーキです。
外側がこんがり焼けていて、一見すると焼きたてのパンみたいです。ナイフを入れると、ふわふわとしており、まるでカステラのよう。
TAM TAMのホットケーキ(撮影:今 祥雄)
バニラアイスとリコッタチーズを入れて焼いた味も、ほかの店では絶対に味わえないものです。まさに「唯一無二のホットケーキ」といえます。
TAM TAMのホットケーキは、石窯で焼いています。店主の田村信之さんはお店をリニューアルオープンする際に、石窯の導入を決めました。
当初はトーストなどを石窯で焼いて提供しようと考えていたのですが、ふと「石窯でホットケーキを焼いたらどうなるんだろう?」と思いつき、試したところ、今までにないようなホットケーキが焼き上がりました。
そこから試行錯誤しながら他のお店には絶対にない「唯一無二のホットケーキ」が誕生しました。田村さんの「遊び心」が、ホットケーキに「革新」を生み出したのです。
TAM TAMの店の前には、「ありふれていないホットケーキ」を求めていつも長い行列ができています。
「経験」という楽しみを提供して経験価値を付加することも、大切な基本戦略の1つです。
「経験価値」にお金を払う時代
【4】「経験」という楽しみを提供する(経験価値を付加する)
私が訪ね歩くホットケーキのお店の多くは、昔ながらのクラシックなホットケーキを提供しています。
見たこともないほど美しいホットケーキやほかでは食べることができないような「唯一無二のホットケーキ」はもちろん素晴らしいのですが、昔から慣れ親しんだ味というものには、やはり捨て難い魅力があります。
しかし、そうした一見ありふれているクラシックなホットケーキを提供するお店に人が押し寄せる理由は、その味や姿形だけではありません。
「昔ながらのレトロな雰囲気を残すお店を訪ねてみたい」「降りたこともない小さな駅にある小さなお店を探し出し、ちょっとした小旅行気分を味わいたい」「行列に並んで待つのを楽しみたい」といった、「経験」という楽しみを求めて全国各地から、そして世界中から人がやってくるのです。
錦糸町の「ニット」には、台湾などのアジア系団体客が頻繁に訪れます。築50年以上のレトロな店内と昔懐かしいホットケーキが大人気です。
錦糸町の「ニット」店内(撮影:今 祥雄)
チェーン店が日本全国にでき、とても便利な世の中になりましたが、その一方で画一化が進み、味気ない世の中になりつつあります。
そんな中で、昔ながらのクラシックなホットケーキを、昔ながらの手作りで提供するお店というのはとても貴重であり、そうしたお店を訪ねるという「経験」は、実はありふれたものではないのです。
一見「ありふれている」と思われているものの人気が高まるという現象は、実はホットケーキに限ったことではありません。
一見ありふれているものにこそチャンスあり
例えば、最近では「食パン」が大人気です。普通の食パンと比べると値段は高いけれど、柔らかさと味にこだわった贅沢な「生」食パンが飛ぶように売れています。中には、何カ月も待たなければ手に入らないものもあります。
食品以外でも同様の例はあります。例えば、テレビCMが話題のハズキルーペの原型は、昔からある拡大鏡です。そこにデザイン性と強度を加え、CMで認知を高めることによって「ありふれていない拡大鏡」としてヒット商品化しました。
一見ありふれている食パンや拡大鏡を「ありふれていない」ものにすることで、新たな需要、新たな市場を生み出すことに成功しています。
ビジネスチャンスを考えるとき、私たちは「流行りのもの」に乗っかったり、これまでにないような「斬新でユニークなもの」に飛びつきがちです。
もちろんそうした発想も大切ですが、その一方で身の回りにある「ありふれている」と思われているものを再考してみることも、大きなチャンスに結び付く可能性が十分あります。
私が出会ったホットケーキは、実に個性的なものばかりでした。味は言うに及ばず、その「姿形」「演出の仕方」「お店の雰囲気」など、さまざまな工夫を凝らし、「わざわざ外で食べる価値のある」ホットケーキを生み出しています。
そして、そうした「ありふれていないホットケーキ」はSNSのおかげで瞬く間に世界中に広がり、それを求めてわざわざ日本の小さなコーヒーショップやフルーツパーラーを探し訪ねてきます。
一見ありふれているものでも、十分に差別化できる。いや、一見「ありふれている」と思われているからこそ、誰も見向きもせず、チャンスが残されている、ともいえます。
ホットケーキの繁盛店は、単に「おいしいホットケーキ」を提供するだけでなく、「ブルー・オーシャン(誰もいない青い海)とは何か」を教えてくれる「先生」でもあるのです。