毎週水曜、一杯500円のバーが開く。創業者が語る、会社員のまま店を持つという選択  |【つながるBARインタビュー vol.4 大阪北新地店】

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つながるEAT株式会社

リード

大阪・北新地。日本有数の高級社交街のビルの一室に、毎週水曜の夜だけ開くバーがある。「つながるBAR 北新地店」。一杯500円(税込)。この街の相場を知る人ほど、値段を二度見する。

つながるBARは、飲食店の定休日を間借りし、本業を持つ人が副業として週1回開くバーである。福岡・中洲、神戸・三宮、東京・新橋と全国に広がり、掲げるのは「明日の仲間と、つながる場」という一言。カウンターに立つ土屋さんは、大手ビールメーカーに勤める現役の会社員であり、単身赴任中の2児の父であり、そしてこのバーを東京・恵比寿で生んだ創業者でもある。なぜ会社員が、5年もバーを続けられるのか。その原点から聞いた。
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おばあちゃんのご飯が、原点にある

土屋さんの物語は、就職活動のときに自分がどういう瞬間に幸せを感じてきたかを掘り返したところから始まる。行き着いたのは、おばあちゃんの手料理だった。

「母は働きづめで、家に帰っても誰もいない。そんな子ども時代、少し離れたところに住むおばあちゃんが、毎日夕方5時半に、手料理をダンボールに詰めて届けてくれたんです」

実はこのおばあちゃんと、土屋さんは血がつながっていない。それでも、と土屋さんは言う。

「家族の中で誰が一番好きかと聞かれたら、今でも即答でおばあちゃんです。食を通じて注がれた愛情が、人生を支える。それを身をもって知っているから、食品メーカーに入りたかったし、ビールの会社に入りました」

つながるBARの話は、この原点から始めないと説明がつかない。

コロナ禍、何もできない自分がもどかしかった

2020年、街から飲み屋の灯りが消えた。営業として担当していた飲食店が、次々に閉じていく。会社としてできることには限りがあり、土屋さんは何もできない自分をもどかしく感じていた。

最初に立ち上げたのは、企業の垣根を越えた若手コミュニティで「食を通じて人をつなげる」というプロジェクトだった。呼びかけに4、5人が集まった。その中には、いま中洲店に立つトヨさんと新橋店に立つ十文字さんがいた。

はじめは、バーという発想はどこにもなかった。仮想空間でオリンピックの水泳をアバターで観戦したり、焚き火の映像をみんなで眺めながらお酒を飲んだり。その迷走から、一つの仮説が残った。

「モニターとモニターをつなげば、コロナ禍でも一緒に飲めるんじゃないか。閉まっている店や使っていない個室を借りて、店と店をつなぐ。電機メーカーの会議システムを置かせてもらって、居酒屋チェーンの3店舗をつないで実証までやりました」

リモートの実験なら気楽だ。だが「次は自分たちで店をやってみないか」となった瞬間、企業に商談へ行く覚悟が要る。ここで何人かが去った。無理もない、と土屋さんは振り返る。
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商談のついでに、「水曜、貸してくれませんか」

恵比寿の1号店は、当時の土屋さんの営業先で見つかった。新しくできる店の商談に行ったら、水曜定休だという。

「じゃあ水曜だけ貸してくれませんか、と。そんなノリです」

2022年2月、つながるBARが開いた。バーを持ってみて、営業の景色が変わったという。

「飲食店側に立つと、お客さんが来ない夜がこんなに切ないのかと分かる。数字の面でも、気持ちの面でも。以来、取引先の飲食店の気持ちが少しだけ分かるようになりました」

本業とバーが、こうして互いを助けている。

赤字になったら、やめようと思っていた

続きそうにないと思った時期は、正直あった。売上の半分を家賃として店に納め、原価を引くと、1万円売っても手元には2千円。1年続けても10万円ほどで、法人化すれば税金でちょうど消える計算だった。

