「サエズリ図書館のワルツさん」紅玉いづき/星海社FICTIONS
書籍、iPhone、Kindle(4,5)、Kobo、iPadを並べてみました。こうしてみると、やはりKindleやKoboは端末そのものがB6版(青年誌コミックサイズ)より小さく、液晶表示部も考えるとさらに小さくなっているのがわかります。iPadは逆に結構大きく見えますね。

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電子書籍のブームがきそうできていない、いやひょっとしたらきているのかもしれません。Readerの新しいものが発表されたり、Koboの新しいのが発売されたり、Kindleの新しいのが発表されたりしている、さらにはiPhoneの新しいものが発表されたりで、ハードウェア側は結構盛り上がってきています。

ではコンテンツ側は? というとこれがちょっと難しいです。電子書籍について、まだ「これ!」という決定版は生まれていません。今はいろんな会社があれこれとさぐっている状況と言えるんじゃないでしょうか。

そんな中、電子書籍ファンにとっては非常に面白い試みが行われています。星海社FICTIONSの「サエズリ図書館のワルツさん」という本で、第一章とあとがきの電子版を無料公開。しかも、iPhone/iPad/Kindle/Koboのそれぞれに合わせた形で最適化するように出版社側が調整をしているというのです。つまり、いわゆる「自炊」という、本をバラバラにしてスキャナで取り込んだものとはひと味もふた味も違う形のものが公開されているわけですね。これは興味深い!

というわけで、星海社のページからダウンロードし、全端末でそれぞれ表示させて見てみました。

■サエズリ図書館のワルツさんってどんな話?

ところで、おおもとの書籍に関しても少しだけ紹介しましょう。

「サエズリ図書館のワルツさん」の舞台は近未来になります。この世界では「紙の本」がとても貴重品となっています。ほとんどの本、というよりも全ての情報が電子データでやりとりをされている世界なのですね。そんな世界で、貴重な本を貸し借りする私設図書館「サエズリ図書館」の司書にして館長であるワルツさんは、本にまつわるさまざまなトラブルにみまわれたりします。

この文化遺産をよこせという人がいたり、漠然とした本を探して欲しいという依頼があったり、本を持ったまま失踪してしまう人が出たり。でも、ワルツさんはそれぞれの件に、時には毅然と、時には優しくあたります。なぜなら、それぞれの人にはそれぞれの事情と、その本にまつわる物語があることを知っているからです。

「だって、みんな、本を愛していらっしゃるでしょう?」

そんな、最も「紙の本」にこだわった物語を、あえて電子書籍にしてみているのが今回の企画なのです。これは面白い。個人的には紙の本も電子書籍も好きなので、こういう企画は大好きです。

■Kindle版

Kindleの本体は書籍よりも、そもそもの大きさが一回りほど小さくなっています。そして、表示する液晶には枠がついています。これが何を意味しているのかというと、1ページあたりの文章量を書籍と同じにしたら当然文字を小さくしなければなりません。そして、1ページあたりの文字量は全く同じでした。フォントも「秀英明朝 L」で同じものを使っているようです。

というわけで、Kindle版は文字の大きさが小さくなっています。ちょっと締まって見えますね。もともとの星海社FICTIONSは余白や文字の大きさにゆとりがあるようになっているので、十分これでも読みやすいです。

じゃあ、自炊をしたものと用意されたデータが全く変わらないの? というとそうではありません。書籍の場合、見開きの右ページと左ページでは余白の大きさが違っていたりします。簡単に言うと、右ページでは左側を、左ページでは右側の余白を大きくしないと、本を力一杯開かないと文字を読みづらくなるのですね。なので、そのまま自炊をするとそれぞれ微妙に余白の位置が違って、本文が右寄りになったり左寄りになったりします。

この電子書籍版はそれがなく、真ん中にきます。あと、書籍には必ずあるノンブル(ページ番号)とかもなかったりします。端末のページ数表記に依存というわけですね。必要のないものは切って、端末の真ん中にくるように調整された、Kindle用データのお手本みたいなものになっていました。

■Kobo版

Kobo版は基本的にはKindle版と同じなんですが、ちょっとだけ違う点があります。実は一番最初に公開されたとき、Kindleと共通のファイルだったのですがこれがどうも表示がおかしかったのでした。具体的には、文字がぎざぎざになっていたりして、明らかに解像度があっていなかったのです。

