FiNC社長 溝口勇児氏

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創業5年目のベンチャー企業ながら、錚々たるメンバーが若き社長を支えるFiNC。どうやったら優れた人材を集められるのか? FiNC溝口勇児社長に、その秘訣を聞いた。

個人向けサービス「FiNCダイエット家庭教師」や、企業向けサービス「FiNC for Business」といったオンラインヘルスケアサービスを提供するFiNC(フィンク)。2017年はヘルスケアプラットフォームアプリ「FiNC」を発表予定だ。遺伝子検査を組み合わせた事前チェックや、専門家と人工知能のアドバイスといったポイントで、他社と差別化を図っている。

FiNCは創業5年目、世界でもまだ新しい分野に取り組むベンチャー企業である。フィットネストレーナー出身の溝口勇児社長を、代表取締役副社長として支えるのは、元みずほ銀行常務の乗松文夫氏や、ゴールドマン・サックス証券役員の小泉泰郎氏という錚々たる面々だ。他にも有能な人材が続々とFiNCに集まってきている。

どうやったら優秀な人材を集めることができるのか? 溝口社長に、人材集めの秘訣を聞いていく。

■人材を集めるために必要な4つのこと

――いまFiNCには続々と優秀な人材が集まってきていますが、人材を集めるために、意識している方法はありますか?

【溝口】以前、「最高の人材を集め続ける組織のつくり方」というテーマで講演依頼がありました。そこで話したことなのですが、最高の人材を集めるためには4つのことが必要だと私は考えています。

1つは大きな「ビジョン」。例えば、「日本で一番になる」というのと、「世界で一番になる」というのとでは、どちらが人の心を揺さぶるかは当然明らかですよね。同じく「銀座で一番のパン屋を作る」と、「世界で最も多くの人を笑顔にするパン屋を作る」というのとでも、心の揺れは違うかなと思います。大きなビジョンは、優秀な人材、最高の人材を集めるために必要だと考えています。

2つ目はすごく現実的な話ですが「リターン」です。リターンにもいくつか種類がありますが、まずは成長。自分をより磨きたいとか、知的好奇心を満たしたいとか、経験を積みたいとか、いろんな成長の形があると思います。もちろん、お金もリターンの一つですよね。あとは人脈とか、いろいろな仲間と出会いたいなど。人によって少しずつ、リターンの形が変わります。お金が強い人もいれば、成長が強い人もいたりする。いくつかのリターンの形があって、人によって違うので、話をする中で僕はそれを掴んでいき、FiNCが提供できるものをその人に合った形で提案するようにしています。

例えば当社の場合だと、社外取締役に元ナイキジャパン代表で外資系企業4社の経営をしていた秋元さんという方がいます。創業したときから手伝ってもらっていて、当時はもう手弁当で、一切フィーもお支払いできていませんでした。彼を最初に口説いたときは会社の創業期で、全く知名度もなく、事業も確立されていませんでした。僕が彼に言ったのは、「僕はあなたの考え方や経営哲学を一生懸命吸収します」と。「それをもって社会を変革し、多くの人の笑顔をつくれるような会社を作ります。だから手弁当で手伝っていただけませんか」とお願いしたんです。

本人に聞いたことはありませんが、秋元さんに関して言えば、「毎月顧問料を払います」とか言われるよりも、想いを込めた私のメッセージのほうがきっと刺さったと思います。ですから、誰に対してどのようなメッセージを送るかということは、非常に重要だと思っています。

――なるほど。みんながみんな、お金で動くわけじゃないということですね。

■最高の人材ほど、自分が活躍できる場所かどうかを知りたがる

――3つ目はなんでしょうか。

【溝口】3つ目は「居場所」。多くの人は、ビジョンが大きければそのストーリーの一員になりたいという欲求を持っているのではないかと思うのです。そこは自分が活躍できる場所なのか、中心となって自分のバリューを発揮できるのかということが大事になってきます。。最高の人材であればあるほどそうです。「自分はいなくてもいいんじゃないか?」と思われたら、その方が入ってくれる可能性は下がります。だから居場所はすごく重要です。

――FiNCにはさまざまな分野の専門家が集まっていますが、専門分野を持つ方を口説くのは難しいのではないですか? そこはどうやってアプローチしていくのでしょう。

【溝口】企業の経営者は将棋でいえば王将です。王将の特徴は、盤面上で縦横斜めに一つずつ動けること。前職の経営時代も、FiNCでも、それこそ税務会計から、法務、営業、アライアンス、交渉、ファイナンス、エンジニアリング、人事戦略・採用、マーケティングなど幅広くやってきました。ですから、それぞれの領域のプロフェッショナルと意見を戦わせることができるくらいの知見はあります。質問をして、その人がどこまで深いのかある程度想像することはできます。その中で、FiNCで得られるであろう経験を伝えています。ただ、上に行く人が持つべき資質に関してはどんな領域でも共通だと思っています。

■上に行く人が持つべき資質とは

――上に行く人が持つべき資質とは、どのようなものでしょうか?

