『エバンジェリスト養成講座』西脇資哲/翔泳社
パラパラ漫画でゼスチャーまでわかる! IT業界ならずとも必読

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「プレゼンがうまくなりたいなー」

こんな風に、漠然と感じているビジネスマンの方々、多いんじゃないでしょうか。

実際、その手のハウツー本って、たくさんありますよね。本書『エバンジェリスト養成講座 究極のプレゼンハック100』もカテゴリ的には、そうした一冊です。

でも、他の書籍が概念的すぎたり、パワーポイントの使い方指南だったりするのに対して、本書はもう一段高いレイヤーから、プレゼンのイロハを教えてくれます。

内容は▽プレゼンテーションとは▽対象の特定▽テーマ・シナリオ▽スライド作成・デモ作成▽当日までの準備▽本番▽その後の全7章。版元の翔泳社が過去3回に渡って開催した「ITエバンジェリスト養成講座」の内容をまとめたもので、内容も平易で読みやすく、忙しいビジネスマンにも最適でしょう。

著者の西脇資哲さんは、マイクロソフトのエバンジェリスト。同社製品のプレゼンテーションに勤しむ、バリバリの現役ビジネスマンです。そんな人が書いた指南書だから、パワーポイントの広告かと思っちゃいますよね。

でも内容は正反対で、スライドの作り方やツールの使いこなし方みたいな話は、ほとんど出てこない。かわりに「プレゼントはなんぞや」という話と、明日から使える細かいテクニックが100個、ぎゅぎゅっと詰まっています。汎用性が高くて実践的なんです。

もう一つ、IT業界でプレゼンというと、先日アップルを引退した、スティーブ・ジョブズという「神様」がいます。そのジョブズを脇においといて、マイクロソフトの、それも西脇某なんて一般には知名度の乏しい日本人が、プレゼン術を指南しているんです。

それって、ありなのという好奇心も伴って、ついつい手に取っちゃったんですが、これがホントに当たりでした。ちょっと第1章の内容をかいつまんで紹介しましょう。

まず西脇さん、プレゼンとは「相手に何かを伝えること」で、相手に伝われば「成功」、伝わらなければ「失敗」と整理します。

その上で大切なのは「相手に何を伝えたいか」を真剣に考えること。商品名なのか、機能なのか、ブランドなのか、それとも自分自身の売り込みなのか。その上で自分が伝えたいテーマが、相手にきちんと伝わるように、時と場所も考えて、方法論を選ぼうというわけです。目的と手段を取り違えるなって話ですね。

んでもって方法論、つまりプレゼンスタイルは▽オーソドックス型▽ビジー型▽フラッシュ型▽デモンストレーション型▽機能比較型▽完全比較型▽スティーブ・ジョブズ型の7種類に分類されています。

中でも初心者にオススメされているのが、フラッシュ型。写真や文字を多用して、1枚のスライドを2秒から5秒くらいで、さくさく切り替えながら進めていくスタイルです。 IT業界では「高橋メソッド」とも呼ばれているやり方で、本書でもサンプルとして27枚のスライドと台詞が収録されています。ちなみに、これだけで1分間のプレゼン用です。

このスタイルが向くのは、記者発表や余興、懇親会、またはエグゼクティブが相手で時間が限られている時。プレゼン内容を紙に印刷して、エレベータでパラパラめくりながらプレゼンし、後で部下の方に資料を手渡す、なんて小技も紹介されています。実際、大量の情報をわかりやすく盛り込めるので、目にする機会が増えてきました。
逆に絶対にやってはいけないのが、クレーム対応やトラブルシューティング、他社とのコンペ、非常にシビアな価格商談の場なんだとか。残念ながら僕らのようなプレスの人間は、こうした場でのプレゼンを目にする機会がないので、勉強になります。

スティーブ・ジョブズ型も気になるところではないでしょうか。たぶん文字で説明するまえに、ネットの動画を見てもらった方が早いでしょうね。iPhoneのお披露目となった、2007年のマックワールドカンファレンス&エキスポでの基調講演は、その真骨頂でしょう。

本書でもiPhoneばりに「ウィンドウズ・フォーン」で始まる11枚のスライドと台詞が掲載されています。1枚のスライドを数秒単位で切り替えていく点ではフラッシュ型と似ていますが、違いはスライド内に説明や台詞が入らないこと。情報やメッセージを、そのまま画像やイメージにおきかえて、キーワード的に使うのが特徴です。

裏を返せば、後からスライドだけ見ても、何のことか意味がわからない場合が多いんですね。スライドの写真をメモ代わりに撮影してレポート記事を書くことが多い、IT系ジャーナリスト泣かせのプレゼンスタイルだったりもします。語り、あるいは講演者に最も注目が当たるスタイルだと言えるかもしれません。
記者発表などで使うと効果抜群なのは、周知の通り。そのためにはスライドの前後関係を完璧に把握して、自分の言葉で話す必要があります。フラッシュ型はその勉強のために最適なんだとか。なるほどねー。

僕がこれまで見た中で、一番ユニークだったプレゼンは、デジカメで撮影した写真をスライドショーで繰り返しながら、講演者が20分間、話をするというもの。海外視察の報告会で、最小限の準備で最大限の効果が発揮された、非常にクレバーなスタイルでした。いつでもパワーポイントを使えば良いってもんじゃ、ないんですね。

またジョブズ型プレゼンは、あまりにIT業界で浸透しているため、マイクロソフトでも限られた役職の人しか、行わないんだとか。 西脇さんですら、聴衆に「何を気取っているんだ」と思われる危険性が高いんだそうです。こんなふうに、IT業界ならではのトピックが適度に散りばめられているところが、本書のもう一つのポイント。IT業界の人ならニヤニヤしながら、そうでない人も「へー」なんて読み進められますよ。

これ以降もいろいろと興味深い話が続いていくんですが(指先のジョブズ、笑顔のゲイツなんて説明、なるほどなーと思わされます)、中でも一番心に残ったのが冒頭の「私がプレゼンテーションで一番大切にしていることは『経験』です」という一文です。

自分がプレゼンするものを経験しているか否か。そして周りの人にも好きになってもらいたいか否か。嫌いなものをプレゼンする時は、「意外とかわいい」と思えるようになるまで使い込む。そうすると上手に説明でき、語れるようになる。つまりプレゼンは、自分の体験や経験を語ることだ・・・。こんな風に西脇さんは語ります。

実はこの「自分の体験や経験を語る」というのは、レビューがまさにそうなんです。だって読んでない本、遊んでないゲーム、体験していないイベント、食べたことのない食事は、レビューできないですから。その上で対象の評価や、感じたこと、メッセージを、読者にわかりやすく伝える。それが良いレビューの条件です。

つまり西脇さんがスライドと言葉で行っていることを、僕らは文字でやっているんですね。他にも学校教育とプレゼン、特売セールとプレゼン、就職活動とプレゼンみたいに、自分の仕事と引きつけて読みとける部分が、多々あるんじゃないでしょうか。

また余談ながら、本書は装丁やレイアウトにも気が配られています。帯は縦長で西脇さんの上半身がどーん。帯をめくると表紙に「EVA」のレイアウト。本文は上側にページの内容が箇条書きでまとめられ、プレゼンの解説ではスライドを連続配置。モノクロながら図版も多く、ビジュアル重視でデザインされています。

そして極めつけがページ左下。連続写真が印刷されていて、パラパラ漫画の要領で、講演中のゼスチャーまでわかるというサービスぶり。いやー、このわかりやすさ、見習いたいところです。
(小野憲史)