美人は不美人より、生涯で3億円の得をする。

まことしやかに囁かれる都市伝説だが、あながち嘘とは言い切れない。美味しい食事や高価なプレゼントに恵まれる機会も、美人の方がやはり多いに違いない。

麗しくも華やかでもない自身の容姿にコンプレックスを抱いていた美咲麗華は、大学時代に学年一のモテ男・平塚勇太に恋をし、あっさり失恋したことで、ある決意をする。

-“美しさ”を金で買い、人生を変えてやる-

社会人となり整形で “美人”の仲間入りを果たした麗華は、遊び慣れたハイスペ男・俊介と男女の関係に。

しかし大学時代からの親友・大山恵美を通じて初恋の彼・平塚くんとの食事に誘われた麗華は、自分を助けてくれた俊介を振り切ってまで一目散に会いに行く。

しかしその場で平塚くんに彼女がいることを知り、傷ついた麗華は再び俊介の部屋を訪れるのだった。




初めての告白


「はい、これ」

頭上から俊介の声がして、私はハッと顔を上げた。

ずぶ濡れというわけではなかったが、雨に濡れたまま突然部屋を訪れた私を、彼は嫌な顔一つせず家に上げてくれた。

「バスタオルと…着替え。男物だけど。シャワー浴びたら?風邪引くぞ」

精気を失ったようにぼんやり佇む私に、俊介は何も聞かず、ただ優しく接してくれた。

花音から庇ってくれた彼を一人店に残し、平塚くんの元へと走った私に。

「…ありがとう」

どうにか絞り出した声で呟き、バスルームへ向かおうと彼に背を向け歩き出す。すると不意に後ろから、温かな体温で体が包まれた。

「麗華、好きだ。…俺の女になってよ」

耳に流れ込む俊介の低く、甘い声は、私の心臓をキュッと締め付ける。

それは私にとって、人生で初めて経験する、男からの告白だった。

-好きだ-

その言葉が持つ魔法のような力を、私はこのとき初めて知った。

一人でどんなに足掻いても耐えきれなかった、血が滲むような失恋の痛みが、その瞬間にすっと消え去ったのだから。


思いがけない俊介からの告白に、麗華は…。そして、花音との友情はどうなる?


翌朝、銀座ブティックに出勤した私を、花音は完璧に無視した。

しかしさすがに他のスタッフまで巻き込むことはしなかったようで、私は多少の気まずさを我慢しながら、粛々と仕事に勤しんでその後をやり過ごした。

花音は、私の人生で初めてできた、美しい友人だ。

生まれながらに美貌を手にした彼女は、女である自分を楽しむ術をよく知っており、私にたくさんのことを教えてくれた。

華やかな場に私を連れ出してくれたのも、オススメの化粧品や旬のコーディネートなど “女を磨く”方法をアドバイスしてくれたのも花音だった。

似たところはなくても私たちは気が合っていたし、俊介との一件がなければ永い友情を築けていたに違いない。

そのことに対し、少なからず後悔の念はある。

しかしそれよりも、この時の私にとっては、人生で初めてできた“彼氏”の存在の方が大切だった。

…そう。私は俊介と、正式に付き合うことを決めたのだ。




女の恋は上書きできる…?


平塚くんに失恋をしたあの夜、傷心のまま訪れた俊介の部屋。

後ろから抱きしめられ、彼に耳元で「好きだ」と囁かれたとき、私の思考回路は停止した。

もちろん、平塚くんに恋い焦がれる思いが消え去ったわけじゃない。

美しい自分で彼に会いたくて、好きになってもらいたくて、整形し、メイクや仕草を研究し、ジムにも通って必死で痩せる努力だってしてきた。

彼に対する憧れは、簡単に消せるような気持ちではない。

しかし俊介に抱き寄せられ、彼の体温に包まれたとき。私は自分でも説明できない、これまでに経験したことのない衝動に突き動かされ、次の瞬間には自ら彼に抱きついていたのだ。