でもKindleもKoboも液晶の解像度は600×800で同じはず。いったいどうして……と、調べてみたところ、E-Inkの有効解像度は液晶の解像度よりも小さい領域になっているということを知りました。

有効解像度で言うと、Kindleが560×734になるのに対し、Koboは600×750になるのです。Kindleに最適化されたファイルを表示すると拡大表示をすることになって、ギザギザになっていたのですね。綺麗に表示されないわけです。

というわけで、現在はKoboに最適化されたファイルが公開されています。これはさすがに綺麗に表示されています。Kindle版と比べても遜色ありません。もし、公開初日の数時間にダウンロードした人がいたら、最新版をダウンロードするようにしましょう。

ちなみにSONYのReaderも含めて有効解像度をまとめるとこんな感じになります。今後自炊するときの参考にもなりますね。

本体の解像度(全部):600×800
Kindle:560×734
Kobo:600×750
Reader:584×754

■iPhone版

Kindle版やKobo版や書籍版とは違い、iPhone版は文字組が変わっています。具体的には、1ページあたりの文字数が違います。

書籍版は40文字×17行になっているのに対し、29文字×11行になっています。もちろんこれは自炊ではできない、出版社ならではですね。

しかも、行末の句読点に工夫がしてあります。具体的には、「。」の後に半角アキが出てきたり、ぶらさがりという行末の文字のはみ出る部分を許容していたりするところです。詳しくは、こちらの最前線編集部ブログにて図入りで解説されていますので、そちらを参照してみてください。

ようするに、Wordなどで書いた書類でよくある、アルファベットや句読点などの位置によってうまいこと表示させるために文字の間が開いたりすることをなくしているということです。1行の文字数が少ないと、文字間が変わったりすると読みづらくなってしまうのですね。それをなくしているということです。

そのおかげもあってか、iPhone版は想像以上に読みやすく仕上がっていました。もともと自炊派ですと、iPhoneで読むときには1ページ分を丸ごと取り込んだものを表示させ、そのままだと文字が小さすぎるところを拡大してスクロールさせながら読む、ということになりがちです。それがきちんと読みやすいように組まれているのは、少し新鮮な体験でした。これならiPhoneで本を読む気になるなあという。

基本的にiPhone版はSafariでPDFファイルを開いたときに最適化されているのですが、個人的にはパソコンでファイルをダウンロードして、GoodReaderで読むのがオススメです。Safariだと左上に表示されている「5/165」のページ数表記が画面にタッチするたびに表示されたり、1ページ分ちょうどスクロールさせるのも手動でやらなければなりませんが、GoodReaderだとかなりきびきび1ページ分スクロールしてくれます。しかも、ページ数表記も一瞬しか出てきません。おかげでめちゃめちゃサクサク読めました。

■iPad版

最後にiPad版です。これがちょっと難しい。iPadは本体が大きいので、書籍よりも大きなフォントで読むことができます。iPadのSafariで表示すると、縦表示のときに1ページ分が表示できるように余白が最適化されています。もちろん、Kindle版やKobo版と同じように画面の中央に本文がくるようになっています。

iPadは画面が大きいので、文字が大きくなりすぎるのを嫌ったのか、余白を結構大きめにとっています。具体的には、下側の余白がかなり広めなのですね。これは縦スクロールしたときに結構楽でいいです。1ページ分きっちりスクロールしなくても読めますね。

難しいのは、これを見開き表示にしたときです。i文庫HDなどで見開きで表示すると、ちょっと下の余白が大きくなります。そんなに気にすることではないのかもしれませんが、少しバランスが悪い感じになるのもまた事実だったりします。特に、iPadの白版で見ると余白がかなり大きく見えてしまうという印象です。

最前線ブログには、KindleとKoboには余白がまったくないバージョンがあると書かれていますが、iPadも含めて是非とも公開してもらいたいものです。

■まとめ

どの版も、さすがによくできていて読みやすいです。それぞれの端末に合わせて作られたファイルというのは、読みやすいです。

紙の本も好きなのですが、いろんな端末で読むのも好き派としては、今後ともこんな感じに各端末に最適化されたものがきちんと発売してくれたらいいと願うばかりです。
(杉村 啓)

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