年内に米朝首脳会談が開かれる方向だが。写真は10月7日に会談した金正恩朝鮮労働党委員長とマイク・ポンペオ国務長官(写真:KCNA /REUTERS)

非核化をめぐる米朝交渉が膠着状態を続けている中で、夏以降、北朝鮮がアメリカに対して盛んに「終戦宣言」の合意を求めている。「宣言」自体は朝鮮戦争以降、今日に至るまで「休戦状態」にある米朝関係を「終戦」にするという文書にすぎない。

これに対しアメリカは、北朝鮮が核兵器や大陸間弾道ミサイル(ICBM)のリストを提出し国際機関の査察を受け入れ廃棄の計画を打ち出すことのほうが先だと主張し、表向きは突っぱねている。また、アメリカの保守派や日本政府は、「終戦宣言」合意は在韓米軍撤退や国連軍司令部の解体につながり、北東アジア地域全体を不安定にしかねないとして強く反対している。

ところが、北朝鮮が終戦宣言になぜこれほどこだわるのかという、肝心なことがよくわからない。にもかかわらず反対派が大騒ぎをするという奇妙な状況が続いているのだ。韓国の統一部は「終戦宣言」について、「戦争を終わらせ相互の敵対関係を解消させようという交戦当事国間の共同の意思表明」と定義している。つまりは単なる政治文書なのである。

「終戦宣言」は法的には何ら強制力を持たない

外交の世界には多くの有名な「宣言」がある。日本に無条件降伏を求めた「ポツダム宣言」、日本とソビエト連邦の国交正常化を実現した「日ソ共同宣言」などはよく知られている。最近では2002年に小泉純一郎首相が平壌を訪問して当時の金正日(キム・ジョンイル)総書記と交わした「平壌宣言」がある。

「日ソ共同宣言」や「平壌宣言」は実務家によって細部が詰められており、単なる「政治文書」とは異なる実質的な意味を持っている。「日ソ共同宣言」に至っては日ソ両国の議会が承認しており、条約と同じ効力を持っている。

それに対し「終戦宣言」はかなり軽いもののようだ。米朝両国に熱心に働きかけている韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領も「政治的な宣言」であり、そこから平和協定締結に向けた交渉が始まると位置づけている。

では、「終戦宣言」で何が変わるのか。文大統領は「平和協定は完全な非核化が達成される最終段階で成立する。その時までは既存の休戦体制は維持される。(終戦宣言をしても)国連軍司令部の地位や在韓米軍の駐留の必要性についてはまったく影響がない」と明言している。さらには「この点については、金正恩(キム・ジョンウン)委員長も同意した」とも述べている。

つまり、「終戦宣言」はアメリカと北朝鮮が「もはや戦争は終わった」という意思を表明する政治的文書であり、両国政府の批准や議会の承認などの手続きを伴うものではないようだ。ゆえに法律的には何の強制力を持つものではない。

文大統領が指摘するように、北朝鮮の非核化やミサイル廃棄が十分進まない中で、国連軍司令部の解体や在韓米軍の縮小あるいは撤退は、現実問題としても無理な話である。また、北朝鮮に対する国連安全保障理事会の経済制裁の緩和も、核問題で実質的な前進がないかぎりありえないのである。

米朝が「終戦宣言」に合意しても、半島の軍事情勢や国連の経済制裁など北朝鮮を取り巻く環境が変わる可能性はほとんどない。したがって北朝鮮が最も強く求めている「体制の保証」にもつながらないのである。

それでも「終戦宣言」に強くこだわる理由とは?

にもかかわらず北朝鮮はなぜ、「終戦宣言」に強くこだわっているのか。ここからは例によって、断片的な情報を基に推測するしかない。

朝鮮半島の「休戦」を「終戦」にしようという話は、過去に何度も登場している。今年に入ってからは4月の南北首脳会談の「板門店宣言」に、「今年中に終戦を宣言し、休戦協定を平和協定に転換し、恒久的で強固な平和体制を構築するため、南北米3者、または南北米中4者会談の開催を積極的に推進していく」というストーリーが描かれていた。

その後は動きが止まり、8月下旬にはアメリカのマイク・ポンペオ国務長官の訪朝が急遽、中止となった。9月に入ると南北間の動きが活発化し、9月18日に南北首脳会談が行われた。それがきっかけとなって米朝も動き出し、年内に2度目の米朝首脳会談が行われる方向となった。米朝交渉が進み始めたのと同じころ、北朝鮮が「終戦宣言」を前面に出してきたのだ。

9月初めには北朝鮮外務省幹部の小論文がネット上の北朝鮮の公式なページに掲載された。そこでは、米朝間の敵対関係は世紀をまたいで、できており、解決することは極めて難しく時間がかかるが、信頼醸成のためには、終戦の宣言が最初にできることだ、としている。そのうえで「当事国の政治的意志さえあるなら、いくらでも可能な終戦宣言から採択して戦争状態を終わらせることが合理的だ」と論じている。手始めに「終戦宣言」からやろうと言っているように読み取ることができる。

