ひとりだけ、違う次元で野球をやっているようだった。

 4時間46分にわたる死闘、日本とオランダの両チーム合わせて16人の投手がマウンドに上がり、そのうち150キロを超える球速を計測した投手は9人もいた。しかし、侍ジャパンの最後にマウンドに上がった牧田和久の投じたスピードボールは、最速でも133キロ。誰よりも遅い速球を投げ、そして誰よりもオランダ打線を詰まらせた。


オランダ戦で延長10回から登板し2イニングを完璧に抑えた牧田和久 オランダ代表のヘンスリー・ミューレン監督は試合後にこんなコメントを残している。

「私たちは高めに浮いてくる最後のボールを仕留めることができなかった。そこが勝負のアヤだったと思っています」

 オランダ打線の脅威は、この試合を観戦した誰もが感じたはずだ。「メジャー最高の遊撃手」と評されるアンドレルトン・シモンズをはじめ、メジャーリーグのレギュラークラスを多数そろえ、4番にはNPBシーズン最多本塁打記録を持つウラディミール・バレンティンが座っていた。侍ジャパンの小久保裕紀監督は、試合後にオランダの印象を聞かれてこう語っている。

「ある程度の失点は覚悟しないといけないかなという思いで、5~6点は取らないと厳しい戦いになるなと思っていました。それ以上の迫力があって、決して日本の投手も悪いわけではなかったのですが、さすがメジャーリーガーのいる打線だなと」

 そんな強打線を向こうに回して、侍ジャパンは実に粘り強く守り抜いた。

 先発投手の石川歩は3回5失点と打ち込まれたものの、4回以降は毎回のようにピンチを招いてはリリーフ陣が踏ん張った。7回裏に松井裕樹の股の下を抜かれた打球をセカンド・菊池涼介が横っ飛びで好捕し、即座にショート・坂本勇人にグラブトスしてアウトにしたプレーは、今後日本球界で語り継がれるであろうスーパープレーだった。

 だが、9回裏に起用された則本昂大は最速156キロの快速球を武器に飛ばしたものの、二死一、三塁からジョナサン・スコープにセンターへと抜ける同点タイムリーを浴びてしまう。

 延長戦は「1点でも多く奪えばサヨナラ勝ち」というプレッシャーをかけられる後攻が有利と言われている。あまつさえ侍ジャパンは6回以降0行進が続いており、延長10回表も一死満塁のチャンスをつくりながら青木宣親が併殺打に倒れて無得点。流れは明らかにオランダに傾いていた。

 そんななかでマウンドに上がったのが、アンダースローの牧田だった。

「(流れは)まったく考えていませんでした。バッターを1人1人抑えることしか頭にありませんでした」

 ストレートは常時130キロ台前半なのに、打者が差し込まれる。そこへ90キロ台のスローカーブに、110キロ台のスライダーを織り交ぜてオランダ打線を翻弄する。ベンチで投球を見ていたリリーフの秋吉亮は、こんな思いを抱いたという。

「安心して見ていられました。一発でサヨナラという場面なのにピシャッと3人で抑えていましたし、本当にすごいです」

 試合前、牧田はオランダ打線の打撃練習を見て、その強烈な打球に衝撃を受けたという。だが、同時にこんな感触も得ていた。

「自分特有の下から浮き上がるボールを胸元に投げれば、ホームランはないかな」

 アンダースローは日本のお家芸、と思っている野球ファンは多いかもしれない。だが、実際には海外にもアンダースローは数多くおり、むしろ日本のほうが数は少ないくらいだ。それでも、海外のアンダースローはシンカー系の球種でゴロを打たせる投球が主流であり、牧田の言う「下から浮き上がる」軌道を持った投手は多くない。

 物理的に実際にボールが浮き上がることはありえないが、打者にとって牧田のストレートは地上スレスレのリリースポイントから浮き上がってくる錯覚を起こす。この見慣れない球道にオランダ打線は明らかに戸惑っていた。

 延長11回からタイブレークに入り、2点を勝ち越したその裏。続投した牧田は2番から始まるオランダ打線をまたもや3人で封じた。

「ホント、マウンドに上がるまでは臆病じゃないですけど、『打たれたらどうしよう』っていうふうに思っていました。実際にマウンドに立って、投げてみて、自分のボールが結構差し込めていたので、これはいけるなと」

 大会前は「絶対的守護神不在」と言われていた侍ジャパン。2次ラウンド初戦にして、いよいよ牧田に守護神のムードが漂ってきた。

 1次ラウンド初戦のキューバ戦では9回にマウンドに上がったものの、二死満塁のピンチを招くなど、不安の残る内容だった。この試合を牧田はのちにこう振り返っている。

「緊張してコントロールがバラついてしまいました。手投げになっていたので、自分のなかでムチのように腕を振るイメージで修正しました」

 修正を加えた後、牧田はオーストラリア戦から数えて3イニングをパーフェクトに抑え続けていることになる。オランダの強打線と対峙するにあたっては、こんな工夫もしていたという。

「いつも以上にテンポを遅くして、1球1球を丁寧に投げていました」

 普段戦っているペナントレースとは違い、現在戦っているのは国際大会のホームゲーム。1球投げるたびに大観衆が沸き、マウンドに向かって声援を届けてくれる。しかし、牧田はあえてその流れに乗ることなく、声援が止んでから投球動作に入っていた。

「普段の試合ですと相手の声援もあるんですけど、今回はシーンとしているなかで声が聞こえて、逆に自分のペースを崩されている部分があったので、ちょっと間を置いて、静かになるのを待ってから集中して投げていました。いつもならどんどんテンポよく投げるのですが、今日は一発のあるチームなので、投げ急がないことを意識していました」

 当たり前のように150キロ級の剛腕が登場するWBCの舞台。だが、牧田和久はスピードに頓着することなく、並み居る強打者の猛スイングと大観衆の熱狂をいなしながら、独特の間合いでゲームをコントロールしていく。信頼できるアンダースロー守護神を得た侍ジャパンは、いよいよ4大会連続のセミファイナル進出を視界の先にとらえて、次なる戦いに挑む。

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