「闇金ウシジマくん」作者が見た平成格差社会
『闇金ウシジマくん』では人の葛藤を描きたかったと話す、作者の真鍋昌平氏(撮影:梅谷秀司)
10日間で5割という法外な高金利を取るヤミ金融の「カウカウファイナンス」。今日では珍しく、対面で貸し付けるスタイルだ。社長の丑嶋馨(うしじま・かおる)が向き合うのは、テレクラで売春してはパチンコで散財する中年女性や貧困ビジネスに搾取されている青年など、ワケありの債務者たち――。
映画化もされた人気マンガ『闇金ウシジマくん』は今年3月、『週刊ビッグコミックスピリッツ』(小学館)での長期連載に幕を下ろした。累計1700万部にもなるコミックスは5月30日に最終巻が発売される。
「ウシジマくん」の魅力は、人間の飽くなき欲と社会に潜む闇を織り込んだストーリーにある。それを裏打ちしているのが作者の真鍋昌平氏による丹念な取材だ。真鍋氏が取材を通じて見てきたものは何か。人々の欲望をのみ込んできた東京・新宿歌舞伎町で話を聞いた。
カテゴライズされた立場を自覚する人が増えた
――2004(平成16)年に始まった『ウシジマくん』の連載は平成のうちに終了しました。連載期間となった平成時代の後半で、社会はどう変わったと感じますか。
人々が社会の中でカテゴライズ(区分)され、そこでの立場を自覚している人たちが増えたなと感じる。
連載を始めたころだと、雇用であれば非正規雇用の人たちは、自分たちの立場をあまり理解できていない、もしくはわからない中で先行きに不安を感じていた。いまの状態は一過性のものであって、いずれ元に戻るのではないか、そういう雰囲気もあった。でもそうならずに、その立場が確定していった。
私はお金のない人だけでなく富裕層の人たちにも会って話をするが、彼らが現在に至るまでたどってきたルートは全然違う。そこがいわゆる格差だと思う。
ただ、生まれ育ちで決まる要素が多いと思っていたが、情報商材や仮想通貨で稼いで人生の「確変」(パチンコで「当たり」の確率が上がること)を起こす人たちもいる。
――マンガの「フリーエージェントくん」編に登場した人たちのようですね。時給900円の人材派遣で働き、将来不安に駆られる若者が情報商材(ネットやセミナーを通じて金儲けのノウハウを商品として販売する商法)にのめり込んでいくストーリーでした。
2013〜14年に掲載された「フリーエージェントくん」編。ネットビジネス業界の風雲児「天生翔」は、「秒速で1億円稼ぐ男」の与沢翼氏がモデルとされる(©真鍋昌平/小学館)
そういうつもりで描いた。でも情報商材の人たちがここまで世の中に浸透して、勢いが続くとは思っていなかった。(情報商材ビジネス界の象徴的存在である)与沢翼さんのように、目立つ形で表に出てくる人たちは減ったかもしれないけど、多くの人が情報商材ビジネスをやっている。
また、情報をうまく捉えることができる人とそれができない人の間での落差が大きくなっている。
「17 Live(イチナナ)」というアプリでライブ動画を配信している女の子と最近会った。イチナナでは、動画を見てくれた人が送る「ギフト」というものを通じて報酬を得ることができる。彼女は普通の大学生だったけれど、動画投稿アプリの「TikTok」(ティックトック)でフォロワーをたくさん作っていたことで、イチナナを始めたら毎月100万円を稼げるようになった。
東洋経済オンラインに連載されている「貧困に喘ぐ女性の現実」を興味深く読んでいる。そこに出てくるような不幸の連鎖の中にあったり、売れなくても風俗・キャバクラで頑張っていたりする女性がいる反面、稼げる情報をうまく捉える女の子がいるのも今の時代だ。
心のバランスがどこか崩壊した女の子
――動画を見てお金を出す人がそれだけいるのも驚きです。
ギフトを送ることで、寂しさや孤独を紛らせようとしている人たちが多くいるということではないか。ただ話を聞いた女の子は、酔っ払うと、ギフトを送ってくれる人たちを馬鹿にして罵倒していた(笑)。それなのにイケメンが「ちょっとおっぱい出してよ」と頼んだら、すぐにブラジャーを外す。彼女を紹介してくれたのがそのイケメンだ。
この女の子は心のバランスがどこか崩壊している。「誰かに承認されたい」という欲求が強くあると話していた。でも水をどれだけ飲んでも、それが海水ならば、のどの渇きは癒やせない。彼女がイチナナで行っているのはそれと同じ。だけど、心が満たされなくても飲み続けるしかないと言っていた。
――今の話からも真鍋さんが多くの人に取材していることがうかがえます。連載期間中は何人に会ったのでしょうか。1000人くらいですか?
