コンフェデ杯もいよいよ佳境に入り、決勝はブラジル対スペインという顔合わせになった。開催国のブラジルは、スタジアムの外でデモ騒ぎが起きている中での決勝進出だ。ここで結果を出さなければならないという意地もあるだろう。

さて、このデモについて、日本でも散々報道されている。公共料金の値上げが火種となり、一気に勢いが増したわけだけど、現地の仲間などからも情報を得ていると、深刻なデモというより、騒ぎたい人間がいたずらに寄り集まったお祭り騒ぎ的な側面も見える。
 
政府への不満という、くすぶっていた火に油を注いだのは、フェイスブックをはじめとするSNSだったりする。近年、フェイスブック革命なる言葉が作られるほど、一般民衆の連帯感を煽る装置として、フェイスブックなどのSNSは大きな影響を及ぼしてきた。今回のブラジルのデモもそれに似たようなところがあるのだが、どうも僕には中身のないものに見える。
 
そもそも、僕自身はフェイスブックというものの存在意義がよく分からない。なんだかみんなSNSという病にかかってしまったかのように、「今日は何を食べた」「明日は誰それと会う」「こんないいものを買った」などと書き込んでいる。すべて自慢というか、なんでこんなに過剰にアピールするのかと疑問に思うね。もちろん、僕自身はフェイスブックを利用していないが、仲のいい友達の多くも、フェイスブック病にかかっているよ。あれはただの自慢だよね? 友達を増やしたいはずのに、とにかく自慢するっていうのはよく分からないね。
 
こんなことを言うと年寄りの愚痴にしか捉えられないだろうけど、すべてが便利、合理性というキーワードで話され、リアルなつながりよりもインターネットという特異な空間の中でのつながりが重視される時代というのは、どうなんだろう。
 
ブラジルのデモや政治行動にも、なんだか空疎な印象を抱いてしまうのは僕だけだろうか。人と人とのつながりっていうのは、フェイスブックの友達の数で測れるものじゃなくて、もっと太い絆だと思うんだけどな。
 
もう一つ、あのデモの話題で伝えたいことは、「ブラジル人でもサッカーが嫌いな人はいる」ということだ。そこは日本のみんなに誤解してほしくないね。どこの国にだって、サッカーが嫌いな人はいる。だから、デモの中で見かける「W杯開催反対」というプラカードにも過敏に反応する必要はない。デモは100万人。ネイマールのゴールは果たして何百万人のブラジル人がテレビの前で見ただろう。後者の方が圧倒的に多いと信じているよ。