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 日本サッカー協会とJリーグによる育成年代の強化を目的とした協働プログラム(JJP)によってアンデルレヒト(ベルギー)に渡った坪倉進弥氏の経験は、まだわずか4カ月だというのに相当濃いものとなっていた。年齢と経験を経てからの異文化経験も、若い頃のそれとは違った意味で、意義深いものとなりうるのだと、あらためて感じられる。


去年11月の国際大会に出場したアンデルレヒトの下部チーム。育成には定評がある

――1年間の研修中にはいろいろなことがありそうですね。

「4ヵ月でもいろいろ感じます。『日本と世界の差は?』と聞かれても全くわからないですよ。基本的に『日本とベルギーの違いは?』というように、あまりしょっちゅう比べないように意識しているんです」

――なぜですか?

「日本で培ってきた基準ではなく、新たにサッカー指導者を始めた感覚で、先入観を持たないようにしているんです。あ、これはいいな、これはどうなのかなと感じたら、それをひたすら考えるようにしています。どうして僕の中でいいと感じたのかなどと、考え続けるんです。考え続けて自分が導いた答えを、こちらのコーチに当てたり、『あの練習の狙いはどうだったのですか』と聞いたりするんです。するとやっぱり一致することもあれば、そうだったのかということもある。あとは、同じ質問を複数のコーチにするということは意図的にやっています」


アンデルレヒト(ベルギー)に1年間、派遣されている坪倉進弥氏

――日本のクラブに外国人のコーチが来たときのことを想像すると、そんな環境を作るのは難しそうですね。

「仮にベルギー人の指導者が日本に来たら、その人に気を遣っちゃって、そういう日常は作れないでしょうね。こちらでは、全然気を遣ってない雰囲気の中で、一歩入ったらすんなり受け入れてくれる感じがあります」

――話は変わりますが、U-15、16くらいの若年層までは、日本は強い印象がありますが、大人になるにつれて世界に通用しなくなるような気がします。どう思われますか?

「僕もそこを知りたいです。ひとつにはフィジカルの要素があると思います。U-17からU-20くらいになると、強さ、速さ、高さに差が出てきますよね。ふたつ目の要素として、U-18からU-20前後で試合の経験値の差が出る。ヨーロッパのほうが場数が多いし、緊張度の高い試合が確保されている。この2点は日本にいるときからなんとなくそうだなと感じていて、こちらに来て実際に確認できたことです。

 もうひとつ。先日オランダのアヤックスに行き、白井さん(裕之氏。アヤックスのユース年代専属アナリスト)と会ってお話をしたんです。その時に、三つ目の要素のことをおっしゃっていました。日本の選手のよさとして、瞬間、瞬間で即興のプレーができる。お互いわかりあえるし、隣の人のことを気にかける習慣ができているから、隣の人の動きを気にしながらやるということはすぐできる。サッカーにおいてもその特徴が出て、アヤックスの指導者がJリーグ選抜とアヤックスの試合を見た時に、『いつも思うけど、どうして日本人は即興の連続でプレーできるんだ?』と言うらしいのです。

 どういうことかというと、『オランダのサッカーはある程度「型」がある。その中でプレーしているから、15歳、16歳でそれと全く違うことを日本人にやられると、対応しきれない』ということなんです。速くてつかまえられないと感じる。だから年齢が若いと対応できないのだけれど、18歳くらいを過ぎると、トップに残っているのはインテリジェンスもある選手だから、だんだん対応できてくるらしいのです。そうなってくると日本は打つ手がない。即興性を消されたら、何で勝負するか。体もスピードも、決定的な強みがない。これはひとつの考え方だと思いました」

――どうしたらいいのでしょう。

「即興性のいいところは相手が読めないことです。デメリットは同じことをもう一度やることができないことです。だから、はまるときははまる。はまらなかったらはまらない。自然発生的にゴールが生まれたら、似たようなやり方はできるけど、同じことはできないし、対応されたら何をしたらいいかわからないですよね。

