日本のメディアは、トランプ政権による北朝鮮攻撃がまるで4月X日に敢行されるかのごとき無責任な報道を繰り広げ、日本国民の関心というよりは不安をあおってきた。そうした報道はもっぱらカール・ビンソン空母打撃群の動きや北朝鮮の弾道ミサイルの発射といった微視的視点に集中している。しかし、北朝鮮に対するアメリカの軍事的威嚇が強まると、実は中国が最も「得をする」という戦略的視点を忘れてはならない。

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アメリカが中国に頼らねばならない事情

 トランプ政権はこれまでの歴代大統領とは異なり、北朝鮮に対して軍事オプションも視野に入れた強硬姿勢で対処する方針に転じた。北朝鮮の核開発ならびにミサイル開発が、いよいよアメリカ本土(ハワイ州とアラスカ州を除いた48州)を射程圏に納めるICBM(核弾頭搭載大陸間弾道ミサイル)を開発しつつある段階に達してしまったためである。

 とはいうものの、アメリカが実際に北朝鮮への軍事攻撃を実施した場合、ほぼ間違いなく韓国に対する激烈な報復攻撃が行われ、日本に対して弾道ミサイルが多数撃ち込まれる可能性も否定できない。そのため、トランプ政権は軍事オプションは本気であるとの姿勢を示しつつも、実際には軍事攻撃を避けつつ事態の沈静化を模索しているのが現状だ。すなわち、中国の影響力によって北朝鮮のICBM開発をなんとか抑制しようというわけだ。

 いくらアメリカ第一主義を標榜するトランプ大統領といえども、同盟国である韓国と日本の市民を多数犠牲にしてまで、北朝鮮のICBM開発を(あるいは金正恩政権を)軍事攻撃によって葬り去ってしまうという決断はそう簡単にはできない。そこで、とりあえずは中国を抱き込む方策をとっているわけである。

 ただし、そのために払わなければならない代償も大きいものがある。それは、第一列島線内部、すなわち南シナ海と東シナ海での中国による軍事的優勢の構築を加速させてしまうという代償だ。

“お流れ”になった南シナ海問題

 3月下旬にフロリダで米中首脳会談が開かれる直前、すでにトランプ政権は北朝鮮問題に対して強硬姿勢をとる旨を明言していたが、アメリカ海軍関係戦略家たちの多くは、首脳会談で取り上げられる安全保障問題としては北朝鮮問題に加えて南シナ海(それにごく一部の人々は東シナ海も)も中心的論点になるものと考えていた。

 なぜならば、南沙諸島での人工島建設をはじめとする南シナ海への中国による軍事的侵出は、アメリカにとっては容認しがたいレベルに達しているからである。そのため多くの米軍関係者たちは、南シナ海や東シナ海での中国の軍事的侵出活動について、トランプ大統領が習主席に強く抑制を求めることを期待していた。

 ところが、習主席訪米中に、トランプ政権はシリアに対するトマホーク巡航ミサイル攻撃を敢行し、その余勢を駆って北朝鮮に対する軍事的威嚇態勢を強めつつ、中国に北朝鮮に対する影響力の行使を迫ることになった。

 アメリカが中国に対して「北朝鮮問題で協力をお願いする」わけであるから、いくらトランプ大統領といいえども、習主席に対して南シナ海問題での対中強硬姿勢を表明することができなかったのは当然である。

 結局、フロリダでの米中首脳会談以降、トランプ政権は北朝鮮に対する軍事攻撃を発動する展開を維持し続けているが、アメリカが対北朝鮮強硬姿勢を強めれば強めるほど、中国による南シナ海への侵出政策に対する強硬姿勢は弱めざるを得なくなってしまったのだ。

笑いが止まらない中国

 そもそも、中国にとって北朝鮮問題はアメリカよりも圧倒的に有利な立場にある。それにもかかかわらずトランプ大統領が習主席に北朝鮮問題での協力を依頼したのだから、笑いが止まらない状況になっている。

