地方へ引っ越した時、地域に馴染む最短の道が、「その土地の方言」を使うことだ。地元の人が話す言葉をマネているうちに、「なんちゃって」ながらでも、心と心の距離がぐっと縮まるような気がする。「だいてやる」とか「きのどくな」とか、初めて聞いた人には、一瞬「ドキッ」とするような、意味をとり間違えそうな方言が富山にはたくさんある。

東京女子ならキュートな富山弁にときめく

東京時代、富山仲間たちが、せっせ、せっせと送ってくれた昆布の詰め合わせやマス寿司、ホタルイカの沖着けなど。これらも、自分で買おうとすれば、なかなかの高級品だ。富山男子って、太っ腹なのね……。勝手にそんなイメージがインプットされた移住前の私。

そして、実際、「1世帯あたりの実収入」(2人以上の世帯の1ヵ月あたりの金額)で堂々の全国1位を誇るのが富山である。持ち家率はナンバー1だし、保育所待機児童数はゼロ。実はいろいろ「ナンバーワン」が多い富山県だ。

ところで、そんな太っ腹な富山男子から初めて言われた時、ビックリしたのが、「今夜は、俺がだいてやっちゃ〜」というセリフ。

「?? だ……抱く? なんて大胆な!!」

うら若き乙女なら、思わず頬をぽっと赤らめてしまいそうなこの言葉。頭の中でめくるめく夜が浮かびそうになったが、富山で「だいてやる」は「おごってやる」の意味。これまた、富山男子の「太っ腹」説を裏づけるような方言だ。

また、お土産などを渡した時に言われる「きのどくな〜」は「ありがとう」の意味。「こんなに気を使わせてしまって申し訳ない」という謙遜の意味が入っているらしいが、意味を知らないと、一瞬「ん? きのどく? 私って残念な感じかしらん?」と思ってしまう。

また、語尾に「〜ちゃ」「〜が」「〜け」などがつく。「これ、やっとくちゃ」「何、しとんが〜?(何しているの?)」「そうけ!(そうなんだ)」などなど。

女性が使うのはもちろんのこと、これを男性、特にお父さんやおじいちゃん世代が使っていると、めちゃ可愛いくて、聞いていて「胸キュン度数」があがる。

「なん」ひとつが、いろんな表現になる

個人的に「胸キュン度数」がググッと上がるのが、「なん」。これは基本的には否定形なのだが、前後の文脈で肯定にもなる。

例えば、私がクルマにガソリンを入れてもらおうとスタンドに入り、スタンドのお兄さんにお店のカードを渡す。そこで、他店のカードをうっかり渡してしまうと、お兄さんから一言、「なん」と言われる。そこで、私は「あ! 間違えた!」と気づく。フランス語の「ノン」みたいだ。

また、以下に挙げるのは「なん、なん、なん」の臨場感あふれる使い方。気になる女子を飲みに誘う男子と、その人のことが少〜し気になってるけど、他にもいいな、と思ってる男子がいて、すでに約束をしてしまっている女子の会話。称して「男女の恋の行方編」。

男子:「土曜日の晩、2人で飲みに行かんけ?」
(今度の晩、2人で飲みに行かない?)

女子:「な〜ん、いいちゃ。こんどね〜」
(う〜ん。今度にしておくわ)

男子:「そいこと言わんと、美味しい店、知っとるがぜ〜。行かんまい」
(そんなこと言わないで。美味しい店、知っているからさ。行こうよ)

女子:「なんなん、いいちゃ」
(いやいや、今回はやめておくわ)

男子:「別の人と約束とかあるがけ?」
(別の人と約束があるの?)

女子:「なんなんなん! そいがじゃないちゃ。法事ながいぜ」
(違う、違う。そんなんじゃないよ。法事なのよ)

*立山町・芦峅寺(あしくらじ)生まれの生粋のネイティブボーイに監修してもらった会話文

このように、「な〜ん」には、軽く否定して、やんわりと受け流すニュアンスがある。ちなみに「なん」は単独で使ったり、「なん、なん、なん」とたたみ掛けるように使ったり。また「なん」を発するスピード具合でも、否定、肯定がやんわり判断できる。「なん」ときっぱり使ったり、「なん、なん、なん」と繰り返してハイスピードで使うと否定のニュアンスが高まる。

人によっては、「富山弁はきつく感じる」という人もいるけれど、私からすると、どこまでも、可愛らしく、純朴で、あったかい温度を感じる富山弁たち。

下手なりに、なんちゃって富山弁を使っては、「前より上手になってきたねぇ」とお世辞にも言われると、つい嬉しくなってしまう今日この頃なのだ。

写真:松田秀明

(高橋秀子)