 僕も指導中に、相手を見なさい、味方を見なさい、スペース、流れを見なさい、と言います。日本の教え方は、気にすることが多いんですね。ベルギーでも気にすることは同じようにありますが、少なくとも味方のことは気にしなくていいくらい、システマティックに、こうすればここにいるはずだというのが各チームであるんです。『日本も即興性だけに頼らないようになったら、あっという間に強くなるのではないか』という話を白井さんもされていました。そういう話を、若くして欧州サッカーに直接飛び込んだ方からお話を聞くことができているのも、とてもいい経験だと感じています」

――日本にいたら、現地で経験を積まれている方との接点自体が限られますね。

「限られるし、マリノスにいながらその話を聞くのと、ここにいて聞くのとでは、感受性が違うと思うんです。そういう人たちの意見や考えを、日本協会、Jリーグももっと参考にさせてもらったらいいだろうなと思ったりもします」

――指導者が国際経験を積むことのメリットはわかるのですが、結果を出すのにはどうしても時間がかかりますよね。

「たぶん国内である程度のレベルで指導をするのだったら、さほど国際経験は必要ないと思うんです。でも、僕が指導していた15歳の選手たちは、Jリーグだけでなく、海外を目指していると口にします。子供が目指しているのに、そこのかけらも知らない指導者が教えていたら、その選手たちの到達点は伸びていかないと思うんです。やはり指導者もサッカーの本場である欧州を肌で知ることが必要だし、今回のプロジェクトのように、たとえ1年でも、知っているのと知らないのとでは、ちょっとした指導アプローチも違ってくるんじゃないかと思います。もちろん、欧州で指導し続けてチャンピオンズリーグに出るチームの監督になりたいという話だと、まだまだ大変な時間がかかると思いますが」

――指導者の海外研修は今後、もっと重要視されるようになりますか?

「日本人のメンタリティとして、外国から学ぶことは尊重されるし、好きだし、基本的にいいことだと思います。でも僕はこちらに研修に来て学びながら、日本のよさを知りたいと思っています。なるべく両者を比べないようにしながらも、この部分は日本のほうが優れているんじゃないかなというのを、ひとつでもふたつでも見つけて、それを日本に戻って伝えていけるか。欧州にいないような、重宝される日本の選手を数多く輩出したい。そのためにも日本のよさも知りたい。

 もちろん1年では足りないと思うんですけど、ちょっとでも何かを感じられたらいいなと思います。そしてそれを僕だけがわかっていてもしょうがないので、吸収するだけでなく、日本に戻った後、それと同じくらいどう伝えるかが大事だな、と。どうやってみんなで力を合わせてレベルアップしていったらいいか。トライすることが大事だと思います。帰ってからどう伝えるかというのもありますが、今でもマリノスのダイレクターには定期的に報告しています。帰ってから『さあ始めましょう』というのではなくて、今からでも、『これはちょっとやってもいいかもしれませんよ』というのは伝えています」

――JJPから課されたミッションなどはあるのですか?

「冒頭で挙げたことですが、それをより深く自分で探っていかないといけない。自分の中では、これだけいい機会を与えてもらって、温かく迎えてもらって、この環境に甘んずることなく、多くを感じ、深く考えたいですね。そこから将来に向けての方向性を打ち出したいです。また、日本人ならではのよさというのも見つけたい。いくら欧州の人がコピーしようとしてもできないような、でもしたがるような、そんなことができればと思います」

 選手に比べ、指導者は言葉によるコミュニケーションがより重要になるということもあるのだろう。坪倉氏の話はサッカー界だけでなく、広く一般社会とも共通点を持つ文化論、日本人論としても成立するのではないだろうか。その経験は、ゆくゆくはサッカー界に還元されるものではあるが、我々にも響くところが大いにある。そんな風にも思えた。

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