4月からTBSラジオでスタートした平日夜18〜21時の番組『アフター6ジャンクション』にはヒップホップグループ「RHYMESTER」のメンバー・宇多丸さんと、日替わりで人気アナウンサーが出演。65年以上続いた野球中継から撤退してまで枠を取り、若手リスナー獲得に向け攻勢をかけている(撮影:梅谷秀司)

「えー、メールが来ております。設楽さん、三村さん。こんばんは」「三村さん、いねーよっ!!」

東京・赤坂にあるTBSラジオのスタジオ。日付も変わった深夜の時間帯で、『JUNK バナナマンのバナナムーンGOLD』(毎週金曜)の生放送が行われていた。お笑いコンビ・バナナマンの設楽統さんがリスナーのとぼけたメールを読み上げ、コンビを組む日村勇紀さんが間髪入れずにツッコむという“茶番劇”がこの日も繰り広げられた。

2017年のテレビ番組出演本数ランキング1位を獲得し、「日本で最も忙しい芸能人」と呼ばれる設楽さんを擁するバナナマン。だが彼らが8年以上にわたって毎週深夜2時間の生放送を繰り広げているのは、テレビではなく「ラジオ」の冠番組である。

若者のラジオ離れと裏腹に意外な健闘

バナナマンの番組を放送するTBSラジオは、聴取率で首都圏トップを走る。2018年6月の首都圏聴取率調査(ビデオリサーチ調べ)によれば、TBSラジオ(0.9%、AM)、J-WAVE(0.7%、FM)、NACK5(0.6%、FM)、ニッポン放送(0.6%、AM)、TOKYO FM(0.5%、FM)、文化放送(0.5%、AM)という並びだ。一般的に、音質が担保されるFM局は音楽番組、AM局はトーク番組に強みを持っている。


そんなラジオの業界は決して安泰とはいえない状況だ。ラジオ全局個人聴取率は長らく6%台前後の水準を維持してきたが、2017年以降は5%台から抜け出せずにいる。

深刻なのが、「若者のラジオ離れ」だ。NHKの全国個人視聴率調査によれば、13〜19歳の週間接触者率は1975年の66%から2015年にかけて13%へと低下。一方、60歳以上は37%から52%へと上昇。音楽を気軽に聴く手段が広がり、若者が離れたのだ。TBSラジオの強さの要因は、高齢リスナーを囲い込んでいることにある。


だが、ラジオ業界は“復権”の望みを捨てていない。大手広告代理店・電通の統計によれば、マスコミ4媒体(新聞、雑誌、ラジオ、テレビ)全体の広告費が3年連続で減少する中、ラジオ広告費だけは2年連続でわずかながらプラス成長と健闘を見せているのだ。一体何が起きているのか。

ラジオ広告費増加の要因の一つには、スマホの存在がある。2010年に始まった、ラジオをネット上で同時配信するサービス「radiko.jp(ラジコ・ドット・ジェーピー)」のスマホアプリの利用者数は近年着実に増えている。調査会社ニールセンによれば、直近2年間で4割近く伸び、今年6月時点では約550万人に達した。ただradiko社の坂谷温・業務推進室長は、「この数字に満足してはいない」という。スマホの普及度合いに比べると、利用者数を増やす余地はまだまだあるのだ。


そこでここ数年、従来のradikoにはなかった新機能の提供を始めている。月額350円で日本中のラジオ局を聴ける「エリアフリー」機能(2014年4月)や、オンエア後の番組を放送後1週間以内はいつでも無料で聴ける「タイムフリー」機能(2016年10月)だ。特にタイムフリーの開始以降は、減少傾向にあった利用者数が再び上昇トレンドに入った。


「radiko.jp」のアプリ画面。左から通常の地域内放送局の生放送、オンエア後の番組を聴ける「タイムフリー」、日本中のラジオ局を有料(月額350円)で聴ける「エリアフリー」(写真:radiko.jpアプリ画面をキャプチャ)

7月24日からは、これまでradiko社が蓄積してきた聴取ログやアプリ利用履歴、プレミアム会員データを生かし、リスナーの属性に合ったCMを流すターゲティング広告モデル「ラジコオーディオアド」の実証実験が始まった。radikoは全国のラジオ各局や電通、博報堂DYメディアパートナーズ、アサツーディ・ケイといった広告会社が出資しており、収益モデルが確立できればラジオ局も恩恵を受けられる。

スマートスピーカー登場が追い風に

「OKグーグル、J-WAVEをかけて」「はい、radikoからJ-WAVEをストリーミングします」


「グーグルホーム」などのスマートスピーカーでは、話しかけるだけでradikoをすぐ聴くことができる(撮影:今井康一)

radikoが聴けるのはスマホだけではない。ラジオ広告費が伸びたもう一つの要因でもあるのが、スマートスピーカーである。昨年10月に発売された「グーグルホーム」では、話しかけるだけで簡単に“チューニング”できる。日本ではスマートスピーカーの購入意向率が9.4%とまだ低いが(ビデオリサーチインタラクティブ社調べ)、今後普及が進めば、ラジオ各局にとっては間違いなく追い風となる。