【溝口】いくつかありますが、地頭がいいというのがあります。私が考える地頭のよさというのは、生まれつきの頭の良さという意味ではなく、物事を論理的に構造化するスキルとそれをもって仮説構築と検証を積み重ね、そして人よりも早く本質をつかむ力のことを指します。あと、やはりコミュニケーション能力ですね。コミュニケーション能力というものをもうわかりやすく言えば、「相手の立場で物事を考え、そして行動を起こせる能力」と言い換えることができます。「相手が部下であれば部下の立場」、「相手がパートナーであればパートナーの立場」、「相手が市場(マーケット)であれば、市場の立場」で考えて行動できなければ、人は動きません。

これら二つを整理すると、上に行く人というのは、早くに本質を掴み、そしてそこから正しい戦略を導き、さらに人を動かしながら物事を前に推進していく力を持った人といえます。

コミュニケーション能力に関係することで、一つ重要なことを付加すると「愛嬌」があります。意思決定をする側の立場に長く立っている人は理解してもらえると思いますが、意思決定というのはいつも簡単なケースばかりではありません。また人を動かす、人に何かをお願いする際も、いつも耳障りの良い内容ばかりではありません。「こんなお願いをしたら、きっと嫌がるだろうな」、「この会社と組んだらあの人は気分を害すだろうな」、「この人事をしたらきっとあの人は不満を持つだろうな」、経営をしていればついつい決断を先送りしたくなることばかりです。「正義の反対は悪ではなく、また違った正義」と当社では定義していますが、最後は論理ではなく情理で人は動きます。愛嬌のある人はこうしたコンフリクトを越えていくことができます。

――最高の人材を集めるために必要なこと。最後の4つ目はなんでしょうか?

【溝口】4つ目は「実現可能性」と言っています。大きなビジョンがあって、リターンが大きくて、居場所がある、そして最後にその実現可能性が高ければ参画しようと思いますよね。でも、「世界一になる」と掲げれば実現可能性は下がる。「日本一になる」なら当然、実現可能性は上がる。両者は反比例の関係にあります。最後にここを越えて相手を動かすことができるかが重要です。

FiNCは非常に大きなビジョンを掲げています。本気でGoogleとかFacebookを超える会社を作りたいと考えていますし、描いているロードマップが実現すれば、GoogleやFacebookを超えることは不可能ではないと思っています。
 

■言い続けることで、大きなビジョンになっていく

――今、4つうかがった中で、大きなビジョンを最初に作るというのが、スタートアップを始めたい方や、新規事業をやっている方が最初に興味を持つところだと思います。そのあたりを詳しく聞かせてください。

【溝口】実際には起業するというのは、1つの強烈な体験じゃなく、いくつかの強烈な体験があってようやく足を踏み出せるものだと思っています。僕にとってそれは、身を置いていた領域に抱いた違和感です。そこは矛盾や非効率や不誠実だらけだったのが大きく、それを変えたいというのが出発点でした。なので、僕の場合は目の前の解決すべき問題をクリアするために起業したという側面がかなり強いです。その中で僕がなぜビジョンを描けたかといえば、起業前に10年の経験があって、若いうちから長くウェルネス・ヘルスケア領域にどっぷり浸かっていたからこそ、見えた景色があったからだと思っています。

ただFiNCも創業時からテーマは同じですが、本気度は今のほうが10倍ぐらいあります。その理由の1つは、ビジョンを語り続けてきたこと。語り続けることで、それがどんどん自分の細胞にインストールされていく感覚を抱きます。2つ目は、それによって自分の思いに共感してくれたり、具体的に時間とお金を割いて一緒に戦ってくれる人が増えたことだと思っています。口に出すことで自分も本気になってくるし、それを信じてくれた仲間が増えれば増えるほど、より本気度が増していく、そんな感覚です。
 

■最初から大きなビジョンは見つからない

――「ビジョンを持てない」という経営者の相談を受けることは多いですか。

【溝口】受けますね。特に若い、学生で起業を目指してる方や20代前半のベンチャー企業に勤めている人、また大企業の新規事業担当の人たちから受けます。僕がよく彼らに伝えるは、「全然いい。ビジョンは最初からなくてもいいよ。最初から持てるものじゃない。」と。