さすがにそこまではいっていないかも。取材は2巻目くらいからきちんとするようになった。
「カウカウファイナンス」で働く従業員の過去も描いた「ホストくん」編では、50人くらいに会った。テレクラで売春する母と家出中の娘が物語の中心となる「テレクラくん」編では、竹の塚(東京・足立区)のテレクラに1日いて40代以上の女性に会い、ラブホテルで話を聞くということをした。
そのとき会った人は歯の抜けている人たちが多かった。幼いときに親が歯磨きをしてあげていたか。虫歯の治療にお金をかけられるか、歯の状態には、育った家庭環境や現在の経済状況が表れる。歯はそういうバロメーターなので、マンガでは意識的に描き分けた。
「裏原宿」の闇の部分を取り上げた
そうやって取材で得た面白い話は、自分の中でキープしていて「あのときの話をここで使おう」と後になって引っ張り出す。「楽園くん」編もその1つだった。
真鍋昌平(まなべ・しょうへい)/1998年に『憂鬱滑り台』で『アフタヌーン』(講談社)四季賞夏のコンテスト四季大賞を受賞。同誌の同年9月号に掲載され、商業誌デビュー。『闇金ウシジマくん』では2010年度に第56回小学館漫画賞一般向け部門を受賞(写真:梅谷秀司)
――「楽園くん」編は、読者モデルを目指していた若者が悪事に手を染めていく話で、1990年代後半から2000年代前半までにアパレル業界で起きた「裏原ブーム」の闇の部分を取り上げました。裏原宿(東京・原宿の南東側)に自分の店を持ちたい若いデザイナーなどに、店舗用の土地を提供する代わり、高い対価を得ていた裏社会の人の存在などが描かれています。
裏原でラーメン屋をやっていた人がいろいろと仕切っていた。本業はグレーというか黒い人ですが。そういう話を聞いて、いつか使おうと。そういうわけでマンガでは時代設定がむちゃくちゃになっているところもある。
――連載期間中には丑嶋の職業である金貸しも大きく変わりました。表の消費者金融は上限金利引き下げや過払い金の返還で業者が激減、裏のヤミ金も多くが特殊詐欺へ移行したと指摘されています。
確かにヤミ金の人たちはオレオレ詐欺などに移っていったが、丑嶋をそういうふうにするのは違うなと思った。『ウシジマくん』では、人の葛藤をそのままに描きたかった。
人の葛藤を描くにはお金を介在させるとわかりやすい。お金って大事なものであるし、苦しみの原因にもなる。しかも丑嶋は対面でお金を貸して取り立てをする。そのような理由で物語の完結までヤミ金のまま通した。もちろんマンガなのでファンタジー的な要素はある。
丑嶋(イラスト中央)のモットーは、「世の中は奪い合い。奪(と)るか奪られるかなら、俺は奪るほうを選ぶ!」(©真鍋昌平/小学館)
――ヤミ金にもう新しい人は参入していないのでしょうか。
「カウカウファイナンス」の従業員が話の中心となる「逃亡者くん」編で沖縄の取材をしたが、沖縄では若い人たちがヤミ金をやっていた。割合に儲かっていて、年3000万円くらいの利益を上げている人もいた。稼いだお金を保管しておく金庫は、簡単に盗まれないように分厚い鉄板と溶接しているそうだ。
東京とかだと、(ヤミ金ではなく)仕事を変えて仮想通貨などをやっている人が多いのでは。仮想通貨といっても詐欺っぽいもの。1カ月で6億円くらい稼いだという人もいた。
何かになりたいなら、リスクをとるしかない
――彼らは姿を変えて時流にうまく乗っています。一方、カテゴライズされてしまった普通の人たちはどうすればいいのでしょう? 丑嶋ならどう言いますかね。
うーん、難しい。何かになりたいのならリスクをとるしかないのでは。何もなかったところから上に行った人たちはそうしている。安定したもの、それまでに培ったものを捨てて飛び出せるかどうか。
自分の場合は、うまくいかなくてもいいので本当にやりたいことをやりたいと思ってマンガを始めた。周囲から自分の仕事ぶりを見ると、かわいそうな人だと思うかもしれない。取材で知り合った人たちに夜呼び出されて朝まで飲んで、それでも帰ったらマンガをすぐ描き始めるということがしょっちゅう。マンガを描くのが好きでなかったら苦痛でしかない。
――情報商材屋は人々の共感を得るために自身の苦労と成功を決まったように語ります。真鍋さんの話がそのようにも聞こえてしまいました……。
あの人たちはドラマが必要ですからね。俺も次のマンガが失敗したら情報商材屋になっているかも(笑)。