過疎地ベンチャーに学ぶワークプレイス・ワークスタイル最新事情/小槻 博文
最近過疎地へ進出する都会のベンチャーが増えている。そして進出企業の一部は、過疎地にサテライトオフィスを開設するだけでなく、更には「働き方(ワークスタイル)」自体に対して先進的な取り組みを進めているようだ。

最近都会のベンチャー企業が次々に徳島の過疎地に進出している。筆者もそのプロジェクトの末端に関与しているが、各社の動向を観察してみると、進出理由は各社それぞれだが、都会では四六時中PCとにらめっこになったり、家とオフィスの往復で毎日が過ぎ去ったりするなど、精神的に不健全な働き方になってしまいがちのIT業界において、心身リフレッシュした環境に身を置くことで「ワークライフバランス」を図ろうというのが主だった理由だったりする。

そして最近では、自然豊かな過疎地にサテライトオフィスを設けるだけではなく、更には「働き方」自体に対して先進的な取り組みを進めようとしている企業も現れ始めてきた。

そこで今回は働くうえで欠かせない「ワークプレイス(オフィス)」の観点から「ワークスタイル(働き方)」について見ていこう。

■「転地効果」を狙った新オフィス

クラウド名刺管理サービス「Sansan」「Eight」を提供するSansanは、サテライトオフィスの先駆者として、2010年10月に徳島県の山間部にサテライトオフィスを開設し、自然あふれる環境でのワークスタイルを採り入れた。そして2014年3月、Sansanは東京オフィスを市ヶ谷から表参道に移転したが、新オフィスはサテライトオフィスでの経験を活かしたつくりとなっている。



<画像>世界中の希少植物が配置されたフリースペース(写真提供:Sansan)

そのコンセプトは、働く環境を柔軟に変えることで心身の働きが活発になる「転地効果」。サテライトオフィスでの経験を通じて、創造性や生産性の向上につながることを実感したことから、新オフィスでもこの経験を生かして、より様々なスタイルで仕事ができる環境づくりを目指したと言う。

その中でも顕著なのが屋外をイメージしたフリースペースであろう。希少植物を追って世界中を飛び回る“プラントハンター”として活躍する西畠清順氏のプロデュースによる、オフィスの中庭のような場所だ。世界各地の植物を集めたほか、ハンモックや屋根裏スペースを使って仕事や休憩をしたり、セミナーやイベントを開催したりするなど、社内外の自由なコミュニケーションを活性化する場として活用されている。



<画像>左:サテライトオフィス(徳島)、右:本社(東京) (写真提供:Sansan)

■「フリーアドレス」はもう古い!社員が季節ごとに勤務地を選べる「フリーオフィス」スタイルとは?

一方、海・山・川が全て揃った県南部の美波町に進出したのは、セキュリティサービスの開発・販売を手掛けるサイファー・テックだ。

サイファー・テックは2012年5月に「美波Lab」を開設し、美波Labでの働き方・暮らし方として、自然豊かな地域でアウトドアなどの趣味を存分に楽しむことで、常にリフレッシュした状態で業務に取り組んだり、時間の使い方を意識したりするなど、趣味や地域での活動と業務とを両立させるスタイル「半×半IT(×は個人の趣味や生活)」を提唱。その結果サーフィンを楽しむために首都圏から移住してきたエンジニアをはじめ、地元の狩猟女子など、趣味とIT業務を両立したいエンジニアが集まるようになった。



<画像>サイファー・テック「美波Lab」(写真提供:サイファー・テック)

元々は求人広告を出しても一向に応募が集まらなかった同社。しかしサテライトオフィス開設後は「美波Labで働きたい」「さすがに田舎は無理だが、こんな考え方の会社で働きたい」と採用活動が円滑になり、その結果社員数は開設前と比べて約3倍になった。

その一方で人員増加に伴い、東京と徳島市内にあるオフィスを拡張する必要が出てきた。そこでオフィス拡張を機に、美波Lab社員に限らず全社員が「半×半IT」を実践できるようにすることにより、社員一人ひとりが事業成長に向けて最大限に能力を発揮できる環境を整備すべく、「フリーオフィス」スタイルの採用に踏み切った。



<画像>サーフィンを楽しむために首都圏から移住してきたサーファーエンジニア(写真提供:サイファー・テック)

従来サイファー・テックでは、職種に応じてそれぞれのオフィスにて就業していたが、「美波Labでの経験を通じて、ITインフラとPCがあれば職種や場所に関わらず業務を遂行することが可能であることが分かった」(同社)という。

そこで職種や業務内容にとらわれず、社員が季節ごとに自ら勤務地を選べるようにしようと導入したのが「フリーオフィス」スタイルだ。これにより東京勤務だった営業担当者が夏の間は美波町に勤務したり、逆に美波町勤務のエンジニアがたまには都会の空気を吸いたいと東京に出てきたりするなど、社員一人ひとりの希望に応じて勤務地を自由に選べるようになる。

■ワークプレイスを地域住民に開放!?

