ジェフ・ベゾスも社内で広めた「ピザ2枚ルール」からも分かる、会社経営の「適正規模」

写真拡大 (全3枚)

多くのベストセラーを世に出してきた出版エージェント代表による、小さな会社の経営論、生成AI時代の働き方の書『会社は大きくするな! 小さな会社の経営論』より、「なぜ多くの会社では、規模を拡大しようとすると、苦しくなるのか?」「自分たちは何のために働いているのか?」「フリーランスで働くのと小さな会社の違いは何か?」など、具体的なノウハウもご紹介します。

規模を追わず、より深化させる。クリエイティブで社員も経営者も幸せな、強い会社を目指すためには。

最適な人数は「円卓に座れる10人」

小さく、強い会社の設計に入るなら、最初に決めるべきは人数です。ここを曖昧にしたまま走り出すと、文化も、採用も、値付けも、財務も、あとからすべてがズレていきます。逆に言えば、適正人数を先に決めてしまえば、その後の意思決定の多くは自然に決まっていくのです。

私の場合、その目安を「円卓に座れる10人」と置いています。数字そのものに絶対的な意味があるわけではありません。象徴として10人と言っているに過ぎません。業態によっては8人がちょうどいいかもしれませんし、15人でも違和感なく回る会社もあるでしょう。

私自身も、そもそも、弊社は10人いるのか、確信を持って言えないからです。働き方の多様性から、週に2~3日働く人もいますし、業務委託でプロジェクトに入ったら働き、それ以外は働かないという人もいます。重複しますが10人というのは象徴として使っています。大切なのは、言葉が全員に届き、空気が共有でき、一人ひとりが当事者意識を保てる「おおよそ」がどこにあるかを、自分の事業に即して見極めることです。

参考までに、私の会社の2026年6月末現在の姿を数字で書き留めておきます。役員2人、社員5人(うち入社3ヵ月の新人が2人)、週2~3日ほど働いていただいているアルバイトが2人、私を含めて合計10人。そのほかに業務委託が2人います。

円卓に座れる10人

なぜ「円卓」なのか。少しだけ、私の習慣の話をさせてください。

毎年1月の初め、社員全員で会社近くの神楽坂の赤城神社に初詣に行き、その足で歩いて数分の中華料理店に向かいます。予約のときに必ずお願いしているのが、大きな円卓のある個室です。10人ほどで円卓を囲むと、不思議なことが起こります。誰の顔も等しく見える。誰のグラスが空いているかも、誰がどの料理を取ったかも、特に意識せずとも目に入ってくる。場の空気が、テーブル全体に同じ濃さで広がっています。

ところが、これが15人、20人と増えてテーブルが2つに分かれた瞬間、空気は一変します。話題は2つに割れ、隣のテーブルで何が話されているかわからなくなる。共有されていたはずの熱量や微妙なニュアンスが、目に見えないところで薄まっていく。組織における「情報の劣化」は、まさにこの瞬間から始まります。

10人なら、声を張り上げなくても言葉が届きます。議事録を細かく作らなくても、その場の文脈ごと全員が共有できます。誰かが苦しい顔をしていれば、自然に気づける。これが、私の考える「適正規模」です。

数字で見ても、10人前後には根拠がある

ジェフ・ベゾスがアマゾン社内で広めた「ピザ2枚のルール」も、ほぼ同じ話です。チームの人数は、ピザ2枚で全員のお腹が満たされる程度、つまり、およそ6人から10人に抑えるべきだ、というものです。

理由は、コミュニケーションの数学にあります。組織の人数が増えると、メンバー同士の関係の組み合わせは急速に増えていきます。10人なら45通りの関係ですが、20人になると190通り。倍の人数で、4倍以上の複雑さです。本来「考える仕事」に使うべき時間とエネルギーが、内部のやり取りに吸い取られていきます。

私の会社では、月に一度、2時間の全体ミーティングを開いています。全員が、この1ヵ月にそれぞれ何をするのかを共有し合う時間です。10人だからこれが成立するのであって、15人になれば、おそらく私自身が全員の仕事を把握しきれなくなるでしょう。

「仲良しクラブ」ではありません

ここで誤解されたくないのは、「10人の円卓」は、居心地のよさを目的にした集まりではないということです。むしろ、その逆でしょう。

人数を絞るということは、一人あたりの守備範囲が広くなり、責任が重くなることでもあります。大きな組織で同じ仕事をするより、ずっと高い意識と、ヒリヒリするような緊張感が要ります。

私たちが大切にしている評価軸は、シンプルです。

10冊の60点より、1冊の100点を目指せているか。

これは出版業の言葉なので、ご自身の業界の言葉に置き換えてください。多くの会社は、目標達成のために60点の仕事を量産しようとします。それは大企業の戦い方であって、小さな会社が真似をすれば、価格競争の渦に巻き込まれて消えていきます。

私たちが生き残る道は、効率や回転数ではなく、質への執着にしかない。だから円卓を囲む全員が、「この企画、本当に魂が震えるか」と問い直し、妥協なくNOと言い合える関係でなければなりません。相手の顔色を窺って言うべきことを言わないのは、優しさではなく、商品やサービスに対する不誠実です。そのように、私は社内で言い続けています。

円卓の本当の意味は、ここにあります。全員の顔が見える距離だからこそ、お互いに本音で問える。10人という規模は、この緊張感が成立する上限なのです。

念のため付け加えておくと、小さな組織は同質的になりやすい、という通念があります。しかし、そうならないように意識的に設計すれば、10人だからこそ得られる多様性があります。

現在の私の会社の社員の属性を具体的に書くと、役員・社員・アルバイトを合わせて男性4名、女性6名。年代は20~35歳が4名、36~49歳が2名、50~60歳が4名。性別も世代もバランスよく交ざっています。書籍の興味の対象も小説、その他の文芸、ジャーナリズム、教養、ビジネスと多種多様にわたっています。これは偶然ではなく、採用の段階で意識してきた結果です。

なぜ意識するのか。同じ性別、同じ世代だけで円卓を囲むと、価値観が似すぎて、違和感が生まれにくくなるからです。20代が当たり前と感じる感覚と、60代が当たり前と感じる感覚は、驚くほど違います。その違いがあるからこそ、企画の議論に奥行きが出ます。女性読者向けの企画を男性だけで議論する怖さ、若い読者向けの企画を中高年だけで議論する怖さを、私は何度も味わってきました。

ここで「男女の性差」はない、という議論はありますが、私の肌感覚では「読者の性差による好みの差」はまだまだ大きくあります。

採用のたびに、「いま円卓に足りていない視点はどれか」を一度立ち止まって考える。その積み重ねだけが、10人という最小規模で最大の視野を持つ組織を作ります。

続きはこちら【小さな会社の経営論】なぜ1人でも100人でもなく、10人がいいのか