(C)渋谷直角/扶桑社

ライフスタイル系の雑誌編集者・コーロキユウジ(35歳)が、ファッションブランドの美人プレス・天海あかりに出会ったことで人生の歯車が狂っていく――

ファッション界や雑誌業界の裏と表、魔性の女に振り回される男たちを描いた長編マンガ『奥田民生になりたいボーイ 出会う男すべて狂わせるガール』(扶桑社)が話題だ。同作の主人公・コーロキは、 力の抜けた振る舞いが魅力の奥田民生に憧れながらも、仕事や恋に悩み苦しみ空回っている、“もう若くはないが、まだおっさんというほどでもない”微妙な年頃の男性。一方、ゆるふわ系ヒロインのあかりは、いわゆる“サークルクラッシャー”タイプの、何を考えているかよくわからない女性だ。

ストーリーでは、Twitterで炎上したり、相手のSNSを何度も見てしまったり……という2015年のリアルな生活が描かれている同作。発売してすぐにサブカルチャー界隈をメインに話題となり、「こういうやつ、いる!」と共感する人から、「自分と重なる部分がある」と心をえぐられる人まで、さまざまな感想が飛び交っている。

著者の渋谷直角さんは、若手の頃からストリートカルチャー雑誌『relax』でコラムを執筆するなど、数々の雑誌でライターとして活躍。2013年には漫画『カフェでよくかかっているJ-POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生』(扶桑社)でも漫画家としても注目を集め、同作は待望の2作目となった。今回は渋谷さんに、アラサー世代の仕事と恋、何歳になってもとらわれる自意識、90年代という時代についてお話をうかがった。

幻想にとらわれ女性の実像を掴めない男たち

(C)渋谷直角/扶桑社

――前作『カフェでよくかかっているJ-POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生』に引き続き、今作『奥田民生になりたいボーイ 出会う男すべて狂わせるガール』はリアルに感じる話が多くて、こんなことがあったの?と勘繰られそうですが……。

渋谷直角(以下、渋谷):自分の経験ってわけではないんですよ。“天海あかり”というプレスの女の子が出てくるから「プレスと何があったの?」と聞かれたりしますけどね。でも、“美上”という原稿の遅い作家を書いているときは、ちょっとつらかったですね。というのも僕自身の原稿が遅くて、いつも編集さんを待たせてる身で。そんな俺が原稿の遅い作家の話を書くのは自分を正当化しているようで、ちゃんと作品内で落とし前つけられるのかなと思ってしまいました。

――直角さんは、90年代後半から雑誌の世界にいたわけですけど、実際、前作『ボサノヴァカバー〜』に登場する“カーミィ”や、今作の“あかり”のような、周囲を惑わせるくらい強烈な個性を持った女の子とか、業界で認められたいっていう女の子を見てきたんでしょうか?

渋谷: たまにいますけど。でも、男が描いているからそういうガツガツした女の子を否定していると思われがちかもしれないですけど、そうでもなくって。カーミィもあかりも、僕の気持ちとしてはメンヘラでもヤリマンでもないつもりで書きました。自立していて、自分なりの哲学があり、自分で判断をする強い女性のつもりで書いたんです。それが好きか嫌いかは個人で判断するところではあるけど、特にあかりに関しては、結局、男からすると「わからない存在」だという結論にしようと思ったんです。だから、あかりと関係している男性陣が、俺の知っているあかりはこういう女だって語ってるのも、ぜんぶ違っていて、結局、彼女には届かないというか。

――あかりって女の子は、仕事もきっちりしているし、嫌なことは嫌って言えるし、同性の評判もいいのに、こと男性陣には愛されているだけに、身勝手なイメージで見られてしまっていて、内面を見られてないかわいそうさっていうのは感じました。ミューズの悲哀っていうか……。

渋谷:それで、彼女の理論がわからないまま、男性陣はフラれていくって言う……。男のかっこ悪い、ダメダメな感じを書きたかったんですけどね。女の人に男はいくつになっても絶対に勝てない、って個人的には思っていて、男のほうが、体面とかカッコつけとかいろんなものを気にしちゃってグズグズになりがちというか。

サブカルとオシャレの間で揺れる自意識


(C)渋谷直角/扶桑社

――この本には、タイトルにも奥田民生さんが出てきますが、直角さんの中では奥田さんという存在はずっと気になっていたんですか?

