香港&シンガポール、エディ・アング
僕は普通にボクサーのアート・ジマーソンが勝つと思って試合を見ていたんだ。あの時は優勝したホイスの戦い方を見ても、『これはファイトじゃない』って感じた。だって、映画で見たファイトとは余りにもかけ離れていたから」
――ホイスを見て、感銘を受けたというわけじゃないんですね(笑)。
「そう、『こんなのダメだ。これは嫌だ』ってね。でも、一緒に見ていた友人は『もう1回、ちゃんと見よう』ってじっくりとホイスの戦いを見直したんだ。そうしたら、一番小さな男が全く怪我することなくテクニックを使って、簡単に勝ち続けている。『このテクニックを習いたい』という風に僕の気持ちは変わっていた」
「本当に難しかった。ロンドンに住んでいれば、また事情は違ったんだろうけど、ニューカッスルでは無理だった。だから、UFCの試合を見て弟を実験台にホイスの動きを再現するようになったんだ。フィニッシュを見ては、弟に技を掛ける。それがMMAを始めた第一歩だった(笑)」
――それから本格的に何かコンバットスポーツを学ぶようになったのですか。
「弟を相手に技を試すようになったのが14歳の時で、その後も古いビデオを買い集めた。昼食を食べるのを我慢して、食事代を貯めてビデオを買っていたんだ(笑)」
――今と違い、YouTubeで動画チェックという時代でもなかったですしね。
「DVDを買うたびに新しいフィニッシュの練習をした。MMAのジムが普通に見つかるようになったのは、2006年か2007年になってから。2002年にはロンドンでUFCが初めて開催され、ロンドン・シュートファイターズとかジムも開き始めたけど、ニューカッスルはずっと北にある街だから。そのまま高校、大学と進む間も試合映像から動きを学ぶ状態が続いた。これじゃ駄目だって、どこかでしっかりと学ばないといけないっていう想いは持っていたんだけどね」
――では、本格的にジムで練習するようになってからは、あまり年月を経ていないわけですね。
「大学のとき、アルバイトをしてお金を貯めて1カ月、タイに行った。シットヨートン・ジムと、今はゴールデングローリー・タイランドになったスコーピオン・ジム、フェアテックスでムエタイの練習をした。英国に戻るとまた働いて、お金を貯め、今度は米国に行き1カ月間、サンディエゴのアリーナやユニバーシティ・オブ・ジウジツでMMAとブラジリアン柔術の練習をした。NYのマルセーロ・ガルシアのところへも行ったよ」