またサイファー・テックの代表である吉田基晴氏は、美波Labでの地域活動を通じてさまざまな地域課題を目の当たりにしたことから、これら地域課題を解決すべく地域活性を生業とする「株式会社あわえ」を起業した。そしてあわえでは明治時代に建てられた銭湯をリノベーションし、2014年夏からワークプレイスとして運用するとともに、地域住民にも開放するという。



<画像>明治時代に建てられた銭湯「初音湯」(リノベーション前) (写真提供:あわえ)

古くは農業・漁業・観光産業などで栄えた活気あふれる美波町だが、近年は若年層の人口流出や高齢化などを要因に、地域の産業・経済は年々縮小し、それに伴い人の往来も減少するなど町の活気は以前と比べて失われつつある。

そこであわえでは人々の往来を増やす機会を創出し、美波町の活気を取り戻すきっかけにしてもらうべく、まだ各家庭にお風呂がなかった時代には住民交流の場の役割を果たしていた銭湯を、現代の“住民の交流・憩いの場”として開放することに。またあわえのワークプレイスを併設して、住民と社員とが日常的に交流を図れるようにすることで、住民との何気ない会話から新たなビジネスのシーズを探っていく意向だ。



<画像>リノベーション後のイメージ (画像提供:あわえ)

なおあわえには、首都圏から地域活性に使命感を覚えて夫婦で美波町へ移住してきた若者(Iターン)や、首都圏に居住しながら 月の半分を美波町にて勤務する若者(二拠点就業)が勤務するほか、直近では美波町周辺で生まれ育ったものの、地元に職がなかったために東京や大阪など都会に出た若者たちが、地元で働けるのであればとあわえに入社するケース(Uターン)も増えるなど、社員一人ひとりの趣向や状況に応じたワークスタイル・ライフスタイルを受け入れながら、多様な視点から地域活性に取り組んでいる。

■築150年の古民家をオフィスへ、古き“和”と最先端の“IT”が融合!

大阪に本社を置き、クラウドシステムの開発を行っている鈴木商店。代表の鈴木史郎氏は、クラウドシステムを生業とする企業として「どこでも仕事が出来る」ことを実証したいという想いや、社員たちにワークライフバランスを実現できる環境を提供したいという想いからサテライトオフィス開設を検討していたときに、サイファー・テックの取り組みを聞きつけて、2013年夏に美波町にサテライトオフィス「美雲屋」を開設した。



<画像>築150年の古民家をオフィスに(写真提供:鈴木商店)

「美雲屋」のオフィスは、明治初期に建てられた築150年の古民家をリノベーションしたものだ。表からはどう見ても古民家にしか見えないが、中に入ると古き良き和の要素と最先端のIT機器が調和するなど、独特の雰囲気を醸し出している。



<画像>“和”と”最先端”が融合した雰囲気(写真提供:鈴木商店)

■まとめ〜ワークプレイスは経営者の考えが端的に表れる空間

過疎地に進出する理由として「複数拠点でのリスク分散」を挙げる企業も中にはあるが、進出企業の多くは「働き方」を重視しているのが特徴だ。そしてサテライトオフィス進出組の中でも一部の先進的な企業は、サテライトオフィスの経験を全社に広げていこうと取り組んだり、社員一人ひとりの趣向・状況に応じたワークスタイルを受け入れたりするほか、住民に日常的に開放するなど新しいオフィスの在り方を模索し始めたりしている。

「田舎だから出来るのであって、都会では無理」と決めつけるのではなく、如何に経営者が本気になって社員の働き方(ワークスタイル)を考えられるか、それに尽きるのではなかろうか。そしてその考え方が端的に表れるのが「ワークプレイス」なのかもしれない。

【参考】過疎の町・美波町に都会のベンチャー が集結するワケ(Naverまとめ) http://matome.naver.jp/odai/2139227230119426901