自民党総裁選で3選された安倍晋三首相は、9月23日に米ニューヨークに向かい「国連外交」を展開して28日、帰国した。米国滞在の締めくくりとして26日(日本時間27日朝)、内外記者会見に臨んだ安倍氏は、内閣改造を10月2日に行い麻生太郎副総理兼財務相、菅義偉官房長官ら骨格を維持する考えを語った。麻生氏らの留任は大方の予想通りではあるが、外国で、外国メディアも集まった場所で発信するニュースとはとても思えない。ドメスティックな話をニューヨークで発信した理由は何だったのか――。
日本時間9月27日朝、内外記者会見する安倍首相(写真=AFP/時事通信フォト)

■「10月2日に党役員人事・内閣改造を行います」と表明

日本時間の9月27日午前7時過ぎ。安倍氏の記者会見はNHKで生中継されたので、見た人も多いだろう。

「今年も世界のリーダーたちが集まるここニューヨークにやってきました」と切り出した安倍氏は、日米首脳会談の成果や北朝鮮による拉致問題の解決への決意を語り、最後に「10月2日に党役員人事・内閣改造を行います。日本の新たな国づくりに向けて力強いスタートを切りたい」と語り冒頭発言を結んだ。その後、記者との質疑に移った。

この会見の数時間前、安倍氏はトランプ米大統領と会談。関税交渉について新しい枠組み「日米物品貿易協定(TAG)」の協議に入ることで合意していた。日本政府はこれまで、日米2国間による自由貿易協定(FTA)の交渉入りだけは回避したいとしていた。一方的に米国への譲歩を迫られる展開になりかねないからだ。

日本政府は「TAGはFTAとは別のもの」と強調する。しかし会談後、AP通信は「日米はFTA交渉入りで合意」と速報を世界に発信している。

どちらが正しいか。安倍氏の会見は本来ならこの1点に集中してもおかしくなかった。

最初の質問者が2問聞いた。1つ目は当然ながら日米首脳会談の受け止め。つけ加える形で人事の見通しを聞いた。安倍氏は「(TAGは)包括的なFTAとは全く違う」などと政府の立場を説明はしたが、むしろ回答には改造人事の方に時間を割いて答えた。そこで出た発言が「菅義偉官房長官、西村康稔、野上浩太郎の両副長官、麻生副総理にもしっかりと支えていただきたい」だった。

■外国での会見で改造人事が発信されるのは珍しい

麻生氏の留任は、問題が大きい。「森友問題」にかかわる文書改ざんや次官のセクハラ問題で説明責任を十分果たさず、管理責任も取っていない麻生氏が改造後も続投することに違和感を持つ国民は少なくないだろう。だが、この原稿では、その点には深入りせず、あくまで「なぜこの日語ったのか」を考えたい。

内外記者会見は本来、首相の外遊を総括して行われるもの。日本メディアだけでなく外国プレスも参加する。当然その外交問題が主議題になる。

国内問題も質問に及ぶこともたまにはあるが、往々にして「帰国後、考えたい」などつれない回答にとどめることが多い。今回のように具体的な人事に言及することは、珍しい。

このことについて安倍氏ともつきあいのある自民党議員の1人は苦笑いしながら明かす。

「日米首脳会談で、貿易問題についてトランプ大統領から相当やり込められたのだろう。それをそらすために、人事の話題を提供したのではないか。安倍氏の常とう手段だ」

マスコミの関心を日米首脳会談からずらすため、閣僚人事でニュースを意図的に発信したというのだ。

■安倍首相が国会などで駆使する「ご飯論法」

マスコミはこの会見をどう報じたか。一報を知らせる27日夕刊は、各紙一斉に日米首脳会談で物品貿易協定の交渉入りを1面トップで報じたが、それに続く扱いで「麻生氏の続投明言」(朝日)、「麻生・菅氏ら留任」(毎日)、「首相『2日に内閣改造』」(読売)、「来月2日に内閣改造 首相表明、麻生・菅氏は留任」(日経)と1面で改造情報を報じている。

人事についての発信がなければ、この部分も貿易関係の解説記事が載っていたであろうことは想像に難くない。そういう意味で、安倍氏の発信は効果があったということになる。

翌日朝刊では、政権に批判的な朝日新聞や東京新聞が、一連の不祥事の責任を取らずに麻生氏が留任することの問題点を指摘する記事を載せている。政権にとってありがたい記事ではないが、それでも、貿易問題で米国に押し込まれた記事ばかり並ぶよりは「まし」なのではある。

安倍氏は国会などで「ご飯論法」を駆使すると言われる。「朝ご飯を食べましたか」と聞かれた時、「ご飯は食べてません(パンは食べています)」というような回答で追及をかわす手法だ。人事の情報を出して貿易問題の追及をかわすのは「ご飯論法」の発想と似ているともいえる。

■日本の政治メディアは政局や人事ばかり

日本の政治記者は、権力闘争などの政局や人事ばかりを追いかけ、外交や政策問題については弱いと指摘されて久しい。ニューヨークで行われた内外記者会見と、その報道ぶりをみていると、日本の政治メディアの問題は引き続き残っているようだ。そして安倍氏はそこを巧みに利用している。

安倍氏の首相在職日数は、憲政史上最長も射程に入りつつある。その長期政権を支えているのは、安倍氏に操られている日本のメディアでもあるのかもしれない。

(プレジデントオンライン編集部 写真=AFP/時事通信フォト)