現在、「吉野家」「松屋」「すき家」の牛丼御三家がいずれも上海に進出しているが、各社の戦略は大きく異なる。なかでも違いが明確に表れているのが、出店場所だ。

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上海に進出している日系外食 第6回

(1)それぞれ異なる牛丼御三家の中国戦略

 現在、「吉野家」「松屋」「すき家」の牛丼御三家がいずれも上海に進出しているが、各社の戦略は大きく異なる。なかでも違いが明確に表れているのが、出店場所だ。

 「吉野家」は現在、上海に21店舗(同社公式サイト参照)を展開しているが、そのうちのほとんどが内環状線道路の内側(ここでは便宜的に「市中心部」と呼ぶことにする)に出店している。「松屋」は現在2店舗を展開。そのうち1店舗は虹橋開発区というビジネス街に、もう一店舗は上海中心部である人民広場にほど近い場所にある。

 一方「すき家」は、現在13店舗(中国サイト「大衆点評網」、本記事日付付け)を展開しているが、そのうちの過半数が内環状線道路より外側のエリア(ここでは便宜的に「郊外エリア」と呼ぶこととする)に出店している。

(2)変化する人口構造

 郊外エリアに出店することには、メリットとデメリットがあるだろう。メリットとして挙げられるのは、市中心部に比べて競争環境が穏やかであることや、店舗物件の賃貸料が安いことなどがある。一方、デメリットとしては集客面の難しさが挙げられる。郊外エリアは中心部よりも人の流れが少ないため、そもそも見込み顧客の母数が少なく、十分な顧客を確保することが難しい。

 しかしここ最近になって、そうした状況は大きく変わろうとしている。

 2010年7月7日付けの第一財経日報の報道によれば、「第11次5カ年ガイドラインの期間中(2006−10年)、上海の人口は中心から郊外へと拡散。“内環状線”区域の『常住人口密度』は3万84人/平方キロメートルとなり、5年間で16%減少した。一方、“外環状線道路”から外側の人口増加が顕著であり、5年間で『常住人口』は250.38万人増加。人口密度は1868人/平方キロメートルとなり、5年間で31%の増加となった」という。

 また、第12次5カ年ガイドラインにおいても、上海市は松江、嘉定、青浦といった“外環状線道路”よりも外側のエリアに力を入れると発表している。つまり今後は、過密状態である中心部に代わり、郊外エリアの開発が大きく進められることが見込まれる。

(3)郊外エリアに生まれるビジネスチャンス

 郊外エリアに人口が拡がり始めていることで、新たなビジネスチャンスがすでに生まれている。

 例えば、日本料理業界や焼肉業界。

 これまで日本料理店や焼肉店は、日本人が多くすむ虹橋古北地区や浦東新区、あるいは上海中心部の高級住宅エリアやビジネス街にオープンする傾向が強かった。しかし最近は郊外エリアでも日本料理店や焼肉店を見かけるようになった。

 焼肉店「COW BOSS」は、郊外エリアを中心に展開している焼肉チェーンだ。市中心部では焼肉は平均客単価が概ね100〜200元程度、あるいはそれ以上であるが、「COW BOSS」では58元の食べ放題コースが用意されており、地元の住人に人気となっている。最近はこうした郊外向けの業態が増え始めている。

(4)中心部と郊外エリアで大きく異なるニーズ

 立地条件が異なれば、客層もおのずと異なってくる。市中心部の客層はビジネスマンや商業施設の買い物客が多い。一方、郊外エリアの客層は地元住民が中心になる。ちなみに郊外エリアに住む住民は、外地(上海以外の地域)から移住してきた中低所得者層も多いため、市中心部の客層に比べて保守的であると考えられる。

 客層が異なれば、ニーズにあわせてメニューや価格設定を用意することは必須であろう。実際に、上海での「吉野家」と「すき家」のメニューには違いがある。

 「吉野家」が販売しているのは主に「どんぶりもの」や「カレー」など。一方「すき家」は「どんぶりもの」「カレー」「ラーメン」に加え、コロッケや焼き魚、から揚げなどの豊富なサイドメニューも販売。注目すべきは、「すき家」がオリジナルの中華料理風どんぶりメニューを販売している点だ。中華料理風どんぶりは、中国人にとって慣れ親しんだ中華料理の具材をどんぶりに載せたものだ。日本でも売られている麻婆豆腐丼や、麻婆茄子丼もある。

 「すき家」がこうしたメニューを取り扱うのは、郊外の消費者の味覚に合わせたメニュー作りを行っているためであろう。

(5)いかにして集客するか

 人口が増えつつあるとはいえ、郊外エリアの人の流れは市中心部に比べて大幅に少ない。そのためであろうか、「すき家」の商品を食べたことがある人の割合はまだ少ないようだ。

 上海に展開している日系資本・ブランドの飲食店13社について、サーチナ総合研究所(上海サーチナ)が上海市民2000人を対象に実施したインターネット調査(2011年3月)で、「すき家」に「行ったことがある」回答者は20.7%、「聞いたことがあるが具体的なことは分からない」が26.2%、「聞いたことがあり、ある程度のことは知っているが、行ったことがない」が16.2%、「全く知らない」が37.0%となった。

 また、実際に「すき家」に行ったことがある回答者に対し、「どのようにしてお店のことを知りましたか」と質問すると、「街を歩いていてたまたま見つけた」が最も多く、35.5%。同店の多くがショッピングモール内に出店していることから、周辺に住む買い物客に認知されているケースが多いと考えられる。

 ここ最近、郊外エリアでは次々に商業施設(ハイパーマーケット、ショッピングモールを含む)がオープンしている。周辺にマンションが立ち並んでいる場合、大盛況となっている店舗も多い。飲食店を出店する場所として、商業施設は最も有力な場所であろう。

(6)今後5年は「すき家」にとって追い風

 上述したように、上海市は郊外エリアの開発を今後の目標として掲げている。開発が進めば、人口が増える。人口が増えれば、そこには市場が出来、経済活動が行われる。そうなれば、新たなビジネスチャンスも生まれてくる。郊外に重点を置く「すき家」にとっては、追い風になることは間違いのないことだろう。(編集担当:森川慎一郎・サーチナ総合研究所研究員)

注:上海には「内環状線道路」「中環状線道路」「外環状線道路」がある。本稿では便宜的に「内環状線道路」の外側を「郊外エリア」と表現した。近年、「内環状線道路」と「外環状線道路」の間のエリアでは地下鉄の建設が急速に進められていることもあり、同エリアでは住宅区や商業施設などの開発が進んでいる。なお、本文中でも触れたように、第12次5カ年ガイドライン期間中(2011年‐15年)においては、「外環状線道路」の外側のエリアが開発の重点となる。



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