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んで承認要求を目的にブログを書いている人なのだが、これってインフレするんだよね(苦笑)。だれでも自由に多くの人に自分の意見を読んでもらえる社会、それだけですばらしいと思うんだけどね。ちょっとまえまではそんなこと不可能だった。自費出版とかしたって、限界があった。それが可能になっただけで満足すべきだと俺は思うんだけどね。

ところがいまはそれでは満足できない人々が増えたらしい。批判されると自分の意見を発表するのに躊躇してしまうから、そういうことをしないでほしいという。贅沢になったものだ。

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でも仮にそれが実現したとしても、さらに欲求は増えると思う。みんなあの人のブログは褒めるのに、自分のブログだけは誰からも褒められない。これじゃ創作意欲がわかない。アクセス数をわからないようにしてほしい、みたいな。運動会で順位をつけるとビリになった子が可愛そうだから、手をつないでみんな同時にゴール、みたいな(笑)。

承認要求というのは本質的に我儘であることから目をそらしてはいけない。自分だけを見てほしい、でも自分が誰からも見られないのは嫌だ、つまり自分が勝者になりたい、というのが承認要求の本質。これは人間の競争本能を支える大事な感情。でも本能というのは、利己的で醜く残酷なものだ。それを美化しようとすると、どこかに歪みが出る。

自分の醜さを自覚しよう。醜さを否定してはいけない。醜さとは生物の本質に根ざしているものが多い。人間が生物である以上どうやっても取り除けない。醜さを強引に否定するということは、もっと醜悪になるということだから。

執筆: この記事はメカAGさんのブログからご寄稿いただきました。

寄稿いただいた記事は2013年12月13日時点のものです。