「赤字のビジネスになったらやめよう。そう決めていました。結果は、なんとかなった」

それでも会社にしたのは、経営者の経験値がほしかったからだ。売上からコストを引いて、利益が残る。飲食店は、その仕組みを身体で学べる最小単位だという。

「1年で畳むつもりなら、わざわざ法人にはしません。マイナスにならない限り30年続けると決めているから、会社にした。中身は遊びみたいなものですけど、遊びだからこそ続くんです」
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辞令が出たころには、次の店を探していた

大阪への転勤が決まったとき、土屋さんはバーを畳むかどうかを迷わなかった。毎週水曜に店を開ける生活が、もう身体に染みついていたからだ。辞令が出たころにはもう大阪で次の場所を探し始め、前任者との引き継ぎで取引先を回りながら、水曜が定休日のお店のオーナーに「貸してもらえませんか」と聞くと、「OK」と即答で返ってきた。

大阪の最初の店は十三だった。終わり方は円満だ。人手不足で定休日としていた水曜に、スタッフが揃い店が営業できるようになった。それで次を探していたら、十三時代に通ってくれていた北新地のママが、数日で知り合いの店を見つけ、交渉までまとめてくれた。

「ここまでされたら断れません。比較検討もせず、北新地に転がり込みました」

北新地で、一杯500円

つながるBARは全店基本は、一杯500円である。北新地では、ちょっとありえない値段だ。上げた方がいいと言われることもあるが、土屋さんは変えていない。

「23、4歳の若い子にも気軽に来てほしいから。恵比寿時代は20代が中心で、北新地は30代が中心。大阪駅から歩いて来られるので、人は確実に増えました」

困るのは、基本ワンオペなことだ。12、3人がいっぺんに来ると、もう回らない。そういう夜は常連にボトルを預けて、「何杯飲んだか数えといて」で乗り切る。信用商売である。

そんな中でも、忘れられない夜があるという。

「初対面同士のお客さんが隣り合って、片方の女性が、泣きながら重い悩みを話していた。周りに知り合いが誰もいない場所だから、言えることがある。ああいう瞬間のために、この店はあるんだと思います」



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社内で「副業って、できるんですね」と言われた

5年やってきて一番の価値は、店の外ではなく会社の中にあった気がする、と土屋さんは言う。同僚に「副業って、できるんですね」と言われたことだ。

単身赴任で、2児の父で、毎週水曜はバーの店長。本業に全集中するのが当たり前という空気に、そうじゃない事例を一つ作れた。

「お客さんが増えるより、やる側が増える方が実は嬉しいんです」

続けるのに、特別な才能は要らないという。19時に開けると決めたら何があっても19時に開けるセルフマネジメント。そして、売上をごまかさない正直さ。この二つがあれば、会社員でもバーの店長になれる。

最後に。47都道府県、全部つなぎたい

北新地店はいま、新橋店とモニターで定期的につながっている。始まりがあのリモート飲みの実証だったので、土屋さんにとっては原点回帰でもある。フードを出さないバーにとって、この「つながり」こそが差別化の資産になる。

「いつかは47都道府県、全部つなぎたい。今日は富山の店とつながっているよ、北海道からお客さんが来ているよ。そんな水曜日を作りたいんです。モニター越しはきっかけで、そこから実際に会いに行ってもらえたら最高です」

土屋さんにとって、つながるBARは「自分を拡げる箱」だ。会社員だけをやっていたら、人生が会社の中で閉じてしまう。資格取得でもゴルフでもなく、自分はバーだった。それだけの話だ、と土屋さんは言う。大阪駅の周りで働いていて、愚痴ではなく明日の話がしたくなったら、水曜の夜、北新地へ。一杯500円で待っています。
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店舗概要

・店名: つながるBAR 北新地店

・営業: 毎週水曜19:00-23:30

・場所: 大阪市北区堂島1-2-23ベガアークビル201

・価格: 1杯500円(税込)

・運営: つながるEAT株式会社

・問い合せ: 店舗予約やつながるBARでの副業に興味がある方は、

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