「誰にでも似合う神パンツ」からバービーが気づいた「本当にカッコいい人」

写真拡大 (全6枚)

「誰でもスタイル爆盛り」 「全女子が買うべき神パンツ」というキーワードとともに、同じパンツを履いた女性たちが脚を長く見せているInstagramの動画に目が留まり、さっそく休日にそのパンツを買いにいったバービーさん。お目当てのパンツを見つけ、試着室に入ろうとしたら、一緒に連れてきた2歳の娘が暴れ出し、バービーさんのズボンを引きずり下ろすハプニングが発生! 試着室に入る前から下着姿をさらすという珍事件が起こりながらも、試着してみると気になっていた桃尻も収まり、ボタンも留まったので、シンプルなベージュ系のパンツを形違いで4本も爆買いしたそう。

そして数日後、購入したパンツを履いてみると、「とにかく、ダサい……」。動画では、腰や太もものまわりにほどよい余白があり、脚のラインを拾わずにストンと落ちていたけれど、バービーさんが履くと余白が一切なく、神パンツは“ぴちぴちおばちゃんベージュパンツ”になってしまったといいます。そんなエピソードを前編【おてんば2歳児と買い物にいったバービーが試着室前で直面した「大惨事」】でお伝えしました。後編では、ファッションに関するさらなる事故が起こった話と、それらを通して考えたことを綴っていただきました。

相次いで起きた「事故」

「このパンツは私には似合わない」と脱げばいいだけなのに、私が最初に思ったのは、「私の体型が、この服に追いついていないのかな」だった。服ではなく、自分の身体を不正解にする。私は、こういうところがブレブレだ。

昔から、ブレない人に憧れている。自分が何を好きで、何を心地よいと思うのかを知り、「私はこれが好きだから」と、自分の選択を引き受けられる人。

そういう人を見ると、カッコいいと思う。私にとっての“いい女”とは、そういう人だ。そんな女になりたいと言いながら、私は「全女子が買うべき」の一言で、あっさりブレる。

しかもこの頃、事故が相次いでいた。

これまたInstagramで見つけた黒いバッグ。いつもの私なら買わない高級ラインのものだ。

凜とした佇まいを眺めながら、私は「一生もの」という免罪符を勝手に貼りつけ、大金を投じた。これさえあれば格式の高い場所でも気後れしない。まだ社長(今年6月に株式会社bloomestを設立し、代表取締役社長に就任)として足りない私の何かを、このバッグのスタイリッシュな空気が補ってくれる気さえしていた。

そんな“無敵の盾”を携え、生放送に出演するためTBSへ向かった。

ところが、目的地までのわずか数百メートルの間に、私と寸分違わぬ黒いバッグを持った女性が2人もいた。

え、そんなに人気のバッグなの?

私はInstagramの発見欄を掘り進めて、自分で見つけ出したおしゃれなブランドくらいに思っていた。

しかも、これ、けっこう高かったよ。みんな、そんなにバッグにお金をかけるの? いや待てよ、赤坂だけかもしれない。

TBSに着いて女性マネージャーに話すと、彼女はあっさり言った。

「業界の人、よく持ってますよね」

黒いバッグと神パンツの「共通点」

知らなかった。

自分の感性で少し背伸びをしたつもりが、実際には、業界人がよく持つバッグをInstagramで見つけ、業界人らしく買っていただけだった。

私は、典型的な業界人だったということか。

「黒の高めのバッグなら間違いない」という正解を買ったつもりが、赤坂には同じ正解を買った人がたくさんいた。

私は特別になりたかったのだろうか。それとも、ただ安心したかったのだろうか。

黒いバッグと、神パンツ。値段も種類も違う2つの買い物には、共通していることがあった。

「これを選んでおけば大丈夫」と、誰かに保証してほしかったのだ。

もう40代なのだから、少しくらい“ちゃんとしたもの”を。母親なのだから、送り迎えで悪目立ちしない格好を。誰が作ったのかわからない“いい女検定”を、1問ずつクリアするように、私はバッグや服を選んでいた。

