金森 努 / 有限会社金森マーケティング事務所

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 SankeiBiz 2015/6/15号に「日高屋の「ちょい飲みメニュー」が絶好調! 居酒屋チェーンは戦々恐々」という記事が記載された。

 この日高屋の記事のポイントは「業界定義は外部環境の変化に合わせて軽やかに行うべし」ということである。「業界定義」とは別の言葉でいえば「ドメイン=自らが戦う土俵」のことだ。元々日高屋が伸びたのは、「二毛作店」というコンセプトがデフレ不景気でお小遣いの寂しいサラリーマンにヒットしたことによる所が大きい。その顧客のニーズを成功の芽と見て、「ちょい飲み」に適した餃子その他中華系つまみメニューの拡充によって取り込んだ。記事でも<。「生ビール」(中)一杯310円、「メンマ」一皿110円…など、お値頃価格でお酒やツマミを提供。これが仕事帰りのサラリーマンから猛烈な支持>とある。
 ただ、「二毛作店」というコンセプトは日高屋の専売特許ではない。古くはプロントも「昼はカフェ、夜はバー」と飲み系の二毛作で長くやっている。ただ、日高屋の二毛作は完全二毛作ではなく、「夜は飲みも食いも」と、顧客ニーズに合わせて解釈を変えている点が優れているのだ。
 さて、近頃といえば景気がいいと言われつつ、その実感のある人は少なく実質給与はさらに下がっている。故に、さらに安く飲みたい需要は高まっている状況だ。そこで、日高屋はSankeiBizの記事とは裏腹に、元来「ちょい飲み」という、本来の仕事帰りの「ガッツリ飲み」に対する代替品(もしくは補完的)ポジションであった「業界定義」を変更し、居酒屋と同じ「ガッツリ飲み業界」に進出して、そこでも戦おうと決めたということだ。外部環境の変化、顧客ニーズの変化を敏感に感じ取った結果である。

 そもそも、記事では<「飲み会の一軒目で飲み足りなかった際に、飲みに加え、シメのラーメンも食べられるので一石二鳥」と話すのは都内在住の40代男性>というヘビーユーザーの意見も伝えられているが、昨今、店をハシゴするとい習慣は衰退傾向にあり、<「金がないときは一軒目から飲み会用に使ってしまう」>という30代の男性の意見などが特徴的であろう。
 となると、たまらないのは< 居酒屋チェーンは戦々恐々>と記事にあるような、旧来の居酒屋チェーンだ。日高屋に攻め込まれ、苦戦を強いられることになる。業界定義をさらに細分化して「専門居酒屋」化したチェーンなら互角に戦える、というよりは戦いを回避して影響を免れることができるが、特徴がない旧来の総合居酒屋は、「飲むにはいいが、食事メニューはイマイチ」という弱点を突かれ、日高屋にさらにパイを奪われることになるはずだ。生き残りのために総合居酒屋が専門性を出し、
前述のように各々の得意領域に「業界定義」を細分化することが加速することにもつながるだろう。

 さて、顧客のニーズと購買行動同様の変化に機敏に対応し、業界定義を変えて成長した例としては、今回の飲食に限らず優良な事例がある。100円ショップの「セリア」だ。2008年頃、100円ショップ業界全体が不景気と原材料費の高騰によって苦しみ、中小零細がバタバタと倒れ、業界第2位のキャンドゥーでさえ大幅な減益に陥っている時、3位のセリアは専門特化=「業界定義」の変更によって業界2位に浮上下のだ。現在のセリア(店舗名は”カラー・ザ・デイズ”)の店内を思い起こせばわかる通り、彼らは商品点数を減らして「オシャレな雑貨」だけに絞り込み、店内装飾・什器を変え旧来の100円ショップにありがちなゴチャとした店舗空間から変え、「オシャレ100円雑貨業界」という新たな「業界定義」を作り出したのだ。それによって、消費者がただの100円ショップの商品に飽き、固く引き締めた財布のヒモを、新たな魅力を創出することで緩ませ、多くの「セリアファン」を産み出して業績を伸長させたのである。

 上記セリアの例のように、「日高屋本格参入による居酒屋業界の変」は、外食・居酒屋業界に限ったことではない。世の中の環境は日々変化し、消費者の購買意向も常に移ろう。その時、どんな業界、もしくは自らが戦う土俵をどのように設定すれば勝てるのかを見抜けるかどうかで、成長・生き残りの未来が大きく変わってくる。それを自分の業界に当てはめて一度考えてみることをお勧めしたい。