僕はフィットネストレーナーという仕事に一生懸命向き合ってきたから見えてきたものがありました。経験したことがないのに、何かに一生懸命取り組んだことがないのに、「一生かけて全力でやりたい何かがあるんじゃないか」って、そういう“自分探し”をしている。なかなか自分が登りたい山を見つけるのは簡単ではないんですよね。

僕の場合で言えば、トレーナーとして、フィットネスクラブの経営者として、全力で頑張って壁にぶつかってきました。例えば昔、フィットネストレーナーの後輩がたくさんいました。その中には「個人事業主やフリーターじゃ未来が見えないからこのクラブの社員になりたい」と思ってる人がいっぱいいた。彼らは本当に一生懸命働いてるんです。社員よりも頑張っている人がいっぱいいた。でも、彼らを社員にしたりとか、給料を上げられる権限は僕にはなかったんです。

だから僕は、それを変えたいと思ってチーフに出世しました。そうすると今度は、クラブ支配人という存在が上にいました。彼にはお客様に提供するサービスを決める権限があった。ただ直接お客様と向き合っていた僕には、もっと多くのお客様の笑顔を作れると確信していた施策がありました。けれどその施策は一向に通りませんでした。それであれば、自分がクラブ支配人に上がろうと。支配人になったら、今度は部長。部長になったら経営者と、僕は一生懸命努力をして昇進しました。それで最終的に経営者になって、自分のクラブの業績は伸び、救えるお客様の数も増えた。でもそうすると、今度は業界をよりよくしてもっともっと多くのお客様を救いたいと考えるようになった。そして活動をしていたら、講演、執筆、コンサルという仕事が増えてきた。その次は、自分に何かしらの形で関わっている人だけではなく、フィットネスクラブに通ってるかどうかに関係なく、ココロとカラダの健康問題に苦しんでいる多くの人々を救いたい、自分がそれをやらなければいけないという感情が大きくなっていきました。その思いを叶えるには当時の場所では難しいと考えて、FiNCを創業しました。

■本当に有能な人材は、大きなテーマに集まる

【溝口】ただ、多くの人の欲求は、人に必要とされたい、人に褒められたいとか、そういった承認欲求なのだと思います。僕は、縦軸が「大義」とか「志」とか「ビジョン」といった自己実現欲求だとしたら、横軸が女性にモテたい、お金持ちになりたい、人からもっとちやほやされたいといった承認欲求だと思っています。僕は横の承認欲求を超えることなく、縦の自己実現に向かうことは難しいと思っています。

でも、実際は、横軸を満たしていけばいくほど、意外と気にならなくなるものだと思っていて。横軸を満たしていくと、縦軸のほうにどんどん向かっていくと思うんです。そういう意味では、モテたいとかお金持ちになりたいとかでいい、それをまず早く満たしたほうがいい、とアドバイスしています。

――起業経験のある方はきっとそこが満たされて、もっと大きいテーマに惹かれるようになるのでしょうね。

【溝口】まさにそのとおりです。FiNCは社長経験者が17〜18人いるのですが、僕がFiNCの幹部たちを表現する際によく言うのが、「彼らは二者択一をしてきた人たちだ」です。世の中を変える可能性はないかもしれないけれどそこに自由はある会社の経営者でいるか、世の中を大きく変える可能性のあるチームの一員になるか。当社の幹部たちは後者を選んだ。そこは自由じゃないかもしれないし、困難な道かもしれない。けれど彼らは肉体的・精神的自由のさらに先にある真の自由を掴むためにFiNCの門を叩いてくれたのだと思っています。

僕は、採用の時にも「あってもなくても誰も困らない会社をつくる気は全くない」ということを強調して伝えています。小さな達成で良しとする気もありません。それはFiNCの役割じゃない。FiNCにとっては会社が倒産することと、年成長率10%を20年間続けたけれども社会にインパクトを起こせなかった状態は同じです。我々は本気でビジョンに向かっている会社です。採用の時も「目の前の人材はビジョンを実現する上で必要な人材か」という点を最も大事にしています。極端に言えば、それがあればそこにビジョンへの共感はいりません。FiNCでしか救えなかった人を、他の会社やサービスでは救えなかった人をどれだけ多く救えるか。それこそが我々の存在価値なんです。

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【編集部より】FiNCはどんな企業なのか、同社が提供する「モバイル×健康」とはどんなサービスなのかについては、田原総一朗氏がじっくりインタビューしています。溝口氏とFiNCについて、詳しくは書籍『起業家のように考える。』をお読みください。

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(村上 敬=聞き手 細谷滝音=構成)