9月下旬には朝鮮労働党の機関紙「労働新聞」が、「アメリカは自らが公約した終戦宣言の宣布をはじめ信頼醸成の意志は示さず、先核放棄(核廃棄を優先する)の主張に固執している」とアメリカへの批判を展開した。しかし、ドナルド・トランプ大統領を直接、批判することを巧みに避けて、「アメリカの保守勢力はシンガポール首脳会談の成果をおとしめ、トランプ行政府を守勢に追い込もうとしている」と、米朝協議の進展を歓迎しない保守勢力に矛先を向けた。

北朝鮮が「終戦宣言」にこだわりだした理由について、「終戦宣言」に否定的なアメリカの保守派、あるいは日本の外務省や専門家の多くは、自分たちは実質的に何も譲歩しないでアメリカから取れるものを取ってしまうという北朝鮮の伝統的外交手法の表れとみている。

「終戦宣言」に合意すれば、次は「平和協定」、さらに米朝国交正常化を求めてくる。その過程で国連軍司令部解体や在韓米軍の撤退、あるいは国連制裁の緩和や解除も要求してくる。一方で自分たちの核兵器やミサイルの廃棄は、一部施設の破壊などわずかな対応を見せるだけで本質的な対応はしない――というのが彼らの見立てである。

ゆえにアメリカが「終戦宣言」に応じることは、アメリカにも日本にも何のメリットもないというのだ。そしてトランプ大統領と文在寅大統領が「終戦宣言」に積極的な姿勢を見せていることを不安視している。

北朝鮮専門家の見方は異なる

過去の北朝鮮の対応を振り返ると、こうした分析が出てくるのは当然だろう。しかし、アメリカは過去の失敗に懲りて、核・ミサイルの廃棄に向けた北朝鮮の具体的な行動がないかぎり、見返りを与えるつもりはなさそうだ。まして国連軍司令部解体や在韓米軍の撤退などは、北朝鮮との2国間の話し合いだけで決められるものではない。宣言に同意すると、その後は北朝鮮ペースで物事が進みかねないという保守派の懸念は、いささか大げさすぎるように思える。

一方、北朝鮮専門家などから出ている見方は正反対である。

金正恩委員長は本気で北朝鮮経済を発展させたいと考えており、そのためにはアメリカとの関係改善だけでなく、国連制裁の解除、あるいは多くの国との貿易促進や投資の呼び込みなどを必要としている。

それを実現するには核・ミサイル問題の解決は避けて通れない。父親の金正日総書記がやったような主要国をだまし続けながらのある種の瀬戸際政策は、根本的な解決にはならないから、大胆な路線転換が不可欠だ。4月の党中央委員会総会でこれまでの「核開発と経済発展の並進路線」を修正し、経済発展を重視するという方針を打ち出したのも、そうした考えの表れとみている。

しかし、長年、経済発展を犠牲にしてまで続けてきた核兵器やミサイルの開発を廃棄するとなると、軍部をはじめ権力内の保守派、あるいは北朝鮮内の既得権益層の反発は相当のものになることが予想される。

6月の米朝首脳会談で華々しい合意を世界に見せた後、金正恩委員長の前向きな動きが止まってしまったのも、国内の反発が強かったからではないかという分析も出ている。そこで国内保守派に対する説得材料として「終戦宣言」が浮上してきたのではないか、というのがもう一方の見方である。

北朝鮮では、親子3代にわたる70年余り、アメリカを批判し続け、アメリカを倒すことが国家目標であると国民を教育し続けてきた。そんな政策を短時間で180度、変えてしまうのであるから、いくら金正恩委員長が冷徹な独裁者であっても、よほどの説得材料がなければ、政権内は大混乱するだけだろう。

あとはトランプ大統領がどう判断するか

この立場に立って北朝鮮が発したメッセージをあらためて読み返すと、米朝間の信頼醸成のために、手始めに「終戦宣言」をやろうと呼びかけているようにも読める。

また「終戦宣言」を、アメリカが北朝鮮問題を本気で考えていることの根拠として国内保守派を抑えて、非核化に向けた具体的な行動に踏み切ろうとしているという分析もある。「アメリカ国内の保守勢力がトランプ行政府を守勢に追い込んでいる」という「労働新聞」の文章は、そのまま北朝鮮の状況を表しているようにも見える。

もちろんこの分析が的を射ているかどうかはわからない。しかし、米朝交渉でカードを多く持っているのは明らかにアメリカのほうである。「終戦宣言」で北朝鮮の本気度を確かめることをしても、アメリカが失うものはほとんどない。

あとはトランプ大統領がどう判断するかだろう。そして、金正恩委員長がどこまで経済発展を重視するとともに非核化を真剣に考えているかということも遠からずわかるだろう。