竜王戦の名称は飛車の成り駒の竜王から取られた。ちなみに角行の成り駒は竜馬

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今ネットの世界で将棋が大いに盛り上がっている。7番勝負、一局2日制といった長丁場の棋戦の生中継に10万人を超す視聴者が見入るというような現象も起こっており、これはただ事ではない。そうした人気の棋戦の中でも、名人戦と並んで有名なのが「竜王戦」(読売新聞主催)だ。ちなみに、現在のタイトル保持者は渡辺明竜王(9期連続)。
ところで、この棋戦の名称、どうして「竜王」なのか。王将の王が入っているのは自然だが、なぜ竜の字が入っているのか。名前に同じ竜の字を持つ筆者にとって気になるところなので、日本将棋連盟に聞いてみることにした。

同連盟のホームページを参照すると、それまで「十段戦」と呼ばれていた棋戦が発展的に解消され、1988年より竜王戦がスタートしたという。だが、名称が決まった経緯は記されていない。問い合わせたところ、
「読売新聞文化部記者で、当時の将棋担当だった山田史生氏の著書『将棋名勝負の全秘話全実話』の第5章“竜王戦秘話”に詳細が掲載されています」
と教えられた。

そんな本があったとは知らなかった。早速調べてみた。すると章の小見出しにこう書いてある。
「棋神、巨星、巨人……悩みぬいた棋戦名」
まず、当時の日本将棋連盟の大山康晴会長が「名人戦に匹敵するのは“将棋所(しょうぎどころ)”しかない」と主張。
将棋所とは江戸時代の幕府の職名、文字通り、将棋をつかさどる所である。名人戦の起源が江戸時代まで遡ることから、それと張り合うには確かに適当なのかも。しかし、残念ながら時代に合わないなどの理由で却下。

候補の中でとくにユニークと思われたのが「巨人」である。いま、巨人というと漫画「進撃の巨人」をイメージする読者が多いかも知れないが、この場合は「読売巨人軍」の巨人だ。棋戦の主催が読売新聞だから、巨人戦というわけ。将棋ではなく、まるで野球の試合のようであり、これも却下された。でも今にしておもえば、渡辺明巨人と呼ぶのも「進撃の巨人」に出てくるキャラみたいに思えて、ネット上で大いに盛り上がっただろうに。実現しなかったのが残念である。

で、なかなか決まらなかった名称候補は結局、消去法で竜王が残った。そして、同書の著者が「竜王」に決める理屈を考えたのだそうだ。その理屈とは以下の通り。
1.竜は中国で皇帝のシンボル、貴いもの
2.竜は雲を起こし、雨を呼ぶ超能力を有す
3.飛車が成れば竜王、全駒の中で最強の動き
4.将棋ならではの名称、分かりやすく強そう

1と2はまぁ確かに、カッコイイ由来だと思うが、ひとつ疑問がある。それは飛車と並ぶ大駒の角行(かくぎょう)があり、それが成ると「竜馬」という名称に変わるのだ。つまり、竜馬も竜が入っている大駒なのだから選ばれても不思議ではないと思う。だが3が示すように「全駒の中で最強の動き」は竜王だからとある。

これって将棋の素人の筆者には意味が分からなかったので同連盟に質問した。
「“竜は敵陣に、馬は自陣に”という格言通り、自陣に引いた場合は竜馬の力がよく発揮されますが、原則的には山田氏の書かれている通りです」
「駒の利きで考えると分かりやすいのですが、例えば盤上の5五のマスに置くと、竜王も竜馬も20カ所に動かすことができますが、1一に置くと、竜王は17カ所ですが、竜馬は10カ所しか動けません」
そうか、動ける数が竜王のほうが多いから、最強の動きというわけか。

4番目の「将棋ならではの名称」とは、もしかしてこういうことかも。竜馬というと真っ先に浮かぶのは幕末の英雄、坂本竜馬。もし「竜馬戦」が実現したら、「坂本竜馬に関係した戦いみたいなイメージ」に受け取られる恐れがある。対して、竜王ならそのような偉人に間違えられる心配はないだろう。

筆者としてはそれでも「竜馬戦」という名称の棋戦があってもいい気がするが、あなたならどんな棋戦名がいいと思うだろうか。
(羽石竜示)

※引用文献
山田史生著『将棋名勝負の全秘話全実話』
(講談社+α文庫)