夫の観察眼が……

その私の不安を、夫の言葉が刺激することもある。

夫は、担当のヘアメイクさんが違うことにも気づくほど、人の外見の変化に敏感だ。付き合い始めた頃は「私をよく見てくれる人だ」と感動したが、結婚して何年も経つと、その観察眼が、ときどき逃げ場のない“世間様の声”に感じられる。

「一応、芸能人なんだから、もう少しいいものを持ったら?」

あるときは、生活感漂う格好におけるネックレスの重要性について、頼んでもいない講義を受けた。

ただ、夫が私をブレさせたわけではない。彼の言葉は、もともと私の中にあった「これで合っていますか」「世間から変に見えませんか」という不安を、大きな音で読み上げただけなのだと思う。

そういえば、子どもの頃には、全身ピンクのフリルを着たおばさんや、1年中ねじりはち巻きに法被姿のおじさんがいた。「あの人は、ああいう人だから」と、街の風景の一部になっていた。

もし、あのピンクのおばさんが心の底からピンクを愛していたのなら、私は彼女をカッコいいと思う。

私にとって「品がある人」とは、高価なものを持っている人でも、世間の正解を上手に着こなせる人でもない。自分が何を好きで、どう生きたいのか。その内側にあるものと、外側にあらわれている姿に1本の筋が通っている人だ。

全身ピンクでも、そこに本人の「これが好き」が通っていれば、その姿には、その人にしか出せない品がある。

もちろん、高級な黒いバッグにも品はある。それを持つ理由が自分の中にあり、その人自身と調和しているなら、やっぱりカッコいい。

私の場合は、「私はこれが好き」と持つのではなく、「これを持った私なら、ちゃんとして見えますよね」と、バッグの陰から世間に問いかけていた。

カッコ悪いと思ったのは、誰かとバッグがかぶったからではない。自分の内側と外側がちぐはぐで、そこに私自身の筋が通っていなかったからだ。

自分らしくありたいけど浮きたくない

スマホを開けば、「自分らしく」という言葉のすぐ隣に「全女子が買うべき正解」が流れてくる。

自分らしくありたい。でも、浮きたくない。

人と違いたい。でも、間違っていると思われたくない。

40代になり、母親になり、守るものが増えたぶん、私は以前より「外さないこと」に心を奪われるようになったのかもしれない。

でも本当は、好き勝手に自分を表現したい。そのほうが、私には似合っている。

そう考えたとき、ピーチ・ジョンと下着を作り始めた頃のことを思い出した。

既製のサイズや、世間が決めた身体の“正解”に自分を押し込めて傷つく人を減らしたい。どんな体型でも、自分を呪わず心地よくいられるものを作りたい。自分のコンプレックスや、既製品に身体が合わなかった経験をすべて持ち込み、何年も下着作りに向き合ってきた。

それなのに私は、“誰でも似合う”という言葉に乗せられ、似合わなかった自分の身体を責めていた。

見事なまでにブレている。

長く、私の魂の一部のように向き合ってきたピーチ・ジョンとのコラボレーションも、今回のコレクションでひとつの大きな節目を迎える。

これからもブレるだろう

私はずっと、ブレない人こそカッコいいと思っていた。でも本当にカッコいい人とは、一度もブレない人ではないのかもしれない。ブレながらも、自分の戻る場所を知っている人。

誰かの正解に流されても、「私は本当はどうしたい?」と自分に聞き直し、心地よさを選び直せる人。むしろブレる自分に向き合って問い直せるなんて最高にカッコいい。

私は、これからもブレるだろう。「全女子が買うべき」に踊らされ、夫の一言に腹を立てながら、翌日にはこっそりネックレスを検索するかもしれない。

それでも、鏡の前で自分を責めそうになったら、一度だけ立ち止まりたい。

これは、私が本当に欲しいものなのか。それとも、「これなら大丈夫」と安心するための制服なのか。

私がなりたいのは、正解を知っている女ではない。

自分の答えを、何度でも編み直せる人だ。

【前編】おてんば2歳児と買い物にいったバービーが試着室前で直面した「大惨事」