渋谷:そうですね。ユニコーンの頃から興味がありました。その頃の奥田民生さんって、電気グルーヴみたいなバンドとも、ダウンタウンとも仲良かったりして、そういうひょうひょうとした雰囲気も含めてかっこいいなと思っていたんです。それで、『ボサノヴァカバー〜』の次を書くときに、『SPA!』編集部に奥田民生をテーマでどうですかと打診しまして。

(『SPA!』編集部:『SPA!』はアラフォー男性の迷走=「ミッドライフクライシス」についてたびたび特集していますが、いまのアラフォー男性が生き迷うのは、昔と比べてわかりやすいロールモデルがいないからなのでは。そんななかで、「奥田民生」の生き方、たたずまいにはロールモデルにしたいと思わせる絶妙さがあるので、読者的にもぴったりのテーマなのではということになりました)

――奥田民生さんに重ねると、直角さんも「サブカル」と「オシャレ」みたいなものの間でひょうひょうとしている感じもありますよね。

渋谷:それが、自分はサブカルと言われるところからすると、オシャレ系にカテゴライズされ、その反対にオシャレ系にはサブカルだと思われ、どっちつかずというコンプレックスが強かったんですよ。男子校と私立の共学の違いみたいに、男子校からすると、ブレザーを着て女の子と歩いているのを見ると「なんだあれ」ってなるけど、私立共学にも暗いやつはいるんだけどな、みたいな。僕は、『ボサノヴァカバー〜』にも書いたように、ライフスタイル雑誌のオシャレなところも好きだし、その反面、浮ついてる人のカッコ悪さというか、ダメな感じも知ってるし、でも外からよりはもう少し、いわゆるオシャレな現場でも苦労とか地味さ、マジメさも知ってるので。結局のところ、どっちも変わんなくない? って感じなんですよね。

「こんなんじゃダメ」を逆転させたい

――次回作の準備はもうしているんですか?

渋谷:もう書いてます。三部作として考えていて。「あの頃の渋谷」みたいなのがテーマでいければいいな、と思ってます。でも、今、いろんなこと言って、いざ本が出てみると、「ぜんぜん違うじゃねーか!」って言われそうなんで、頑張って書いていきます(笑)。

――直角さんは、雑誌『relax』にたずさわっていた当時、若手でありながらコラムの連載を持っていて、それから15年くらい経って今は漫画を描いているわけですが、ご自身では、こういう活躍をすると想像していましたか?

※『relax』…グラフィティやスケートボードなどのストリートカルチャーをいち早く取り上げ、カリスマ的な人気を誇った雑誌(出版元:マガジンハウス)。1996年に創刊され2006年に惜しまれながら休刊。2016年に特別復刊する予定。

渋谷:実は『ボサノヴァカバー〜』が出たときよりも、今作が出るときのほうが怖かったですね。これで反応がぜんぜんなかったら、「やっぱ一発だけだったね」とか言われるんだろうな、って。

でも、ライターの頃はずっと「relax限定、ほかの雑誌じゃこんな文章通用しないよ」と言われたし、漫画に関してもずっと「こんな絵じゃ需要ないよ」って言われて、みんなダメって言うけど、それでも成立させるにはどうすればいいんだろう、ってすごく考えてきましたし。それをオセロのように、一個一個ひっくり返してやってきたという自負はあります。でも、ふと気づいたんですけど、「アレ? オレのオセロ、角とってないのかも!?」って(笑)。だから、終わんないし、これからもずーっと裏返されたり、裏返したりを続けていくのかなって。でも、それが楽しいんですけどね。(西森路代)