ゴッホ展と広重展のどちらも入場可能なチケットは17ユーロ(約1700円)。一方のみは10ユーロ(約1000円)。

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パリにある美術館ピナコテーク・ド・パリでは「ゴッホ 日本の夢」と「広重 旅という芸術」という2つの展示が今おこなわれている。「ゴッホ」というのは日本でも人気の高いオランダ生まれの後期印象派を代表する画家。一方で「広重」は江戸後期の浮世絵師、歌川広重のこと。ゴッホは浮世絵の技法から多分に影響を受けたと言われている。その両者を比較しつつ同時期に展示する試みが、今パリで話題になっている。なぜ浮世絵はゴッホを語る上で欠かせないのか。彼の生涯をひも解くと理由が見えてくる。

牧師の家に生まれたゴッホが、画家として生きていくことを志したのは27歳の時だった。ベルギーはブリュッセルの王立美術学校へ入学した後、オランダのエッテン、ハーグ、ホーヘフェーン、ニュネン、ベルギーのアントワープと居を転々とした。この時期のゴッホの作品は、私たちが連想しがちな明るい色調のゴッホ像とはかけ離れ、総じて重く暗い色彩だった。この時期の代表作『じゃがいもを食べる人たち』は、難解な構成を組み込みつつ光景をありのままに伝えようとする意欲作だったが、当時は評価されることもなく、ゴッホには批判がもたらされた。

パリで画商をしていた弟テオの言葉もあり、パリへ移ったことがゴッホの画風に変化を与えた。当時のパリは、画家ジョルジュ・スーラに代表される印象派から進められた新印象派の勢力が強まっており、点描法とそれら明るい色彩はゴッホにも多大な影響をもたらした。加えて当時、影響を及ぼしつつあった日本の浮世絵もゴッホの興味を大いに引く結果となった。

ゴッホは多くの浮世絵を収集し、固有の色彩や遠近法を模写した。ジャポネズリー(日本趣味)の代表作『花魁』は浮世絵師、渓斎英泉の作品を写したものであり、『タンギー爺さん』の肖像画背景には多数の浮世絵が描かれている。また『花咲く梅の木』は歌川広重の『名所江戸百景 亀戸梅屋舗』を、『雨中の橋』は『名所江戸百景 大はしあたけの夕立』をまねたものだ。その後、浮世絵にある日本の情景を求め、ゴッホはパリから南仏アルルへ移っていく。

今回の企画展において特筆すべきは、各ゴッホ作品の隣に、ゴッホが取り入れた浮世絵の技法を、挿絵で例を挙げつつ解説している点だ。『タンギー爺さん』などの作品は一目で浮世絵の影響を認識できるが、ゴッホの風景画に隠された浮世絵の要素は素人目に見逃すことも多い。「ゴッホ展」で、それら木の描き方や人物描写、画面における川や道の構成などを具体的に理解しながら「広重展」に移れば、自分の中でぼんやりと繋がっていたゴッホと広重を結ぶ線がはっきりする。東西で生まれた異なる技法と才能が出合った瞬間が、120年余にわたる歳月を画の中で生き続けているのだ。

ピナコテーク・ド・パリによれば、意外にもこのように深く両者を比較する展示は今回が初だという。既知ゆえに、なかなか実現しなかった企画展。欧州でもっとも日本熱が高いと言われるフランスの、理由の一片を垣間見られるだろう。期間は来年3月17日まで。
(加藤亨延)