実際、米アマゾンが展開するスピーカー「アマゾン・エコー」の日本における人気スキル(機能)を見ると、radikoがトップなのだ。前出のradiko社・坂谷氏によれば、「スマートスピーカーでよく聴かれているのは午前6〜7時台という朝の身支度している時間帯。これはラジオ受信機が家庭にあった時代の聴かれ方だ。リビングルームにラジオが戻ってくるかもしれない」と期待する。

「コンテンツさえ良ければ人は集まってくる」。ラジオ局関係者からは一様にこんな声が聞かれる。J-WAVEの神田竜也・取締役編成局長は、「コンテンツの質は大前提。世の中にこれだけ良いコンテンツがあふれているのに、それだけでは不十分。いかに(ラジオのことを)知ってもらうかが重要」と指摘する。その意味でradikoへの期待は大きい。広告費の動きもその現れといえる。

とはいえ、スマホという空間は競合するコンテンツであふれている。いくらradikoでユーザーを集められても、結局はコンテンツの質が担保されなければつなぎ留めることはできない。

独自色出そうともがくラジオ各局

独自性を強く打ち出すのが、文化放送だ。「A&G(アニメアンドゲーム)」と呼ぶ戦略を展開し、アニメやゲームのファンの取り込みに力を入れる。夜の時間帯の編成を「A&Gゾーン」として人気声優の番組で固めているのだ。さらには「超!A&G+」という、アニメとゲームに特化したネットラジオも毎日ほぼ終日放送。必要なリソースは2倍になるが、この戦略は「利益貢献している」(関根英生・編成制作部長)という。


文化放送はアニメ・ゲーム関連のコンテンツを充実させている(写真:文化放送)

このようなターゲットを絞った番組展開に関しては、J-WAVEの神田氏も「ラジオは対象を絞らないとダメ」と強調。TBSラジオの門田庄司編成部長は自局の風土を「個性のぶつかりあい」と、同社編成部の野上知弘氏は「番組それぞれにファンがいる。その集合体がTBSラジオだ」と言い、聴取率トップの自信を見せる。

ラジオ各局はradikoからデータ提供を受け、どんなリスナーがどんな番組を聴くのか・聴かないのかという聴取動向が「見える化」できるようになった。ここ数年はニッポン放送の『オールナイトニッポン』に俳優の菅田将暉さんやアーティストの星野源さんがパーソナリティとして参加。TBSラジオは長年続けてきた野球中継から撤退し、若者向けの帯番組をスタートさせるなど、各局の活発な編成見直しも見受けられる。

一方で「音声コンテンツすべてのリーディングカンパニーになりたい」と息巻くのは、TOKYO FMを運営するエフエム東京の森田太・執行役員編成制作局長。実際、TOKYO FMは全国39のFM局と協力し、今年4月から「WIZ RADIO」というスマホ聴取アプリの配信を開始した。無料でエリアフリーの機能を利用できる。

生放送そのものだけでなく、放送された楽曲を試聴できたり、番組のポッドキャストやオリジナルコンテンツも聴けたりする。radikoに先んじてターゲティング広告機能を搭載したことも特徴だ。「ラジオというくくりで一緒くたにされては困る」という意思の現れかもしれない。

競合する音声コンテンツが勃興

もちろん、音声コンテンツはラジオだけではない。スマートスピーカーの登場で注目度が高まったのが、“声のブログ”とも呼ばれる新興ボイスメディア「Voicy(ボイシー)」。2016年9月からサービスを提供している。ラジオの新たな競合となる可能性がある一方、学べることも少なくなさそうだ。


「Voicy」にはタレントなど幅広い発信者が投稿している(画像:Voicyアプリ画面をキャプチャ)

ボイシーは実績のあるキャリアコンサルタントから大人気テレビ番組のディレクター、二児を持つ小児科医、美容業界で働くワーキングマザーといったパーソナリティをオーディションで選び、チャンネルを無料で開設する。

最近はインフルエンサーや著名な起業家も名を連ねる。緒方憲太郎社長は「スペシャリストの話を聞きたい人は絶対にいる」と話す。ラジオ以上にニッチな需要に応えられる可能性を秘める。

スマホとスマートスピーカーは、ラジオにとって新たな市場を作った。台頭してきた新たな音声コンテンツとの競争の中で自らを磨き挙げ、再び若者に振り向いてもらえるか。真価が問われるのはまさにこれからだ。