 もし、トランプ大統領がしびれを切らして北朝鮮に対する軍事攻撃を実施し、金正恩政権が崩壊に瀕する状況に立ち至ったとしよう。たしかに、これによってアメリカ本土に対するICBM攻撃という軍事的脅威は除去できる。しかし、北朝鮮の内部に食い込んでいないアメリカ軍が北朝鮮を占領することは不可能に近い。北朝鮮の混乱を収拾する名目で北朝鮮に進駐するのは中国人民解放軍ということになり、その結果、北朝鮮は実質的に中国の支配下に入り、韓国も風前の灯火となってしまう。

 一方、トランプ大統領が、中国による北朝鮮の制御を我慢強く待ち続けた場合、中国は表面的には北朝鮮に対して圧力をかけるそぶりを見せつつ、中国にとって軍事的脅威になる寸前のぎりぎりの段階までは北朝鮮による対米挑発行為を目こぼしをするだろう。そのほうがアメリカに対して中国の価値を高く売りつけられることになるからだ。

 万が一にも、中国が設定したレッドラインを金正恩が踏みにじった場合には、人民解放軍による北朝鮮懲罰作戦が直ちに発動され、金正恩政権は抹殺されてしまうであろう。

 人民解放軍はアメリカとは比較にならないほど北朝鮮軍の内部事情を把握しているので、金正恩一派の排除は容易である。また、破れかぶれになった北朝鮮軍による報復攻撃で多数の中国市民が犠牲になることが予想されたとしても、民主主義国のアメリカ・日本・韓国とは違い、中国にとっては攻撃を躊躇する理由にはならない。

 要するに中国にとって、北朝鮮などはアメリカに頼まれるまでもなく、コントロールしようと思えばコントロールできるのである(以下は、中国と北朝鮮の関係を風刺した政治漫画である。筆者の周りの海軍関係戦略家たちの間で受けている)。

 ましてやトランプ政権が対北朝鮮軍事オプションを公言しているわけだから、中国が軍事力によって金正恩一派を沈黙させたとしてもアメリカから「侵略」呼ばわりされる恐れはない。このように、どう転んでも北朝鮮問題は「中国優勢、アメリカ劣勢」という状況にならざるをえないのだ。

中国と北朝鮮の関係を風刺した政治漫画(出所:)


(*配信先のサイトでこの記事をお読みの方はこちらで本記事の図版をご覧いただけます。http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/49912)

中国が得をするメカニズム

 トランプ政権による北朝鮮に対する軍事的威嚇が強まれば強まるほど、南シナ海における中国の軍事的侵出に対するアメリカおよび国際社会の関心は薄れていく。したがって中国としては、「北朝鮮がアメリカに対して挑発を続けている」という構図ができるだけ続くことは極めて都合が良い。その間に南シナ海での中国の軍事的優勢はますます強固なものとなり、アメリカの関心が再び南シナ海に向いた頃には、完全に手遅れの状態になっているであろう。

 北朝鮮のICBMは、直接アメリカ本土が攻撃されるかもしれない脅威であるが、南シナ海でいくら中国が軍事的優勢を手にしても、直接アメリカが軍事的脅威を被ることにはならない。したがって、アメリカ第一主義を掲げるトランプ大統領にとって、ひとまず南シナ海情勢には目をつぶっても、直接的軍事脅威の芽を今のうちに摘んでしまうことが肝要である。

 このメカニズムを東シナ海に当てはめると、アメリカの北朝鮮に対する軍事的威嚇が強まれば強まるほど、東シナ海における中国の覇権主義的行動に対するアメリカの関心が薄れていく、ということになる。

 それにもかかわらず、日本はアメリカの対北朝鮮軍事展開を強力にサポートする態勢を強めている。ということは、いよいよ日本政府が、東シナ海での中国の軍事的圧力を跳ね返すための自主防衛努力を強力に推し進める覚悟を決めた、と理解することもできる。果たしてその通りなのだろうか?

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筆者:北村 淳