日沖 博道 / パスファインダーズ株式会社

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最近、色々な業界で人手不足が表面化している。

景気低迷時期からずっと人手不足を指摘されているのが介護業界だったが、これは資格も必要で仕事内容がきつい割に給与が低いため。そして今でも事態は変わっていない。これは制度設計から変革する必要がありそうだ。

その後、東日本大震災後の復興事業と、復活した自民党の推す国土強靭化が「併せ技」として効くようになったタイミングからは、建設資材の高騰と共に、左官屋や建機運転手をはじめとする建設作業者が全国で急速に不足するようになった。

この事態については当コラム記事欄で何度か指摘した通りだが、スキルや経験が必要なことが多く、元々限られた供給がボトルネックになっている(その部分への処方箋が必要だが、これも本稿とは焦点が異なるため割愛)。

そして近頃では外食業界でも人手不足が深刻化しており、アルバイトが集まらないため、営業時間を短くするとか店舗新設計画を断念せざるを得ない外食チェーンが続出した。中には店舗を閉じざるを得ない事例まで現れている。元々店舗数を増やすことで成長するのが定石の業界だから、かなり切羽詰まった事態だ。

こちらは特別なスキルを要求するわけではなく、ごく普通のアルバイト人員を求めているのだが、介護業界と並ぶ労働条件の悪さのため、採用に大苦戦するようになっているのだ。

外食業界での人手不足には恒常的なものがあり、デフレ真っ只中の時期でも、辞めていく人を補充するために年中「アルバイト募集中」の張り紙をしているチェーン店が多かったのが実態だ。景気が少しよくなって、コンビニなど他業界にアルバイト希望者が流れるようになってしまったことが背景にある。

個々の店では不足する人手が補充されないため、残ったスタッフにさらに過重な負荷が掛るようになり、やがて彼らが体や精神を壊して脱落するという「悪循環」に陥る店が少なくなかったのだ。

その労働環境の苛酷さが表面化して「ブラック企業」の悪評が立ったチェーン店は(今まさに大騒ぎになっている店だが)、当然だが採用に苦しむ度合いが余計に強く、この悪循環もひどかった模様だ。

しかしこれはごく一部の外食チェーン店に限る話でもなく、かなり多くの外食店、そして小売や物流・倉庫業など「体力勝負」の業界に共通する悩みのようだ。特に低価格をウリにして伸びてきた企業ではその傾向が強いといえる。

ではどうしたらよいのか。

深刻なアルバイト人員不足を解消するために世間並みもしくは世間相場以上に時給を上げるというのは当然の策としても、それには限度がある。ましてや採用広告や人材紹介に多額の費用を掛けても、本質的にはまったく意味をなさないことは自明だ。

一部の外食チェーンで採っている方策が、他社・他業界でも参考になるかも知れない。

外食チェーン・東京レストランツファクトリーでは実業団バスケットボールチームと劇団を所有している。働きながらバスケを続けたい、または演劇を続けたい人材を確保することを思いついたわけだ。

また、居酒屋を運営するチムニー(株)では、それまで髪を染めることは厳禁だったが、客が不快にならない程度ならOKとしたところ、一挙に2倍以上の応募があったそうだ。若い方は「今のうちにおしゃれを楽しみたい」という気持ちが強いのだ。集まったアルバイトの人たちは明るく積極的な人材で、店に活気をもたらしているそうだ。

もっと汎用的かつ本質的なのは、ユニクロのファーストリテイリングやうどん・そばチェーンのグルメ杵屋が採用した方策だ。それはパートやアルバイト店員らを、短時間勤務・非転勤を想定した正社員とすることだ。

社会保障費負担を勘定に入れると確実に人件費は大幅アップするが、安定した雇用関係によりスタッフの忠誠心、ひいてはサービス品質が目立って向上するし、それまで空回りしていた採用に絡むコストは相当圧縮できるようになるので、トータルで考えればお薦めだ。

でもこうした手段がどうしても難しい店や業種もあるだろう。実際、正社員を募集しても集まらない中小企業は昨今少なくない。

ではどうすべきか。今後若い人材はどんどん減っていくのだから、継続可能性を考えるならば、若い人材にこだわらなければいいのだ。

50〜60代の中高年でもできるように作業を楽にすること。子供が学校に通うようになって少し手が空くようになった主婦でも分担できるように時間帯をより細かく分けること。接客は無理だけど他の人が嫌がる単純な仕事を黙々とこなせる自閉症の人材を、ぴったり合った業務にアサインすること。

「今までこうやっていたから」といった固定観念を捨てれば、実行できることは少なくない。働きたい人はまだまだ世の中に沢山いる。

それと、忘れてならないのは、今すでに働いてくれている社員やパート・アルバイトスタッフに対する労働条件・環境の改善だ。

いくら採用数を増やしても既存スタッフにどんどん辞められるようでは、ザルで水をすくうようなもの。その過程で「ブラック企業」と見なされたら、先の企業例と同様、働き手から見放され、企業成長は夢のまた夢だ。

http://www.insightnow.jp/article/7833

そのためには従業員に還元する付加価値を確保する必要がある。単なる低価格志向ではない製品・サービス、もしくはメニュー構成を新たに開発しなければならない。

併せて必要なのが、今の業務のやり方に潜む、客にとっての価値につながらない無駄やボトルネックを見つけ、それを解消することだ。いずれも、固定観念を捨てなければ見えてこないものだ。

今、産業界は人手不足に悲鳴を上げつつある。しかし、こうした人手不足が表面化したことは、日本経済・社会にとって実は朗報だと小生は考えている。人材を使い捨てにするような企業を駆逐し、賃金を向上させてデフレを退治してくれるからだ。

そして必要は発明の母だ。苛酷な労働環境と人手不足を何とか改善しようという工夫を促し、ロボットやITなどの改善ツールの開発を促す。やがては日本に続いて人手不足時代を迎える世界各地の市場に、それらを輸出するチャンスを日本企業にもたらしてくれるだろう。

(本記事は2014年5月6日に掲載されたものを再編集しております)