子供は凍傷に 中国"ストーブ撤去"の背景

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経済成長が続く中国中国政府は2020年の実質GDPを2010年比で2倍にする計画だ。その一方、地方では歪みも出ている。「脱石炭」を進めるため、ある地方の小学校では「石炭ストーブ」が強制撤去され、小学生が凍傷になったという。習近平総書記の「一強体制」はどうなるのか――。

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▼2018年を読む3つのポイント
中国経済は減速するものの、持続可能な成長ペースにソフトランディング
・消費市場の立ち上がり、育成分野への政策支援、成長重視姿勢の堅持、の3点が下支え
習近平一強体制は、経済構造改革の推進力になる半面、政策運営を誤っても修正がきかないリスクが懸念

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■2期目の習政権は景気を減速させる

2018年の中国経済の行方には世界の注目が集まる。17年は中国経済の回復が世界経済の緩やかな回復をけん引してきたからだ。共産党大会を乗り切り権力基盤をより強固なものにした習近平政権が、どのようなかじ取りをするかがカギを握っている。

結論を先に言えば、18年の中国経済は、2期目に入った習近平政権が改革姿勢を強めることにより、景気は減速傾向をたどると予想される。この背景として、中長期的に中国経済を発展させるためには、企業の過剰債務や過剰設備など、これまでの高成長路線で生じた問題の解決が待ったなしになっていることが挙げられる。

2017年10月の「政治報告」でも、国有企業、行財政、金融システムといった諸改革を加速させ、中国経済の競争力を強化することが掲げられた(図表1)。権力を集中させた第2次習政権は、リストラなどの痛みを伴う構造改革を断行し、目に見えた成果を出す意向とみられる。なお、17年の第19回共産党大会において規約が改正され、「習近平の新時代の中国の特色ある社会主義思想」が堅持すべき指導思想と位置付けられた意味は大きい。これにより、習近平総書記の進めたい改革や政策は、すべて指導思想に沿ったものとみなされ、強い抵抗が予想される改革も前進させやすくなった。

とはいえ、やみくもに改革を推し進め、景気が失速する展開にはならないと予想される。それは、(1)消費市場の立ち上がり、(2)育成分野への政策支援、(3)成長重視姿勢の堅持、の3点が見込まれるからである。以下、具体的にみていく。

■景気拡大の主役が投資から消費に

第1は、家計の所得環境の改善で、個人消費の景気牽引力が高まっていくことである。企業業績の回復や人材確保のための賃上げなどを背景に、都市家計の可処分所得は2017年に入り増勢が高まっている(図表2)。逆に、これまでの高成長を主導してきた固定資産投資の増勢は鈍化しており、景気拡大の主役が投資から消費にバトンタッチしつつある。実際、GDP(国内総生産)に占める個人消費の割合は2011年から緩やかな上昇傾向を続けている。

個人消費をかき立てているのがインターネット販売である。2017年11月11日の「独身の日セール」では、最大手のアリババ1社だけで当日の販売額が1683億元(3兆円弱)にも上り、その規模の大きさや拡大のペースが大きな話題となった。こうしたイベント時の販売だけでなく、ネット販売は高い伸びを続けており、小売売上高全体の堅調な拡大を牽引している。13億人にものぼる膨大な人口も勘案しても、中国の消費市場は、今後も底堅い拡大を続けることが期待される。

第2は、産業競争力の強化や国民の生活水準向上など、必要な分野においては、政策支援を続けることである。

例えば、2017年9月30日、中国人民銀行は、中小零細企業や農業、貧困世帯などへの貸し出しを増やしている金融機関に対して、預金準備率を引き下げると発表した。金融政策では総じて引き締めスタンスを強めているが、消費の底上げや産業競争力の強化に役立つ分野に限っては、緩和スタンスを続けているといえる。

さらに、12月1日より、乳幼児用おむつや洗浄便座など187品目の輸入関税が引き下げられた。今回引き下げ対象となった商品の多くは、消費者のニーズに国産品が十分対応しきれず、海外旅行時のお土産として「爆買い」されているものである。こうした現状を踏まえ、輸入コストを下げて、国内で商品を買いやすくする狙いがうかがえる。

また、民間の固定資産投資は総じて抑制方向にあるものの、インフラについては着実に整備する方針である。道路や鉄道などに加え、情報および物流網の整備・強化が党大会の「政治報告」でも盛り込まれている。新規プロジェクトの承認等を通じて、インフラ投資が大幅に落ち込まないよう措置も講じられている。そのほか、企業向け税・社会保障負担の軽減のように、競争力強化を意図した取り組みも続いている。

