再び薬物で逮捕された作家の嶽本野ばら氏

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 今年4月、麻薬成分の含まれる危険ドラッグを所持していたとして逮捕された、作家の嶽本野ばら(本名:嶽本稔明・47)被告に対する麻薬及び向精神薬取締法違反の公判が6月29日、東京地裁で開かれた。嶽本被告は映画化された「下妻物語」の原作者として知られており、2007年にも大麻取締法違反で逮捕され、執行猶予つきの有罪判決を受けている。

 保釈されている嶽本被告はこの日、若干くたびれた感じのある黒いジャケットにクリーム色のシャツ、黒いゆるめのパンツに黒いオジ靴というお洒落な出で立ちで法廷に現れた。本人がツイッターにアップしていた顔写真ではツーブロックのコーンロウヘアだったが、この日は坊主頭になっていた。

 07年の大麻取締法違反の裁判も、筆者は傍聴していたが、当時はヴィヴィアン・ウエストウッドのロッキンホースを履き、ピアスをつけて裁判に臨んでいた。このときよりは落ち着いた装いだ。

 起訴状は今年3月6日に東京・上野の路上において麻薬成分の含まれる危険ドラッグを2.126グラム所持したというもの。身柄拘束されたのは4月23日。ツイッターはこの前日まで更新されていた。

裁判官「起訴状に間違いはありますか?」
嶽本被告「いえ」

 冒頭陳述や検察側の証拠によれば嶽本被告は、先述した前刑の執行猶予が明けるか明けないかの5年前から脱法ハーブを使い始めた。脱法ハーブから危険ドラッグと呼ばれるようになっても使い続け、逮捕までに実に4回、職務質問を受けたという。このたびに警察は警告していた。

 昨年夏には、使用した危険ドラッグで混乱状態に陥り一旦は使用を止めていたのだが、「さすがにあんなに変なものはもう売られていないだろう」と今年、使用を再開。嶽本被告のPCからは「ハーブ デリバリー 東京」などのウェブ検索履歴や危険ドラッグにまつわるブックマークなどが見つかっている。

「脱法ハーブから危険ドラッグと呼ばれるようになり、事故もあった。警察の説明も職務質問のたび厳しくなり『規制物質が入っているものも出回っている』と聞かされていたがその後も使い続けた。今年1月、経費の負担を巡っての金銭トラブルを抱え、仕事も進まず、1〜2袋買った、今年1月から4月までに購入したのは10回くらい」(嶽本被告の調書抜粋)

 対する弁護側の証拠によれば嶽本被告は今回の逮捕を機に東京の住居を引き払い京都の実家に戻り、母親と妹と暮らし始めた。また精神科に通うなど医学的なサポートも受けつつ、内観療法のクラスも受講しながら薬物と縁を切ろうとしているという。

吉本ばななからも提出された嘆願書

 それに加えて注目すべきは“嘆願書”だった。友人たちはもちろんのこと、嶽本被告を見出した小学館の担当者、エヴァンゲリオンでお馴染みのガイナックス代表取締役とその妻、そして作家の吉本ばななからも、“寛大な処分を求める”嘆願書が出ていたのである。

 さらに情状証人では、前回も出廷した実母のほか、新潮社の担当編集者T氏も出廷。雑誌「新潮」に掲載された新作「純愛」担当者であり、この作品の日韓同時刊行を目指してふたりで作業を行っていた矢先の逮捕だったことを語った。

T氏「(逮捕は)大変驚いた。怒りすら覚えた。逮捕前日も電話で一時間打ち合わせをしたばかりでした。発売予定は今年の秋でした」
弁護人「1度ならず2度も裏切られたことになりますが、それでも証人は今後も被告人を支援すると。これはなぜですか?」
T氏「もちろん彼の才能を高く評価していますし、その才能を惜しむからです。支持されており、読者もいる」

 今回の逮捕で日韓同時刊行が保留となったにも関わらず、今後も「担当者と作家として密な連絡を取り合う」ことを約束。だが一方で逮捕前、嶽本被告のドラッグ使用を疑っており「口頭で一度、メールで二度」注意をしたことも明かした。実母は京都の実家で同居し監督することを誓った。

