2017年1月20日に、アメリカ合衆国第45代トランプ大統領が誕生する。アメリカに、そして世界にどのような影響を及ぼすのだろうか。(写真=ロイター/アフロ)

写真拡大

トランプの素顔を熟知する側近から直接聞いた話を元に、政治マーケティングの視点よりその選挙戦略と大統領就任後の政策展開を予想する。

■側近に聞く「トランプを語るに外せない3つのポイント」

2017年を展望しようとするとき、アメリカ合衆国第45代トランプ大統領の誕生は、国内外での最大級のニュースであるのと同時に、最大級に不透明で不確実な要因である。それは最大級のリターン要因でもあり、最大級のリスク要因でもあるだろう。

“泡沫”と揶揄されながら、最後に大方の予想を覆して大統領選挙に勝利したトランプに対して、多くの人達が、「どのような人物なのか」「選挙戦中の数々の暴言は企図したものなのか、それとも感情によるものなのか」「これからどのような政策をどのように実行していくのか」といった疑問をもっているのではないだろうか。

このような状況下で、私は2016年12月にトランプ次期政権移行チームのメンバーが来日した際に、トランプのことを側近として熟知している人物から直接話を聞く機会に恵まれた。

彼の名はピーター・フークストラ氏。次期政権移行チームメンバーであり、大統領選挙における安全保障での上級顧問。トランプが勝負のポイントであると睨み、勝利を言明したミシガン州における選挙対策委員長でもある。彼から直接聞いたトランプの人物像と戦略の要諦とは、以下の3点であった。

1)一流の国際的ビジネスマン(=トランプの本質)
2)ハードネゴシエーター(=トランプの差別化戦略)
3)交渉戦略×マーケティング戦略(=トランプの差別化戦略の要諦)

つまりは選挙戦勝利の背後には、トランプという人物を余すことなく生かし切った老獪で冷徹な戦略が周到に用意されていたというのだ。

この連載では、ピーター・フークストラ氏から直接聞いた“トランプ、3つのポイント”に対して、大統領選挙において活用された政治マーケティングの視点から、その戦略を読み解き、さらに大統領就任後の政策展開を予想する。

なお、分析にあたっては、米国内外の公表資料(特にギャラップ社、Per Research Center社の世論調査やU.S.Censusの統計データ)、出演TV番組、集会での演説、選挙戦でのディベート、公開情報に基づく人物像、トランプと直接交友のある複数の人物からの非公開情報に基づく人物像などの情報を材料とした。

■大統領選の行方を握る政治マーケティング

米国の政治には経営学のさまざまなエッセンスが取り入れられている。そのなかで政治マーケティングとは、選挙とその後の政権運営における各種の目的を実現するために発展してきた実践的なマーケティングの領域であり、選挙準備期間および選挙期間中の選挙マーケティングと選挙後の政権運営マーケティング(統治マーケティング)に大別される。

「現代マーケティングの父」と呼ばれるフィリップ・コトラーは、マーケティングの対象を商品・サービスや企業のみならず、広く非営利団体や社会にまで拡大した。政治マーケティングは、既に彼が1980年代頃から取り組んできた分野であり、後述する“6ステップアプローチ”はその規範的なモデルとなっている。

米国社会が複雑化する一方で、大統領選挙での戦い方は、選挙コンサルタントがTVを主要なツールとした時代から、ソーシャルメディアと地上戦の組み合わせであるO2Oが重要な時代へと変化している。それらのグランドデザインを形成するものとして、政治マーケティングの重要性がさらに高まっている。

2008年の大統領選挙で民主党大統領候補のオバマ陣営は、米国で権威あるマーケティング専門誌Advertising AgeのMarketer of the Year 2008に、数多くの有名企業をおさえて選ばれている。米国で4年に1度行われる同国最大の「戦い」であり、巨額な広告宣伝費が投入される大統領選挙は、マーケティング大国である同国において最先端のマーケティング戦略と戦術が駆使されるバトルフィールドなのだ。

■候補者が「商品」となる政治マーケティング

政治マーケティングのプロセスは、商業マーケティングのプロセスとほぼ同様だ。つまり、マーケティング対象に関する内部・外部環境分析を踏まえて、狭義のマーケティング戦略であるセグメンテーション・ターゲティング・ポジショニングを策定した上で、ブランディング戦略として練り込み、その戦略と一貫性の高いマーケティング戦術(マーケティング・ミックス、プロダクト等の4P)を策定していく流れとなる。

大統領選挙における政治マーケティングと商業マーケティングの違いについてよく指摘されることとしては、(1)前者はもっぱら候補者個人が「商品」となること、(2)1対多数の戦いとなる同政党間の予備選挙から、事実上1対1の戦いとなる一般選挙へと、2つの性格が大きく異なるキャンペーンを戦い抜くことが要求されること、(3)勝者総取りなど独自の「ゲームのルール」があること、などがある。

図の「コトラーにおける政治マーケティングでの6ステップアプローチ」を見てほしい。

次回からはトランプの選挙マーケティングを対象に、コトラーのフレームワークのなかで、内部・外部環境分析に当たる「1.環境分析」、狭義のマーケティング戦略であるセグメンテーション・ターゲティング・ポジショニングの策定に当たる「3.マーケティング戦略の策定」、ブランディング戦略に当たる「4.目標設定と選挙戦略の策定」について、解説していく。

----------

田中道昭(たなか・みちあき)
立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授。シカゴ大学ビジネススクールMBA。専門はストラテジー&マーケティング、企業財務、リーダーシップ論、組織論等の経営学領域全般。企業・社会・政治等の戦略分析を行う戦略分析コンサルタントでもある。三菱東京UFJ銀行投資銀行部門調査役(海外の資源エネルギー・ファイナンス等担当)、シティバンク資産証券部トランザクター(バイスプレジデント)、バンクオブアメリカ証券会社ストラクチャードファイナンス部長(プリンシパル)、オランダABNアムロ証券会社オリジネーション本部長(マネージングディレクター)、東京医科歯科大学医療経営学客員講師、グロービス・マネジメント・スクール講師等を歴任。著書に『ミッションの経営学』など多数。
http://www.rikkyo.ac.jp/sindaigakuin/bizsite/professor/

----------

(立教大学ビジネススクール教授 田中道昭 写真=ロイター/アフロ)