医師、しかも甘いマスク。結婚相手に最適の男と、運命を感じずにはいられない偶然の再会
やみくもに婚活に励むのは、もう終わり。
ある強かな女たちは、婚活の場をワインスクールへ移した。
スクールに通うほどワインが好きな男は、高い年収を稼ぎ、洗練されたライフスタイルを送っている者が多いはずだ。
ワインの知識を深めながら、虎視眈々と男性を見定める女たち。
果たして、その思惑は実るのだろうか？
婚活のため”表参道ワインアカデミー”へ入学した美咲は、既婚者・雅彦からのしつこい誘いを華麗にかわす。
美咲は授業を終え、クラスメートたちとある店に向かっていた。
目的地は、先生の元教え子である男が経営しているワインバー。青山学院大学近くの裏通りに、ひっそりと佇む小さなお店だ。
学校から近く、先生からの勧めもあり、15名ほどでぞろぞろとやってきた。
「いらっしゃいませ。」
店主が爽やかな笑顔で迎えてくれた。今日はこのクラス会のため貸切営業にしているそうだ。
ワインスクールでは、クラス会以外にも、授業後に声を掛け合って何名かで飲みに行くのはほぼ毎週のこと。
そうして授業を重ねるごとにクラスの団結は固くなり、美咲はこれまで経験したどんな習い事にもなかった、生徒同士の交流を楽しむようになっていた。
ただひとつ、気がかりなことがある。
相変わらず美咲を憂鬱にさせる、芹那の存在だ。
「それ、ほんま？凄いなあ！」
店内に響き渡る甲高い声。そちらに目をやると、奥のテーブルで芹那が、取り巻き軍団のひとりである中年男性の太ももを叩きながら爆笑している。
「芹那のボディタッチ、今日も絶好調ね。」
隣に座る真千子が、低い声で耳打ちしてくる。
こうして、男たちが揃って鼻の下を伸ばしている様子を、クラスの女性陣は冷ややかに見守っていた。
結局男はみんな芹那が好き？落ち込む美咲。
教養と品位のある女vs若くて可愛い媚びる女
-結局男性はみんな、芹那みたいなタイプが好きなのよね。
雅彦の顔を思い浮かべながら考えた。彼は今日、仕事のため欠席している。その後芹那との関係がどうなったのかは知る由もないが、美咲は気にしないよう努めていた。
「はあ…。」
小さく、溜息がもれた。
スクールに通う前、ここに集まるような男性は、自身に釣り合うようなそこそこの教養と品位を備えた女性を求めているのかと勝手に想像していた。
先日それを真千子にぼやいたら、「男を何もわかってないのね」と呆れられてしまった。
結局どこの世界でも、男性にもてはやされるのは、若くて可愛い、且つ男に媚びることができる女なのだ。そう、まさに芹那のような。
どこから見てもパーフェクトなドクター登場
「あれ…あの人が珍しく来てる。」
集団から少し距離を置き、店内のバーカウンターにぽつんと腰掛けている男性に、真千子が気づいた。
その男のことは、授業で1度か2度見かけたことはあったが、毎回いるわけではなく、クラス会にも来たことがない。
視線に気づいた彼は、整った顔に微笑を浮かべ、軽い会釈をしてきた。慌てて美咲も頭をさげると、彼は赤ワインの入ったグラスを片手に、二人の元へゆっくりと歩いてきた。
「こんばんは。」
その男の名は、研二といった。南の島を彷彿とさせるエキゾチックな顔から白い歯がこぼれるのを見て、美咲はどぎまぎしたが、思い切って切り出した。
「あまり授業で、お見かけしないですよね。」
「そうなんだ。急なオペが入ることが多くて、授業も欠席ばかりなんだよ。」
研二はそう答えたあと、奥のテーブルできゃっきゃと盛り上がっている芹那軍団に、冷たい視線を投げかけた。
「昨夜も当直だったから今日も疲れているんだ。気晴らしにいいかと思ってここに来てみたけど、失敗だったかな。騒がしい会は苦手なんだよ。」
-へえ、研二さんって、お医者さんなんだ…。
美咲は思わず息を漏らした。
研二は、ワイン好きな医者仲間の紹介で、スクールのオーナーである英一郎と知り合い、彼の勧めで通い始めたのだと楽しそうに語った。
「ところで、研二さんって結婚してるんですか？」
怖いもの知らずの真千子が、わくわくした表情で、美咲が一番気になっているのに聞けずにいた質問を、あっさり口にした。
