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■なぜ、一部の学生に内定が集中するか?

2015年3月に卒業予定の新卒学生らを対象にした「就職活動=就活」が、昨年12月に解禁された。アベノミクス効果による業績回復を背景に、企業の採用意欲は昨年より高まっているといわれている。となれば、就活の厳しさも幾分やわらぐだろうと思いきや、学生からは「今年も就活は厳しそうだ」という声が多い。これは一体どういうわけなのか。『就活って何だ』などの著書があるジャーナリスト・森健氏は語る。

「景気回復により、各企業の採用人数が増える、採用を控えていた企業が再び新卒採用に踏み切るなどの動きがあるため、就活市場全体が活発になっているのは確かでしょう。ただし、これにより恩恵を受けるのは一部の学生だけ。『総合職』として、配属する部署を決めずに採用する日本の企業の性質上、人事部が採用するのは『どの部署に回しても通用する人材』。つまりゼネラリストです。その結果、どの企業も欲しい人材像は似てきます。不況でも内定をたくさん取る学生、そうでない学生に二分されてしまうのも、こういったゼネラリスト採用の方針が続く限り、変わりません」

学生たちが憧れるような大企業ほど、こうした傾向は強くなるそうだ。

「企業規模が大きいほど、“どの部署に配属になるかわからない”ので、欲しい人材像はより類似してきます。また、そうした人材をいかに確保するかが、人事部にとって社内評価につながる一方、企業が欲しがるような人材は共通しているので、優秀そうな学生には内定がさらに集中することになる。そういう学生はのどから手が出るほど欲しい。景気は良くなっても、かつてのようにみんなが“売り手市場”で笑顔になれる時代は来ないでしょうね」

では、具体的に企業の人事部が「何としても欲しい」と感じる人物像とは、どのようなものなのか。

「当たり前と思うかもしれませんが、『問題発見・解決力や社会常識があり、コミュニケーション上手で、仲間として一緒に働ける人間』です。しかし、欲しい学生像が明確なのにもかかわらず、それを15分程度の面接を数回行うだけで見抜くのは難しい。ある程度選考が進むと面接で“他社での内定の有無”を聞かれるのも確信が持てないからでしょう」

■なぜ、学力重視に回帰したのか?

こうした不明確な採用方法への反省から、ここ1、2年のトレンドとして「人物重視採用」から「学力(学歴)重視採用」への回帰が挙げられると森氏。面接で察するしかない「人柄」の部分よりも、大学名や成績、SPIで明確に線引きができる「学力」の部分に重きを置く傾向が今後強まる見込みだ。

「もちろん、筆記試験だけで採用するわけではありません。面接が最重要なのは変わらない。しかし、その面接までにたどりつくためのハードルは高くなります」

面接に到達するまでの選考過程で、これまで以上に学生の絞り込みを行うというのである。

「企業が再び学歴や学力を重視し始めたのは、『人物重視』として採用した学生のあまりの使えなさに、人が人を見る目の不確かさを思い知ったためです。昨今、熱心な学生は就活セミナー等に通い、『エントリーシート上手』『面接上手』になっています。悪い言い方をすれば『ごまかし上手』で、巧妙に企業が欲しい人物像を演じられるのです。こうして入社した学生の中に、使えない人材が散見されました。能力ではなく、入社への熱意に着眼していたので、希望部署に配属されないなどの理由で、やる気が下がればパフォーマンスも下がってしまう」

確かに就職活動を始めるまでよく知らなかった会社に対して、“一生この会社で頑張る”と言っても、入社後にその熱意は冷めてしまうかもしれないが、学力や思考力はそう簡単には落ちない。

「学生の能力を測る以外に、採用側にも学力・学歴重視のメリットがあります。それは採用にかかる手間の省略。私が学生だったバブル期は、いわゆる『学歴重視採用』の全盛期。各大学の学生課が持つ名簿をもとに、企業から学生に説明会の案内が直接送られるので、大学名によって『門前払い』があった。しかし、大学名を不問とする企業が現れたのち、リクナビやマイナビサイトが登場、すべての学生に門戸が開かれ、就活が一見『平等』になってしまったのが、企業にとっても学生にとっても不幸の始まり。中堅以下の大学の学生も有名企業にエントリーシートを送るようになり、人事部を泣かせることになったのです」

多くて十数人の人事部が、短い就活期間中に読めるエントリーシートの数はたかが知れている。にもかかわらず、人気企業の採用には、何万人という学生がエントリーする。森氏によれば、「大学名による門前払いは、復活しています。大企業なら、入試難易度上位20校が目安」

