【新井監督続投】「ゾンビの問題で辛かったと思う」でも続く敗戦処理
これまで3度の辞意を
22日、広島の新井貴浩監督(49)の来季続投が報じられた。キャンプイン直前の1月下旬、選手だった羽月隆太郎氏が「ゾンビたばこ(エトミデート)」と呼ばれる指定薬物を使用し、医薬品医療機器法違反で逮捕(その後、同罪で起訴)。監督はシーズン中に3度、辞意を伝えていたが、松田元(はじめ)オーナー(75)ら首脳陣が慰留した結果、来季も指揮を取ることが決まったという。
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今回の報道によれば、新井監督はこれまで3度、球団側に辞意を伝えたとされる。羽月氏が逮捕されてキャンプインした後の2月上旬、羽月氏が「自身を含めて6人がゾンビたばこを購入していた」などと暴露した後の5月下旬、そして松田オーナーを直接訪ねて辞意を伝えた6月中旬--の3度だが、いずれも慰留されたという。

「ゾンビ(たばこ)の問題もあって本人は」
松田オーナーは続投報道を受けて22日に取材に応じ、続投を認めてこう話した。
「本人が責任を感じているが、お前が責任を感じることじゃない。それだけは絶対にない。来季も新井監督にやってもらう。ゾンビ(たばこ)の問題もあって本人は辛かったと思うが、来年もチームを1つにまとめる、一丸となって戦うには新井しか思いつかなかった。結果を求めないわけじゃないけど、(就任)1、2年目のような溌剌さというものを見ている人にもわかるようにやってほしい。新井カラーかな」
スポーツ紙デスクによると、
「今シーズン、新井監督の顔から笑顔が消え、悲愴感が漂っているとの報告は受けていました。球団側に辞意を伝えたことも聞いていましたが、オーナーも含めて3度とは……。辞めたいなら辞めれば良いと思われるかもしれませんが、新井監督の責任感の強さが辞意撤回に大きく作用したとは言えると思います」
球団の思い描く理想の監督は
新井監督の指揮1年目の2023年は5年ぶりのAクラス(2位)だったが、2、3年目はBクラスで今季もBクラスが確定し、シーズン最終盤に最下位を争っているところだ。
「球団には“新井監督は今季限り”という考え方もあったようです。世間的には野村謙二郎、緒方孝市両監督の再登板、球団OBで元阪神監督の金本知憲氏や球団レジェンドの黒田博樹氏の起用などが期待をこめて語られていましたが、いずれも可能性は低いようです。特に黒田氏はファンにとっては待望の人物ですが、本人にやる気はないとのことです」(同)
では、球団の思い描く理想の監督は誰なのか。
「石原慶幸バッテリーコーチ(47)です。県岐阜商から東北福祉大を経て2001年のドラフト4巡目指名で広島に入団、2020年に引退するまでカープ一筋を貫きました」(同)
ゾンビたばこ事件がなければ新井監督が4年目を終えて石原コーチに禅譲という流れができていたのだろうか。
3度の慰留を受け入れた
「そうですね、新井監督もそれはよく理解していたはずです。それだけに球団側に早めの辞意伝達を行ったのだと見ています。球団側は新監督を迎えるにあたって現場の混乱がある程度収まったと判断できる状況を作りたい、それが実現しないまでは新井監督に続投をお願いしたいという思惑もあったのではないでしょうか」(同)
新井監督の辞意にウソはなかったようだが、オーナーを直接訪ねたことも含めて3度も球団側に辞意を伝え、結果として翻意するという流れには「うさん臭さがつきまとう」(同)との指摘も少なくない。この場合の「うさん臭さ」の元は生真面目な新井監督ではなく、球団なのだという。
「いわゆる三顧の礼とは意味合いは違いますが、3度の慰留を受け入れたというストーリー自体、鼻白む感じがしたのは事実です。そういう話にしておきたい、そうしておこうという力が働いていると言いますか。今回の記事自体、球団側が“リリースOK”とゴーサインを出さなければ日の目を見ることはないでしょうから、球団側の思惑が少なからず絡んでいると見てよいのかもしれませんね」(同)
続投を断れなかった
ここまでの話をまとめると、球団としては今季限りで新井監督から石原バッテリーコーチへの禅譲をもくろんでいたが、ゾンビたばこの一件でそのシナリオが一部崩れ、「騒動を収めるまでは新井監督に担ってもらってその後に石原コーチを」という流れになったのではないかという見立てだ。
「球団側の思惑に反して騒動は収束するどころか炎上して盛り上がるばかりで、今もなお収束の目途は立っていません。新井監督は松田オーナーのお気に入りであることは間違いなく、“今後も広島のことをよろしく頼む”とまである種の含みを持って言われたのなら続投を断れなかったのかもしれません」(同)
自身に責任の無いゾンビたばこ問題で、長い「敗戦処理」を任された格好の新井監督。それが来季の成績にどう影響するかは神のみぞ知る。数少ない好材料は、広島カープが初優勝を遂げたのは3年連続最下位の翌年だった、というあたりだろうか。
デイリー新潮編集部