「ううん。独身だよ。」
少し困ったような表情で、研二は続けた。
「もう37になるし、早く結婚して実家の病院継げって、親に毎日急かされてるよ。」
そう言って、また白い歯を覗かせた。
◆
「研二さんって、なんだかパーフェクトな感じよね。」
クラス会が終わり、表参道の駅へ歩きながら美咲が弾んだ声で言うと、真千子は「そうかなあ」と眉をひそめた。どうやら真千子は研二に対して、美咲とは違う印象を受けたようなのだ。
美咲は、意外な場所で研二と再会する。
期待が確信に変わるとき。「この人なら、きっと私を見てくれる。」
「僕医者なんですアピール、美咲は気にならなかった？こっちから聞いてもないのに、オペだの当直だの連発してたわよ。」
「そうかなあ…。真千子ちょっと厳しすぎるんじゃない？」
確かに、短時間の会話のなかで仕事の話が多かった気もしたが、美咲は彼の話をむしろ心地よく聞くことができた。
「それに、研二さん独身って言ってたけど、その“パーフェクト”なはずの男がなんで30代後半にもなって結婚してないの？何か問題があるんじゃないのかしら。」
真千子は、自分たちも30を過ぎて独身であることをすっかり棚にあげ、ぶつぶつと呟いた。
そんなことは全く気にしていなかった美咲は、「きっと、仕事が忙しすぎるからよ」と真千子をなだめ、家路に着いた。
◆
翌日、美咲は大学ゼミ時代の友人と会うため、麻布十番商店街にいた。
待ち合わせまで時間を持て余したため、商店街から少し入ったところにあるワインショップで時間を潰すことにした。
「あれ、美咲ちゃんだ。」
ずらりと陳列されたワインの棚を眺めていると、ふいに名前を呼ばれて振り向いた。
「えっ、研二さん。」
そこには、ワインボトルを手にした研二が目をぱちくりさせて立っていた。
「わ、奇遇だなあ。」
昨日の今日でまたばったりと出会った偶然に、美咲も研二も、照れたように笑い合った。
研二は近所のタワーマンションに住んでおり、この店にもよく来るそうだ。赤羽橋に住む美咲と自宅が近いことで盛り上がり、そのまま立ち話に花を咲かせた。
「それにしても、ワインスクール、美咲ちゃんみたいに話の通じそうな女性もいるってわかって安心したよ。クラスにはずいぶん品のない子もいるみたいだから、ちょっと場違いだったかと後悔してたんだけど、そんなことなかった。」
研二が言う「品のない子」が芹那を指しているのであろうことは、先日のクラス会での態度からもすぐに察知できる。
「ところで美咲ちゃん、今日はこのあとどこへ？」
「この後は、大学時代の友人たちと、『トラットリア・ケ・パッキア』に行くんです。」
「ケ・パッキアか、いいね。あそこは魚介を使ったお料理がおいしいし、イタリア土着品種のワインも豊富だ。」
そんな会話をしながら、美咲は心の中で、今度研二さんとも近所で食事できたらいいのに、と考えていた。すると研二が思いついたように言った。
「楽しそうだなあ。そうだ、今度は僕と食事に行こうよ。」
まるで心を見透かされたかのような、研二からの誘い。美咲はどきりとしたが、それを悟られないようにとびきりの笑顔で頷いた。
「はい、喜んで。」
「じゃあ、お店考えておくよ。来週の授業は僕も行けそうだから、その時にでも日程決めよう。」
美咲は研二とワインショップの前で別れ、待ち合わせの店に向かった。商店街を歩く足取りが自然と軽くなるのを感じる。
食事に誘われたことと同じくらい美咲を喜ばせたのは、芹那について話す時の研二のあの軽蔑の眼差し。そしてそれとは正反対の、自分に向ける優しい笑顔。
みんながみんな、芹那のような女に引っかかるわけじゃない。自分を見てくれる人だって、きっといる。そんな希望が溢れてきた。
-それにこんなところでばったり会うなんて。ふふ、運命だったりして。
美咲ははやる気持ちを抑え、友人の待つ店の門をくぐるのだった。
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ついに美咲の時代、到来？パーフェクトすぎる男、研二と急速に距離を縮める！
