2戦連続ベンチ外で苦境に立つ吉田麻也。重なった失敗の要因とバージョンアップへの覚悟とは

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プレミアリーグ開幕から2試合を終えて、いずれもベンチ外。吉田麻也は今、苦境に立たされている。ブラジルW杯まで約300日という時間の中で、いかに再生し、バージョンアップするか。その決意に迫った》

文=西川結城 サムライサッカーキング9月号掲載(8月12日発売)

プレミアリーグで得た手応えの崩壊

 ブラジルの空は、突き抜けるぐらい青かった。人々も皆、笑顔がよく似合う。我々の真裏に位置する国は想像どおり、明るさに満ちた土地であった。こんな場所に、曇りがちな表情はそぐわない。

 ただ、そうも言っていられないほど、打ちひしがれた男が目の前にいた。かの地を飛び立つ際、最後に語り掛けてきた一言は心の底から出たものだろう。「心身ともに疲れ過ぎてしまった。とりあえず、切り替えたい……。休みます」

 吉田麻也がブラジルで見せたパフォーマンスは残念ながら褒められたものではなく、はっきり言って散々だった。

 コンフェデレーションズカップを、吉田は試金石と捉えていた。この舞台で列強国の攻撃陣を相手に、自分の力がどこまで通用するのか。「今後、世界でプレーしていく上で、そして来年のワールドカップに向けて、自分の指標を見つけたい」。そう、大会前に話していた。

 もちろん、そこには未知数な力関係も存在しただろうが、同時に一定の自信も兼ね備えていたのだろう。W杯最終予選後、日本を離れる前に彼が見せた表情と言動からは、どこか「やれる」というような芯の強さが伝わってきた。

 その自信の源が、イングランド・プレミアリーグでほぼ1年を通してプレーし続けてきたことにあることは間違いない。日本人センターバックとして初めて同リーグに挑戦し、酸いも甘いも味わいながら、シーズンを走り抜けた。対戦相手の屈強なフィジカルに、どう対抗していくか。自分の持ち味である読みの鋭さやポジショニングといったものを、いかにピッチで表現し、監督と味方、そして敵に強烈な印象を残していくか。そうした鍛練と試行錯誤の日々が、吉田の血肉となっていった。

 またそれはサッカー先進国の選手たちが集まる中で、「自分はアジアのDFを代表して戦っている」という自負を示すものでもあった。そんなハイレベルなプレミアの舞台を、吉田は闘い抜いた。リーグ戦出場は30試合を越え、そのほとんどが先発だった。チームでは欧州の選手らとポジションを争い、いつしか彼らを超える存在になっていった。

 それでも、青いジャージに着替えると、吉田には苦々しさが残っていた。昨年あたりから、代表戦では自分のミスやファウルが失点に直結するような場面を繰り返し、極めつけは今年3月。W杯予選のヨルダン戦で簡単にドリブルで抜き去られ、ゴールネットを揺らされたシーン。あの瞬間を見て、吉田に対して一種の“不信感“を覚えた人もいたはずだ。

 6月のオーストラリア戦からコンフェデ杯までの間で、吉田はその“不信感”を払拭することを望んでいた。「もう、代表で失敗は繰り返したくない。いくらクラブで良いプレーをしても、代表では代表での自分が見られ、評価される。ここでの自分も高めないと」

 オーストラリア戦は、それを肝に銘じた一戦だった。そして、その思いをプレーで体現する。相手のエース、ティム・ケーヒルの最大の決定機を、身を呈して防いだのは誰を隠そう、吉田だった。

◆バージョンアップに“近道“はない

 しかし、吉田の熱い思いとは裏腹に、身体の状態は決して万全ではなかった。プレミアの終盤、彼は突如、下腹部の痛みに襲われた。診断の結果「グロインペイン症候群の疑いあり」。サッカー選手の職業病とも言え、主に股関節や鼠蹊部辺りに痛みが出る厄介な負傷である。吉田の場合、元々足の内転筋が非常に柔らかいため、股関節には激しい痛みが出なかったことは幸いだった。それでも下腹部の違和感を抱えたままプレーはできず、リーグ終盤戦は欠場したのだった。

 すぐに完治するものでもないため、代表に合流以降も、常に入念なケアを行っていた。ブラジルに渡ってからも、痛めた箇所を稼動させていく姿を頻繁に目にした。「だいぶ良くなってきた。プレーに問題はない」。ケガを言い訳にしたくないのは、選手の性である。吉田も同様に、そう周囲に語っていた。ただ、動きは明らかに重たかった。

 そして、コンフェデ杯での失敗である。ブラジル戦の3失点目、イタリア戦での自身のミスを突かれての2失点目、そして途中出場となったメキシコ戦では2失点目のPKにつながる目測ミス。実はどの試合も、その他の場面では彼の良さが出たプレーや、好判断が光っていたところもあったのだ。それでも、そんな印象が完全に霧散するような、致命的なミスの数々だった。

 身体の重さも関係していたが、それ以上に突き付けられたこともある。いかに、センターバックにとって“瞬時の的確な判断“が大切か、ということである。「分かってはいたし、今でも頭では理解しているんです。でも、結果的に自分の判断の拙さが失点に直結した。このレベルの相手は、そうしたところを必ず突いてくることを実感として理解しました」

 青ざめた表情ながらも、問われたことについてしっかり声を絞り出していた。いくら恥ずかしいミスをしても、彼は誰からも逃げ隠れすることなく、言葉を紡いでいった。そして、こんな苦しい状況であっても、彼の口から出てくるコメントは、とても明瞭かつ真を突いたものでもあった。何度も言うが、顔色は悪く、胸の内には苦渋の感情しかなかった。それでも多くの記者の前で、堂々とした姿勢だけは失わなかった。吉田に唯一残された、意地と反骨心だったのかもしれない。

 7月。吉田は束の間の休息を過ごしていた。長い休暇は約1年半ぶり。昨年の夏は、ロンドン・オリンピック出場とサウサンプトン移籍に時間を費やしたため、12年以来の羽根休めとなった。

 悔恨の結果となったブラジルでの日々を、あえて一端忘れようとした。そのためか、吉田には笑顔が戻り、しっかりと心の充電もできたようだ。そして、サウサンプトンに合流し新シーズンの開幕を迎えている。抱えている負傷を考慮し、ゆっくりとした立ち上がりとなったが、7月下旬には練習をフルメニューで消化できるまでに回復していた。

 スペイン、オーストリアと合宿を巡り、イギリスへと帰ってきた吉田。彼は既に、いつもの平常心を取り戻していた。

「W杯までの1年、個人としても伸ばさなければいけない部分はある。フィジカル的なものはもちろん、プレーの判断の質を上げていかないことには厳しいことが分かった。いつも話しますけど、センターバックというポジションは他の位置の選手なら許されるミスが許されない。だからその判断の精度は、本当に突き詰めていかないといけないと思います」

 日本代表の選手たちが、口々にする“個”の成長。吉田は冷静に語る。

「近道なんてない。何かある能力だけを意識して、それだけが1年で急激に伸びることは難しい。それに、僕にとってプレミアの昨シーズンはもう関係ない。またレベルの高い舞台で新しいスタートが始まる。新たなポジション争いに勝って試合に出て、チームのためにプレーをする。そこで刺激を受け、手応えを一つ一つ得ていくことでしか自分をバージョンアップさせていく手はないんです」

 最後に、明確な意識の変化が、一つ、存在していた。

「昨年までは、アジアを代表するセンターバックとして戦ってきた。でも今シーズンはその意識は捨てました。これからは、プレミアを代表するセンターバックに仲間入りしていくための戦いです」