ただ逃げただけ、なのかもしれない。

しかしどんなに非難されようが、私はこの夜、どうしても一人になりたくなかった。一人になんてなったら、どうにかなってしまいそうだった。

行き場を失った思いをぶつけるようにして私は俊介を求め、そしてその最中、私は何度も自分に言い聞かせた。

平塚くんを忘れることはできない。彼への恋心を消し去ることもできない。

けれども俊介とこうして何度も体を重ね、心を交わらせていれば…いつか上書きすることはできるはずだ、と。

「…大丈夫?」

暗闇の中で俊介の声が聞こえハッと我に返った私は、睫毛と頬が濡れていることに気がついた。

知らないうちに、私は泣いていたようだった。

俊介に悟られぬようこっそり涙を拭い、「なんでもないよ」とむりやり明るい声を出す。

すると再び暗闇から、彼の小さく呟く声が聞こえた。

「麗華って、曲がってるんだか真っ直ぐなんだか…不思議な女」

頭も勘もいい俊介のことだから、すべてお見通しだったのかもしれない。

しかし彼はそれ以上何も聞かず、ただ優しく頭を撫でてくれた。


俊介と付き合い始めた麗華。しかし、ひょんなきっかけで“ありえない”事実を知ってしまう


俊介と私の交際は、意外にも順調だった。

彼は私のことを「曲がってるんだか真っ直ぐなんだかわからない」と評したが、それは俊介もまったく同じで、一見捻くれて見えるのに、極端にピュアな側面もあったりする。

私が誕生日を迎えた時など、急にサプライズで銀座ブティックにやってきて「どれでも好きなものを買ってやる」などと言い出すから本当に慌てた。

「あの人、麗華の彼氏?めちゃくちゃカッコ良くない!?」
「どれでも好きなの選べ、なんて羨ましすぎる!」

バックルームに戻った後、同僚たちはキャーキャー言いながら私を囲み、質問責めにした。

こういう“女たちの恋バナトーク”を、私はこれまでずっと部外者として、輪の外から眺めて続けてきた。

それがまさか自分が、輪の中心になる日が来るなんて。とはいえ女たちから羨望の眼差しを浴びるのは、正直、とても心地よいものだった。

そんな私を花音だけは遠くから冷めた目で見つめていたが、彼女はもはや、俊介のことなどどうでも良いらしい。

というのも花音は、入社当時からずっと希望していた本社への異動がついに聞き入れられたとかで、早々に銀座ブティックを離れるらしいと噂されていた。

短い人でも3年、長ければ10年以上も販売員を続けるのが通例の会社で、2年目での本社異動は大抜擢だ。

そしてその噂は、間もなく現実のものとなった。


聞き流せなかった名前


花音の広報部への異動が正式にアナウンスされた日、私たちはお祝いと称し、仕事終わりに『ビストロ・マルクス』で乾杯をした。

俊介の一件で疎遠にはなってしまったが、彼女の仕事への取り組み方は私から見ても素晴らしいもので、販売実績もトップクラス。

抜け駆けするように本社異動が決まっても、周囲を納得させるだけの存在感があった。

「花音、おめでとう」
「広報部なんて素敵!さすがだわ」

同僚たちからの祝福の言葉に、花音も嬉しそうに破顔している。

銀座の夜景を見下ろすテラス席でシャンパンを傾ける彼女に、私は少し離れた席から小さく「おめでとう」と声をかけた。

しかし、次の瞬間。私は、花音が何気なく口にした“ある名前”に、ようやく渇き始めていた傷を再び抉られてしまう。

「ありがとう。実は広報部にね、尊敬している大学の先輩がいるの。私がこの会社に入るきっかけをくれた人。“さゆりさん”って言うんだけど。ずっと一緒に働きたかったから嬉しくって!」

広報部の、さゆりさん…?

-実は俺の彼女も、美咲さんと同じジュエリーブランドで働いてるんだ。広報部の岸さゆりって知らないかな?-

あの日。平塚くんから初めて食事に誘われた夜。浮かれる私を容赦なく傷つけた平塚くんのセリフを、私は再び思い出してしまったのだ。

「ね…ねぇ、花音。その…さゆりさんって、どんな人なの?」

もうずいぶん長い間、会話という会話もしていなかったのに、私は思わず花音に問いかけていた。

急に声をあげた私に花音は一瞬、怪訝な顔をした。しかし祝いの席で、私への嫌悪より気分の高揚が勝ったのだろう。

「どんな人って…あ、写真があるわ」

そう言いながら彼女はカメラロールを検索してくれ、しばらくすると「あった」と小さく呟いた。

私は震えそうになる手を懸命に抑え、彼女からスマホを受け取る。

そして、息をするのも忘れ、画面に視線を落とした。

…初めて見る、“岸さゆり”の顔。平塚くんの、彼女の顔。

そのビジュアルは…私の想像とは、まるで違っていた。

▶NEXT:11月8日 木曜更新予定
再び思い出す、失恋の痛手。平塚くんの彼女は、どんな女性だったのか?