『内定童貞』というタイトルに込めた思い 中川淳一郎インタビュー

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『内定童貞』
随分なタイトルだ。しかも著者がTwitter界の火薬庫とも言える中川淳一郎氏とくれば、タイトルで釣る炎上商法かと軽く両の眉をしかめて不読リストに放り込んでしまう人も少なくないだろう。

でも、もしあなたの家族やその回りに就活生がいるならちょっと待ってほしい。
その先入観が彼らにとって大切な一冊との邂逅の妨げになるかもしれない。

『内定童貞』(星海社新書)の担当編集I氏が就活本を書いてほしいと依頼してきた時、中川氏は不思議に思ったという。

ネット編集者としては業界のトップランナーである中川氏も、就職活動については別段造詣が深いわけではない。

「中川さんは、身もふたもない人間の営みについては正しいことを書けるからです。就活も人間のドロドロした営みだし、うまくやるには、人間が何を考えているか、行動原理がなんであるかを理解することが大事じゃないですか」と言われた。

I氏の期待に応えた本作では、章ごとに「『不人気でも優良なBtoB企業』を狙う。」「社会人に『○○が向いている』と言われたら、真に受けた方がいい。」など実戦的なアドバイスがまとめられているわかり易い構成になっている。しかしそれ以上に心に響くのは、全編から感じとれる中川氏の就活生への愛だ。

就活を失敗の許されない一世一代の大ごとのようにとらえ、緊張し苦しんでいる学生を少しでも楽にしてあげたいという思いがひしひしと伝わってくる。
冒頭でいきなり「人は案外就職できる」と安心させようとし、大企業における3年目までの社員はヒヨッコなので憧れの会社の社員であっても過度に神格化して言っていることをすべて真に受けないようにアドバイスする。

「リクルーターなんて『忙しいのに面倒クセーなあ』って思っていたり、学生から『きゃーステキ!』って言われて喜んでいる人がほとんどですよ」

神保町のレストランでビールを飲みながらとつとつと語る中川氏の口調が、リクルーターの話におよぶとにわかに激しくなった。

中川氏自身、博報堂勤務時代にリクルーターを務め、学生の将来を考え休日の早朝から面談を受けていたというが、当時抱いた、周囲のいい加減なリクルーターたちへの怒りが再燃したかのような口調だった。
その様子はTwitter上で誰かを攻撃している時の雰囲気を彷彿させる。なぜ普段は物静かな中川氏は時折そうした激しい言葉を投下するのだろう?

「それは許せないからです(キリッ)」(中川氏)

有名な人や強い立場の人が理に合わない言動を取ったり、エラそうにしているのが許せないのだ。義憤である。
義憤はバカな面接官に向けられ、就職難で自ら命を絶つ若い人がいる日本の就職活動の現状に向けられる。

他方、そうした理不尽と対峙しなければいけない学生には優しい。

具体的で実戦的なアドバイスを授けながらも、「企業も学生をいじめるために時間を作るほどヒマではない」という特有の攻撃的な修辞を交えつつ、人事の人は学生の味方だと説き、自らの体験を交えながら就活の出来不出来がキャリアを決定するのではないと安心させる。

本書を読んでいると、中川氏が20年近くも前に行った就活の細部を恐ろしいまでに記憶していることに驚く。本人に確認を取ると、事実関係の確認のための一切の追加取材をしていないという。

就活の記憶は、その時の切迫した思いの記憶でもある。中川氏は前著『夢、死ね!若者を殺す「自己実現」という嘘』の中で、仕事の本質とは「生活のため」と「人から怒られないように」するためにあるとうそぶいているが、就活時の苦しい思いを詳細に記憶するからこそ「たかが」仕事選びに自分を追い詰めることなく臨んで欲しいと願い、いい精神状態のまま自分に向いた仕事に就いて欲しいと望むのだ。

就活生への愛情は中川氏からだけではない。本書の『内定童貞』というタイトルには、担当編集のI氏の思い入れが詰まっているという。

就活が思い通りにいかず思いつめている人でも、一つ内定を取った瞬間に余裕が生まれ、次々と内定を取り出すことあることを、性体験を持たずに焦っている童貞が一度経験をした途端に、異性に対して過剰な態度を取らなくなりモテ始めるということと重ね合わせたI氏は、就活生にできるけ精神的に余裕を持って欲しいと仕事や就職を過度に神聖視しない中川氏に白羽の矢を立てたのだ。

とはいえ『内定童貞』というタイトルでは、真面目な本だと思ってもらえないかもしれない。
「もちろんそういうことは考えましたよ。でもIさんに『内定童貞』っていう言葉に思い入れがあるの? って聞いたんですよ。そうしたら『はい、実はそうなんです』って答えるので、だったらそれで行きましょうということにしたんです。そこに異議を挟むのは野暮です。大切なのはIさんの思いを伝えることですから」

就活生に偽りのない思いを伝えればいいと説く中川氏が、編集者の思いを正面から受け止めてできたのが本書だ。

内定を獲得するためのテクニックを伝授するのを目的とした本ではない。むしろ親戚の兄ちゃんが就活に悩む学生に授けるアドバイスのような本だ。中川氏のTwitterなどでの言動に拒否反応を示す人も少なくないが、就活に恐れおののいて硬直してしまっている学生がいたら是非読ませてあげたいと思える一冊だ。

筆者も、来年就活を迎える従妹の娘に時期が来たら本書を贈るだろう。女の子に贈る本としては、ちょっとタイトルが気にならなくもないが、まあ親戚のオジサンとしての威厳はこの際よしとしよう。
(鶴賀太郎)