旧7帝大、東工大、一橋大、筑波大、早慶、GMARCH、関関同立で、すでに22校である。いかに狭き門なのかがわかる。

学生対象のセミナーを行う傍ら、All Aboutなどで就活関連の記事も執筆している就活コンサルタントの小寺良二氏からは、さらに厳しい話も飛び出した。

「『門前払い』というと聞こえが悪いですが、日本の50%以上の企業が『ターゲット大学』を決めているといわれています。企業によっては説明会の段階でふるい分けているところもある。さらに、GMARCHや関関同立などの上位私立校の学生でも、安心はできません。これらの大学の学力に対する企業の信頼感に陰りが出ているのです。というのも、少子化の時代にあって、すでに大学は学生の取り合いの状況になっている。ネームバリューのある上位私立校ですら、指定校推薦やAO入試の枠が年々増えています。そこで最近は面接のとき学生に一般入学か推薦入学かを問う人事部も多い。当然、評価が高いのは一般入学の学生です」

上位私立校でもこの厳しさ。就活にあえぐ学生が多いのも納得である。

こうなってしまうと、上位20校以外の学生は門前払いになってしまうようにも聞こえる。しかし、小寺氏はそこまで状況を悲観していない。

「偏差値上位校に有利な状況ではありますが、企業もすべてを学力だけで判断するわけではありません。逆に偏差値上位校に内定者が偏ってしまうことを懸念している企業も多いのです。下位校の学生にもチャンスはありますし、面接が最大関門である状況は今後も変わりません」

“大学名”、SPIに加えて、採用市場に新たな指標が持ち込まれようとしている。それは“学業成績”だ。

「これまで大学の成績が就活で重視されなかったのは、大学によっても、教授によっても成績の付け方の基準がバラバラだったから。この成績もGPAという成績の平均値で統合されつつあります。また、DSSというNPO法人を立ち上げ、成績の比較を容易にできるような制度も徐々に整い始めている。GPAについて言えば、欧米ではすでに科目にコードが振られており、コードを見れば『100番台は基礎』『300番台は専門的な応用』など、科目の分野や難易度がおおよそわかるようになっています。これだと、“簡単な基礎科目で成績を稼ぐ”ことも難しくなってくる。日本でも今後制度が整えば、大学の成績にもごまかしが利かなくなる。これから先、希望の企業に入社するためには、真面目に勉強をすることも必要条件という時代になるでしょう」(森氏)

これによって、“有名大学に入ったら就活までは楽ができる”という神話も完全に過去のものになると森氏はみている。

■経歴や肩書の見方が大きく変わります

では、高くなった面接へのハードルを越えた後、面接試験では何を評価されるのか。

「面接で評価される人材像は、以前と変わりません。しかし、評価の仕方が大きく変わります。成果や実績などの具体性重視です」(森氏)

これまでの抽象的な“人柄”採用への反省から、多くの企業で客観的に見える能力や努力を見ようとする傾向に移行しつつあるそうだ。

「たとえば、人事部が昔から信頼しているカードとして、『体育会』があります。体育会でスポーツに打ち込んできた学生には、厳しい練習に耐え抜くタフな『精神力』があり、チームワークで鍛えられた『協調性』や、縦社会にすばやく馴染む『社交性』など、職種でいえば営業向きの特徴があります。総合商社や証券会社は、体育会のラグビー部やアメフト部出身者が多い。しかし、体育会の強みは仕事上で役立つだけではありません。その努力の過程が伝わりやすい、イメージしやすい点が圧倒的に有利なのです。学生時代に打ち込む活動には、サークル、学業など多様な方向性があるでしょう。趣味やサークルでも先に挙げたような『精神力』や『協調性』といった能力は身に付きますが、“体育会にいた”という事実は、面接官に特に伝わりやすい。こうした努力のプロセスが客観的に見えやすいことが今後は面接で、より強みになります」(森氏)

しかし、最終段階では、やはり企業との相性ということになるらしい。

「たとえば、銀行などの金融系は、お客さまからの信用が何よりも大事です。そのため、取り組みに誠実さが感じられる、いわゆる『真面目な優等生タイプ』を好みます。これと似ているのがインフラ系。企業規模が大きく、転勤が多いこともあり、“どこへ行っても環境や周囲の人に合わせられる”調和型のタイプが求められる。それに対して、大手のマスコミや広告系では、クリエーティブな仕事も多いため、個性的で少しキャラの立った『面白い子』を採用する傾向にあります」(森氏)

