25年宝塚記念を制したメイショウタバルと(右から1人おいて)武豊、松本好雄さん、石橋調教師

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◆凱旋門賞・仏G1(10月4日、パリロンシャン競馬場・芝2400メートル)

 JRA海外馬券発売対象の第105回凱旋門賞・仏G1(パリロンシャン競馬場・芝2400メートル)は10月4日、日本時間23時5分に発走する。自身そして日本競馬の悲願達成へ、武豊騎手(57)=栗東・フリー=はメイショウタバルで12度目の参戦。昨年8月に亡くなった先代オーナーの松本好雄さんの思いも引き継ぎ、幼なじみでもある石橋守調教師(59)=栗東=と“チームメイショウ”で挑む今回。熱い思いを胸に秘め、世界最高峰の舞台に立つ。

 節目のデビュー40年目に、ドラマが待っていた。「ほんと、凱旋門賞に行けるなんて。やっぱ面白いね、競馬って」。武豊にとって、今年の凱旋門賞が特別なのは、“縁の結晶”であるメイショウタバルと挑むからだ。

 「今年(25年)は国内で天皇賞・秋、有馬記念。来年は凱旋門賞に行きたい」。昨年8月に逝去したメイショウタバルの先代オーナー・松本好雄さんは、この言葉を残していた。26年は大阪杯から始動、僅差の2着。宝塚記念では“恵みの雨”も降り、史上3頭目の連覇を果たした。「胸を張って行ける」。最高の形で遺言をかなえた。

 武豊、石橋調教師、そして「メイショウ」で凱旋門賞といえば08年のメイショウサムソン。当時騎手だった石橋師が主戦だったが、07年の秋から、凱旋門賞遠征を見据えて武豊への乗り替わりが決まった。松本好雄さんは2人の仲が崩れないよう配慮し、宴席で両者に直接告げたという。

 今回は騎手と調教師というタッグで挑戦。「石橋さんに、『乗り替わりしちゃダメですよ。あのときの仕返しで、ルメールで行くとか言っちゃダメですよ』って言ったわ(笑)」。武豊がこんな冗談を言えるのも、チームの信頼が厚いからだ。

 武豊は、自らを「凱旋門賞を有名にした一人じゃないか」と言う。子供の頃から憧れたレース。競馬学校生時代に見たサガス(84年)、ダンシングブレーヴ(86年)などの勝利は、今もはっきり覚えている。初騎乗は94年で、英国の実力馬ホワイトマズルで6着。「めっちゃ叩かれた」と苦い思い出を振り返るが、当時25歳の若武者のチャレンジは、日本のホースマンにも凱旋門賞というレースを強く印象付けた。

 今月中旬には、親交の深いアスリートが壮行会を開催。9日に訪れた、令和8年熊本地震の被災地である八代市の避難所でも、老若男女から「凱旋門賞、頑張ってください」と声をかけられた。「タバルといえば熊本ですよね(タバルの由来が熊本の地名の田原坂)。喜んでくれるでしょうね、もしいい結果が出たら」と、力を込める。

 タバル自身の成長も心強い。「乗りやすくなってきてるし、もう暴走したりとかもない」と、以前より落ち着いたと実感。パリロンシャン競馬場はタフさが求められるが、「道悪が上手ですからね。そういう意味では、そんなに気にしなくていいのかな」と不安視していない。

 昨年のドバイ・ターフからコンビを組み、今回で7戦目。いよいよ、欧州最高峰の祭典に向かう。「やっぱり人のつながりを感じる馬。また自分がこの年になって凱旋門賞に連れてきてくれるわけですから、すごくありがたい。このチームでいけるのも特別ですね」。伝統の「青地に桃襷(たすき)、桃袖」の勝負服で、パリに日の丸を掲げる。(水納 愛美)

 ◆凱旋門賞 世界最高峰のビッグレースで創設は第1次世界大戦後の1920年。10月1週目の日曜に、パリロンシャン競馬場で行われる重賞。3歳以上の牡馬、牝馬(セン馬にも来年から開放予定)が出走可能。今年の総賞金は500万ユーロ(約9億2081万円=26年JRAレートで換算)で1着賞金は285万7000ユーロ(約5億2615万円)。過去104回の優勝馬はすべて欧州調教馬。日本は延べ38頭挑戦で99年エルコンドルパサー、10年ナカヤマフェスタ、12、13年オルフェーヴルの2着が最高成績。