 07年の裁判でも証人として今後の監督を誓っていたが、同居はしていなかった。今回の逮捕を受けての本気度が伺える。嶽本被告は2人の情状証人が出廷し監督を誓ったからか、頭を垂れすぎてほぼ地面と水平状態になっている。

 被告人質問では、今回の逮捕が大きく報道されたためダメージを受けたことを語った。

弁護人「あなたは著作が映画化されるなど名前を知られていますが、逮捕を受けマスコミ報道されましたね。ネットでも?」
嶽本被告「はい」
弁護人「具体的には?」
嶽本被告「『またやったのか』、『こいつ止められないんだな』、『一生出てくるな』とか……」
弁護人「ツイッターや掲示板に?ネットニュースでも?」
嶽本被告「……はい」
弁護人「社会的に非難に晒されたんですね」

 むしろ、ネガティブなことが書かれているに違いない、今回の逮捕の報道をネット検索するとは、ダメージを受けているというより心臓が強いようにも思える。また、逮捕前は借金に苦しんでいたことも明らかになった。

弁護人「犯行に至った理由は借金だとのことですが、これは現在?」
嶽本被告「ほぼ解決した……親と相談して総額を調べて返済を済ませています」

 冒頭陳述では“取材経費に関する金銭トラブル”があったと述べられていたが、ここでの“借金”と同義かは語られなかった。いずれにしても問題は解決したと主張している。 対する検察官からの被告人質問では、嶽本被告が自宅だけでなく外出先ででも、危険ドラッグを頻繁に使用していたことを追求された。

検察官「あなた今回の逮捕直前に購入した危険ドラッグを持って上野へ行ったんですね、外でも使うんですか?」
嶽本被告「はい。博物館に行ったのでトイレ内で吸引したり、路上の人目につかないところに入って吸引したりしていました」
検察官「どうして、また制裁を受けるかもと分かっていて止められなかった?」
嶽本被告「借金問題に常に追われている感じから逃避したくて手を出してしまいました。恥ずかしいので人には相談しませんでした、できませんでした」
検察官「借金を人に相談することと、薬物で逮捕されること、どっちがはずかしい?」
嶽本被告「薬物です」

 メガネの温和そうな検察官がなかなかキツい質問を繰り出してきた。しかし、外出先のトイレ内で吸引とは恐れ入る。何らかのストレスに晒されて犯行に手を染める、というのはもはや被告人の常套句である。執筆活動でストレスに晒されることは今後あるだろうが、そのときどのようにそれを発散していくのかは語られなかった。

 弁護人は弁論で「著作が映画化されるなど著名な作家だったが、以前程売れなくなり借金により困窮していた。今回、友人らの嘆願書のほか、新潮社のT氏は証人として今後の協力と監督を誓い、彼を見出し作家活動を見守ってきた小学館の担当者も傍聴している」と、周囲の人々が寛大な処分を求めていることなどをアピールし『実刑を科すべきではない』と述べた。嶽本被告は最終陳述で「自分の事を気遣ってくれる人間のいる有り難さを実感している」と泣きながら語った。懲役2年6月が求刑され、判決は来月言い渡しの予定である。

 周囲の人間が嶽本被告の才能を評価していることが強く伝わる裁判だったが、それを理由に寛大な処分を求めるというのも筋違いな印象を受けた。かつて「被告人は字がうまい、筆圧が均一でさわやか」などと字のうまさを弁論でアピールし寛大な処分を求める弁護人がいたが、それと変わらない。

 嶽本被告が違法なものに手を染めていると気づいていながらも、仕事を続けていたT氏にも『売れれば何でもアリ』な姿勢を感じさせられた。何より嶽本被告のことを考えるなら、ここで寛大な処分など求めないのではないだろうか?

著者プロフィール

ライター

高橋ユキ

福岡県生まれ。2005年、女性4人の裁判傍聴グループ「霞っ子クラブ」を結成。著作『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』(新潮社)などを発表。近著に『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』(徳間書店)