ドリヤス工場『あやかし古書庫と少女の魅宝』は、どこからどう見ても水木しげるワールド……なんですが、違う、全く別の何かだ! 水木絵翻訳された現代風能力バトル、ものすごくクセになる作風の漫画家が現れてしまった。

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書店でこの本見かけたら、首をかしげますよ。
あれ、これ水木しげる? 新作?
いや違う、作者の名前……ドリヤス工場。いやでもこれどう見ても水木しげる絵でしょ? なにこれ??
 
ドリヤス工場(作家名です)の『あやかし古書庫と少女の魅宝』は、一切、水木しげると関係ありません。
どんなに似ていようとも、一切! なんにも! 関係ありません!
つったってねー。「いや水木しげるの真似でしょう?」と言われたら、それは間違いなくその通りなんです。
水木しげる絵鑑定士レベルの高い人なら、いかに水木しげる絵と違うかは見て分かると思いますが、ぼく程度ではちょっとわかりません。
この作者、一体何者なのかをちょっと説明してみます。

まず内容の前に、ドリヤス工場とは何者なのかを簡単に説明します。
作者のドリヤス工場は、アンソロジーなどで色々なアニメやマンガを、水木しげるタッチで描くパロディマンガ作家でした。
実際には「水木しげる」という名前は一切出てこないんですが、まあぶっちゃけ誰が見たって水木しげるなわけですよ。
ここからが作者の面白いところなんですが、水木しげるの絵柄で色々なアニメをパロるんですが、それがギャグじゃないんです。
彼の作風は、翻訳なんです。
点描、おちょぼ口、線の強弱、吹き出しの配置、ベタ塗りのバランス、独特の「ひーっ」などの書き文字、妖怪たちがのんきに暮らすような不思議な間のとり方。
これらを徹底的に研究し、言語として捉えました。
なので、水木しげる絵でアニメキャラを描く彼は、面白みをそこに映しだしてはいましたが、水木絵でギャグをする、ということは一切していないんです。
言うなれば、彼の個性や主張はそこに全く入っていない。決して笑いのネタとして踏み荒らしていない。水木絵で面白おかしいことをするんじゃなくて、あくまでも水木絵に翻訳すること、それが一番面白いことなんだと信じて疑わずに描いている。
要するにリスペクトなんです。
そのためか、水木絵で色々な作品を翻訳はしますが、水木しげるキャラは描いていません。

もう一つ、水木しげるは確かに、この表紙のようなおちょぼ口のほほんキャラをたくさん描いてはいますが、他にもたくさんのタッチを用いて絵を描いています。特に貸本屋時代は様々なタッチを駆使していました。
女の子もすごい美少女を描くことありますし、美青年もいます。別にみんなおちょぼ口じゃないです。
ところがドリヤス工場はそこは真似ていません。
とことん水木絵を研究しているのは間違いないんですが、あくまでも翻訳、いや意訳なんです。一般的な、そこまで水木しげるマニアじゃない読者が読んでも、水木しげる的だと感じる要素を徹底的に抽出して、それを言語として用いてマンガにする作家なんです。
限りなく近いところだと、藤子・F・不二雄や手塚治虫の絵を用いた田中圭一が挙げられるかもしれませんが、それよりも自己主張は薄いです。もう水木しげるっぽい絵で見せてくれるだけで楽しくて仕方ないんですよ。

そんな作者の、オリジナルです。
まー、どうしても「出オチ」に見えちゃいますよ。短編ならともかく長編でどうなの?と。
ところがこれが、しっかりした物語になっているから全然出落ちません。

主人公の国分寺イクオは、古本屋で働く少年。
ところがどうやらこの店には「魅宝」(たから)と呼ばれるシロモノがあるらしく、次から次へと能力者がやってきます。
能力者と書いて「カテゴライズド」と読みます。うわ、カッコイー。
そんな彼のもとにやってくるのは、金属を自由に操り刀でばっさばっさと切り刻むポニーテールの少女八坂七星。彼女の能力は「刀鍛冶(ソードスミス)」。
またイクオに気があるのかちょいちょいやってくる先輩の少女中神先輩も能力者。「戦乙女(ワルキューレ)」の能力を用いて、霊体を使役し戦います。
イクオもその中で特異能力が開花。彼の能力は「一度だけ複製(コピーアットワンス)」。

このあらすじだけ見て、なんとなく気づいてもらえたら嬉しい。
能力バトルマンガなんですよ。ジャンプとか、ライトノベルとかでよくあるような。
二人の美少女! ぱっとしないけどやたら強い少年! 次々やってくるカテゴライズド!
とっても平成的、とっても2010年代的な内容なんですが、水木絵。なのでバリバリに戦後昭和のにおい漂う画面になっている。このバランスが絶妙極まりないから、面白いんです。

能力バトルマンガの水木パロディ、というだけにおさまりません。
出てくる能力の中には、「時間跳躍(タイムリープ)」を使って魅宝を狙うもの、「舞台監督(ステージディレクション)」という能力で集団の認識に任意の設定を割りこませて詐欺を行うものなど、非常に頭をつかうトリックもたくさん盛り込まれています。
いかにしてそれを3人の能力で退けるか、丁寧に計算されてマンガになっているので、これが仮に普通の絵柄でもかなり面白いでしょう。
でもやっぱり、水木絵だからいいんですよ。一切悪ふざけなくまじめに描かれていることで、水木絵のもつ昭和の味と、物語のもつ21世紀の味が融合した、全く新しいテイストの漫画が誕生したのです。
水木絵パロだと思わず、「水木しげる」という言語だと思って読むと、すんなり飲み込めるはずです。

個人的な見所は、ヒロイン二人とイクオのラブコメディ部分でしょうか。
一読目はこの絵柄で描かれたお風呂シーンやパンツ見えそうなシーンでついゲラゲラ笑ってしまうんですが、二回目に読むとヒロイン二人がめちゃくちゃかわいく見えるんです。びっくりしますよこれ。
七星も中神先輩も超かわいいです。ガチンコで描いているから、こっちが引きこまれてしまう。それがドリヤス工場のテクニック。視点が水木風ドリヤス工場ワールドに飲み込まれてしまいます。

ある意味、作者ドリヤス工場は、水木しげるタッチに物語を置き換える能力者(カテゴライズド)。
さて、今回は一巻目ということで、びっくり加点がどうしてもありますが、今後この作風が受け入れられるか否かは作者の腕にかかっています。これが2巻3巻と面白くなっていったら、ちょっととんでもないことですよ。


ドリヤス工場 『あやかし古書庫と少女の魅宝』

(たまごまご)