企業との相性を考えるうえで、就活生やその親が見落としがちなのが、企業の規模や好況・不況によって採用の方向性が変わることだという。

「大企業の場合、5年後、10年後に活躍する『可能性のある学生』を探していますし、規模が小さくなるほど『即戦力になる学生』が求められ、能力の有無が重要になる」(小寺氏)

また、その企業が創業期、成長期、成熟期の「どの時期にあるのか」というのも重要な要素だ。

「たとえば、私の前職であるリクルートは、5〜6年前までは体育会系の企業だといわれていました。企業として成長期にあたる時代には、何よりも営業力が求められるので、営業向きの人材を採用していたのでしょう。その後、企業として成熟し、グローバル化やIT化を促進している現在では、グローバルな展開に対応できる語学力のある学生や、高い情報技術を持った学生が多く採用されています。サイバーエージェントも、アメーバブログ(アメブロ)がヒットしていた時代に採用したのは、『次の一手が打てる学生』でした。『アプリ開発にも力を入れていくべきだ』などと、企業の未来予想をして、そこに自分がどのように貢献できるのかを語れた学生が、人事部の心をつかんだのです。“欲しい人材像は似てくる”と言いましたが、最終面接まで進めば学生の実力はほぼ一緒。そこでこうした、社風や企業を取り巻く環境に合った一言が合否を分けることもあります」(小寺氏)

■大手企業人事部長の最終判断基準

これまで、さまざまな企業の人事部に取材を重ねてきた森氏は、名だたる企業の人事部長の生の声を聞かせてくれた。

「三菱東京UFJ銀行の人事部からは、『素直な人が欲しい』という話を聞きました。これは、『組織のいいなりになる人間』という意味ではなく、日々学ぶべきことを学び、吸収し、トライする、『目の前のことに実直に取り組める人』という意味だそうです。三菱東京UFJ銀行は、個人の預金口座数だけで約4千万口座を持つ世界最大規模のメガバンク。社会やお客さまへの貢献という意味では、『黒子として汗を流せる人』ともいえるでしょう。

JR東海は、終身雇用を掲げる『古き良き日本企業』の代表格。人事部長は、『協調性やコミュニケーション能力はもちろん、チームの中で自分の考えを実現させるために、周囲を納得させる力を持った人を求めます』と話していました。終身雇用の企業は、ある意味、大きな家族のようなもの。そういった場で成長していくためには、チームワーク・プラスアルファの能力が求められる。

違った意味でのチームワークを求められるのが、マスコミの仕事です。フジテレビの人事部からは、『希望部署に配属されなかったら……という質問に、絶妙な間で〈困ります〉と答えた学生を三重丸で通しました』というエピソードが。テレビ局は、社員だけでなく、制作プロダクション、芸能事務所、出演者……と多様な人間関係のなかでバランスよく立ち回っていく必要のある世界。体力的にきつい現場仕事も多いため、『底抜けに明るく、失敗したとき大きな声で謝れる人』という点が採用のポイントであったり、若干男性が多めの男女比にもうなずけます。

『求める人物像をあえて決めない』というのはサントリー。『5年後、10年後のサントリーで活躍しそうな人物、という軸はありつつも、面接官がおのおの自分の基準で学生の魅力や伸びしろの部分を見る』のだとか」

このように人事部の声を並べると、当たり前のようだが、最後の最後で合否が分かれるのは「面接官や企業との相性」ということになるようだ。ホームページや主力商品から受けるイメージではなく、説明会やOB・OG訪問で会った社員の雰囲気こそが、その企業の求める人物像を知るうえで大きなヒントとなりそうだ。

結局、採用担当者は採用のプロではない。たまたま人事部に配属されただけにすぎないのだ。そう考えれば、「成績」「学歴」「体育会」など目に見える基準に頼る傾向も十分うなずける。ゼネラリストとして活躍できる能力があることを見抜いたうえで、“自社に合うか”を最終判断の材料にするというのは、合理的だといえるのではないだろうか。

「学力重視への回帰も、以前から続く体育会優遇や有名大学の理系ゼミからの推薦枠も、同じ軸で貫かれています。それは“1つの目標に地道に打ち込んでいること”、そして“その努力が見えやすいこと”です。これについては小手先で乗り切るような奇策が通じない。実直な努力を評価する方向へ企業も向かっています。学生も親も“目に見えやすい成果に向かって地道に取り組む”ことがこれからの内定への近道」(森氏)

大学受験さえしっかりやっていれば就職は逃げ切れたバブル期、小手先の面接テクニックで何とかなった人物本位時代を経て、ようやく学生の努力が評価されるような時代になったのかもしれない。

(大高志帆=文 宇佐見利明=撮影 PIXTA=写真)