第3に、政府の基本姿勢として、成長重視の姿勢を維持していることである。過度な引き締め策を実行し、改革を拙速に進めれば、経済は失速し、中国社会が大混乱に陥りかねない。習近平政権としても、そうしたリスクを冒してまで、引き締めを強化し、改革を進める意向はないであろう。改革の推進はあくまで安定成長が前提である。

とりわけ、「小康社会」(いくらかゆとりのある状態の社会)を2020年までに実現し、結党100周年に当たる2021年を祝賀ムードで迎えることは、共産党指導部にとって 至上命令である。その「小康社会」の主要目標の一つが、2020年の実質GDPを2010年の2倍の規模に増やすというものである。

中国政府が許容できる成長率下限は6%台の前半

このGDP倍増目標を実現するには、2017〜20年の平均成長率が6.45%を維持することが必要である。つまり、中国政府が許容できる成長率の下限は、せいぜい6%台の前半とみることができる。成長目標を達成できないと判断すれば、習政権は改革のテンポを遅らせ、景気てこ入れ策を追加してでもGDP倍増を優先させるとみられる。

第19回共産党大会では、経済成長に関する具体的な数値目標が示されず、GDP倍増についても直接の言及はなかった。そのため、習政権は成長重視路線から決別したとの見方もある。しかし、経済体質の強化を優先し、高成長を追求しないと決断したのであれば、党大会で目標の放棄を明言したであろう。他方、「小康社会」の全面実現には言及しているため、習政権の成長重視姿勢は続いていると判断できる。

以上より、2018年の成長率は低下するものの、2012年以降のトレンドに沿った緩やかな減速にとどまると予想される(図表3)。

■一強体制がもたらす景気下振れリスク

このように、習近平総書記の強力なリーダーシップの下で成長と改革が両立するというのがメインシナリオである。強大な権力を手に入れた習政権は、望ましい中国経済の実現に向けて、実体経済をコントロールしていくであろう。

もっとも、習近平一強体制の出現は、不安要素も生み出している。

一つは、政策判断が遅れるリスクである。今後、習近平総書記が経済運営に関して直接決定を下す機会が増えるとみられる。しかし、外交や軍に加え、経済運営についても、習近平総書記の指示を逐一仰ぐようになれば、事態の急変に追いつかず、経済政策を調整・転換するタイミングを逸するケースが起こりかねない。

いま一つは、誤った判断に基づく政策が実施されるリスクである。第1次習政権までの集団指導体制においては、経済政策をめぐる意見の相違や方針への反論が指導部内で許容されていた。こうしたやり方は、調整に手間取り、実行のスピードが遅くなるというデメリットを持つ半面、すり合わせによる政策の修正が図られることで、暴走に至るリスクが小さいというメリットもあった。ところが、一強体制化が進み、習氏の方針に異を唱えにくくなったため、政権内部でチェックする仕組みが機能せず、経済運営が誤った方向に向かっても歯止めをかけるのが難しくなった。

さらに、地方政府が中央から指示された成果を出せないことを恐れるあまり、帳尻を合わせるために不適切な政策対応がとられるリスクも懸念される。

ひとつ例を挙げよう。習政権は目下、大気汚染問題の早期解決に向け、エネルギー利用において石炭から天然ガス・電気への転換を図っている。その一環として、石炭ストーブの撤去が実施されている。ところが、河北省のある地方の小学校では、非石炭暖房設備の設置工事が間に合わないにもかかわらず、石炭ストーブを撤去し、寒さで生徒が凍傷にかかったと中国メディアも批判的に報じた。

地方政府が上からの指示通りに石炭ストーブを撤去することばかりに集中し、本来最も重視すべき子供の健康を後回しにしたのである。これは、レアケースかもしれないが、習政権が改革を強引に進めるほど、他のマクロ経済政策でも同様の問題が起きる可能性は高くなる。

このように一強体制は、安定成長下で改革を進展させる原動力となる半面、対応の遅れや誤った政策判断などによる景気押し下げのリスクも伴う。中国経済の成長持続にとって、一強体制はまさに両刃の剣といえよう。

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佐野淳也(さの・じゅんや)
日本総合研究所調査部主任研究員
1971年(昭和46年)生まれ。1996年(平成8年)慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。同年 さくら総合研究所(現日本総合研究所)に入社、現在まで主として中国を担当。研究分野は中国経済に関する政策決定過程。執筆レポートは、「党大会後の中国経済をどうみるか」(日本総研『リサーチ・フォーカス』No.2017-025)など。

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(日本総合研究所調査部主任研究員 佐野 淳也)